表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
18/186

錯綜1-3-⑦:日常とあの子の行く道

家に着くと、リビングには父も祖父も舞奈も揃っていた。


「お帰り、浩太」

「ただいま、おじいちゃん。これ、お土産にもらったケーキ」


浩太は袋から箱を取り出し、差し出した。


「賞味期限、今日中だって」

「ケーキ!」


舞奈がぱっと振り向き、嬉しそうな声を上げる。こういうときの舞奈は、いつもの生意気な感じが消え、普通の女の子だと感じる。


「じゃあ、さっそくいただこう。コーヒーか紅茶でも入れようかね」

「父さん、コーヒーなら僕が淹れるよ」


そう言いながら、父も立ち上がる。


「お、そうか。じゃ、舞奈は何を飲む?」

「私、オレンジジュース」


父が席を立ったのに対し、舞奈は座ったままだった。


「お前、ジュースくらい自分で入れろよ」

「だっておじいちゃん、もう冷蔵庫の前にいるじゃない。私が立ったって邪魔になるだけ。お父さんもあっちに行ったし」


ああ言えばこう言う。やっぱり生意気だ。


「それよりお兄ちゃん、朝陽君の家に行ってきたんでしょう?」

「そうだけど?」

「前に朝陽君のお姉さんがカンフーやってるって言ってたじゃない」

「うん。それが?」

「私も、やってみようかなって思って」

「お前が? なんでまた?」

「この前、友達と映画を観たの。すっごく格好良かった」

「映画って?」

「見てないの? 遅れてる〜。ジャッキー・チェンの『ベスト・キッド』」

「ああ、あれ。まだ見てないな」

「なんか、あれ見たら急にやりたくなっちゃった」


それじゃ、咲琴と同じ動機だ。でも、ベスト・キッドってカンフーじゃなくて空手だったような……と思ったが、そこは突っ込まない。ジャッキー・チェンが出ているのはリメイク版だから、カンフーになってるのかもしれない。浩太は古い方の『ベスト・キッド』を子供の頃、父と一緒にビデオで観たことがある。あれは間違いなく空手だったと記憶しているが……。


「でね、朝陽君のお姉さんのこと、ふと思い出したの」

「でもな、そんな簡単じゃないぞ。きっと練習も厳しいし。お前には無理だよ」

「やってみなきゃわからないじゃない。学校にやりたいクラブもないし。朝陽君のお姉さんも確か中学から始めたって言ってたし。今度、どんな感じか聞いておいてよ」

「そりゃまあ、いいけど……」


(強くなったら、今以上に生意気になるんじゃないか)


浩太はそう内心でつぶやく。


「これからの女の子は、もっと強くならなきゃいけないと思うのよ」


一人前の口を利く舞奈に、浩太は(それ以上強くなってどうするんだ)とまたしても心の中で呟く。


「あ、そうだ」


コーヒーを淹れ終えた父が、ふと思い出したように口を開いた。


「依智伽ちゃん、養子縁組が決まったそうだよ」

「え、そうなの?」

「ああ。今日、施設の園長先生から連絡があってね。なんていうか……ちょっとホッとした」


その言葉に、浩太もどこかで肩の荷が下りた気がした。依智伽がどんな家の養子になったのかは気になる。でも、きっとそれは知らない方がいいのだ。彼女には彼女の人生がある。ただ、大人びた彼女の笑がふっと頭を過ぎる。梗子とよく似たあの笑顔。でも梗子よりもずっと、冷たいあの目。


 そして翌日、ホームルームが終わると、クラスのムードは一変した。学園祭の準備一色だ。開催は十一月初旬、三日間。あと一ヶ月もない。しかし、その前には中間テストが控えている。準備と勉強を両立させなければならない。


 クラブ活動のある生徒はクラブの出し物が優先だが、だからといってクラスの出し物を放棄できるわけではない。想像以上に、高校の行事は過酷だった。


 この学校だけでなく、多くの高校がそうなのだろうが、ほとんどの準備を生徒たちが行う。実行委員会を兼任する生徒会は、毎日放課後に残り、各学年・クラスの出し物や屋台の内容をチェックし、重複があれば変更を指示する。準備がギリギリのため、不満の声も上がるが、生徒会長の譲原真理子はそれを巧みに捌いていた。


 浩太はクラス委員長なので、決まった内容を逐一生徒会に報告する役目を担っている。生徒会室に行くと、真理子の他に柏木杏奈、藍田瑞樹、そして副会長の吉岡晃一がいた。


 吉岡は成績トップ争いを真理子と繰り広げる存在で、生徒の間では一目置かれていた。ただ、少し変わっているという噂もある。浩太は直接話したことはないが、生徒会室に足を運ぶたび、彼にはどこか異質な雰囲気が漂っていると感じる。


 杏奈と瑞樹は生徒会役員ではないが、なぜか常にそこにいる。生徒会長の真理子といつも一緒だというのは間違いないようだ。それに誰もそれに文句は言わない。手伝ってくれているからだろうが、それ以上の理由があるようにも思える。真理子にぶら下がっている取り巻き、という感じでもない。各々に自分たちの役目をしている、そんな風に感じる。彼女たちもまた、周囲を惹きつける何かを持っていた。


「ご苦労さま。一年B組の上條君、だったわね」


瑞樹が、落ち着いた感じで浩太が持ってきた計画書を受け取る。


「はい」

「へえ、君のところは演劇に決まったのね。ふむふむ、『杜子春』か。芥川龍之介ね。大丈夫、どことも被っていないわ」

「よかった……」


瑞樹の言葉に、浩太は胸をなで下ろした。演目は意見が割れて、やっとのことで決まったものだ。もしここで変更となったら、また一から練り直さなければならなかった。それはさすがに煩わしい。

お読みいただきありがとうございます。

いいね・評価・ブックマーク&感想コメントなど頂けましたら大変励みになります。

今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ