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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第二章 遠因(えんいん)
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遠因2-2-⑫:母への初めての反論と、すれ違う想い

確かに宜之は優しい。嫌いではないし、好意もある。けれどそれは「男と女」という意識ではなく、幼い頃から知っている幼馴染への親愛、弟の晴治に対する気持ちと似たようなものだ。もちろん彼は前の夫たちとは違う。けれど、だからといって結婚に踏み切る勇気は湧かなかった。だいたい今まで一度もそういう目で見たことはない。今さら、という思いも拭えない。


「寛ちゃんがずっと好きだったんだ」


あの言葉とともに、宜之の真剣な顔が脳裏に浮かぶ。


(そんな風に私を見ていたなんて……)


全然気づかなかった。亘之も寛子を姉のように慕ってくれているとばかり思っていた。布団に身を沈めた寛子は、「困ったことになった」と思いながら、いつの間にか眠りに落ちた。


 翌朝。宜之の求婚の話は、すでに両親の耳にまで届いていた。


「寛子……宜之君の結婚の申し込み、受けたの?」


朝、顔を合わせるなり、母が真っ直ぐに問いかけてきた。


「隠さなくて良いわよ。晴治から聞いているから」


母の言葉は、まるで心を見透かしているようで、寛子の胸に鋭く突き刺さる。


「まあ、相手が宜之君じゃあ、あんまり言いたくない気持ちも分かるけど……でもちょっと吃驚したわ。宜之君があなたを好きなことは前から分かっていたけど、まさか受けるなんて…」


(え?)


母も気付いていた。宜之の気持ちに最後まで気付かなかったのは、もしかすると寛子だけだったということなのか。そんなに分かり易かっただろうか、と博子は首を傾げる。にしても、母の口調はやはりどこか引っ掛かる。


「まあ、でも宜之君なら良いかもね。家もすぐそこだし、いつでも帰って来れる。それにあなたも前の事とか色々あるし…そんな贅沢、言えないものね」

「お母さん、何言ってるの? そんな言い方」


寛子の声には自然と苛立ちが混じった。母は、いや、両親そろって、どこかで西島家より宜之の家を格下に見ている節がある。はっきり言葉にすることはないが、宜之の母が結婚前は水商売をしていた、という噂を理由にしているのは明らかだった。


「あら、変な意味じゃないのよ。でももしこれがあなたにとって初めての結婚だったら、ちょっとねえ……」

「十分変な意味にしか聞こえないわ」


寛子はぐっと唇を噛む。昔から、両親のそういう価値観が嫌で仕方なかった。でも今までは言い返した事すらない。


「そんな言い方、宜君に対して失礼よ。宜君みたいに誠実で優しい人、他にいないわ」


寛子の言葉に母は軽く溜息をついた。


「あら、特に失礼なことなんて言っていないでしょう。それに私は寛子のことを心配しているだけ。今度こそ、幸せになって欲しいのよ」

「そう思ってくれるのは嬉しいけど、宜君の家だって代々続いた立派な和菓子屋さんじゃない。見下したような言い方、どうかと思うわ」

「お母さん、別に見下してなんか、」

「そう聞こえるのよ!宜君のお母さんだって優しくて、いつも良くしてくれていたのに、お母さんはいつもよそよそしくて距離を置いていたじゃない」


母の顔に、少し困惑したような色が浮かぶ。


「だって、それは仕方ないでしょう。あの人とは生まれ育った環境が違うんだから。お話も合わないし」


母は悪い人間ではない。けれど、こういうところがどうしても好きになれない。


「私、お母さんのそういうところ、昔から嫌だったわ。私の友達に対してもそうだった。『どこのおうち?』『ご両親は何をしてるの?』っていつも聞いて…」

「それも、あなたを思ってのことよ。友達は選ばなきゃ駄目でしょう。悪い影響を受けたら大変なんだから。あなたは自分の意見をはっきり言えない子だから、私が代わって聞いてあげていたのよ。全部、あなたを守るためじゃない」

「私はもう大人よ。いつまでもお母さんに守ってもらってばかりじゃ駄目なの。ちゃんと自分で考えて、自分の足で歩きたい。もう、お母さんの力は要らないの」


母の目がわずかに揺れる。


「要らないって、今までずっとそうやって来たのに、今更そんな……なんだかあなた変よ。やっぱりスーパーなんかで働いているから、周りの影響を受けちゃったのかしら。そんなこと言う子じゃなかったのに」

「お母さんっ!」


人生でほとんど怒ったことのない寛子だったが、このときばかりは胸の奥から熱い感情が込み上げてきた。

お読みいただきありがとうございます。

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