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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
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錯綜1-3-⑥:どこにである平穏な夕餉

「二年下だから、私が三年のときに入学してきたのだけれど、すぐに目立っていたわ。成績は常に学年トップだったし、家も資産家で、まるで洋館みたいなお屋敷に住んでるって噂だった。ちょっと独特な雰囲気のある子だったわね……そう、あの子が今、生徒会長なの。まあ納得よね」

「でも、全然ガリ勉って感じがしないよ」

「いるのよ、ああいう“三拍子揃ってる子”って。美人で、お金持ちで、頭も良くて……羨ましいくらい」

「でも、なんか近寄りがたいっていうか……。俺は、咲琴お姉さんみたいな人のほうが喋りやすいです」


浩太がそう言うと、咲琴はにっこり微笑んだ。


「でしょう? 私みたいなのが、庶民的でちょうどいいのよ」

「浩太は気を使って言ってるだけだって。どう考えても譲原先輩のほうがいいに決まってるだろ」

「朝陽には私の魅力がわからないのよ。いつも傍にいると、それが当たり前になっちゃうから。まあ、シスコンになられても困るけど。女はね、顔じゃないのよ。美人なんて、案外すぐに飽きられるんだから」

「譲原先輩なら、俺、毎日見てても飽きないけどな」


朝陽はうっとりと、誰かの顔を脳裏に思い浮かべている様子だった。


「バカみたい。浩太君、こんなバカは放っておいて、私の部屋に来る?」

「え、あ、いや……それは……」


どこまで本気なのかわからない。咲琴と朝陽はいつもこんな調子だ。でも浩太は、そんなふたりに挟まれている時間が楽しい。口喧嘩のようでいて、きっと何かあったら、真っ先に助け合うのだろう……そんな信頼感があった。


 久しぶりの朝陽の家での夕食は、心から楽しかった。何の影もない、温かい雰囲気に包まれていて、浩太はいつも癒される。咲琴の話は相変わらず脈絡がなく、右へ左へと飛び回るが、それもまた心地よい。朝陽の家族は浩太の事情をすべて知っている。それでも変わらず接してくれる。世の中には、こんなふうに穏やかな大人たちもいるのだ――そう思える場所だった。


 朝陽の父は、ごく普通のサラリーマン。浩太の父よりは少し年齢が上みたいだ。勤めている会社の名前は依然聞いた事かがあるが、はもう忘れてしまっている。母親は専業主婦だったが、朝陽が高校に上がるのをきっかけに、近所の洋菓子店でパートを始めたらしい。売れ残りのケーキをよく持ち帰るようで、咲琴はそれを楽しみにしていた。今夜も持って帰って来たケーキのいくつか包んで、浩太に持たせてくれた。


「ここのケーキ、美味しいのよ」

「姉ちゃん、食べすぎなんだよ。いつかブクブクになるぞ」

「うるさいわね。ちゃんと昼間に消費してるから問題ないの!」


その言葉どおり、咲琴は少しも太っていない。見た目からは想像できないが、彼女は中学の頃からカンフー教室に通っていた。浩太には身近にそんなことをしている人はいなかったので、初めて聞いたときは本気で驚いた。


 カンフー――浩太の中では、完全に映画の中だけの存在だった。柔道や剣道ならうちの高校でもクラブ活動である。空手もクラスの中に習っている者がいた。咲琴は映画に影響されて、自ら教室を探し、申し込みまでしてきたらしい。親は一時の気まぐれだと思い、ろくに取り合わなかったが、彼女は今も続けていて、競技会にも出場するほどの腕前なのだという。


「本気で喧嘩したら、俺、確実に殺される」と朝陽が苦笑い交じりに言っていたのを思い出す。

帰り道、朝陽の父が車で送ってくれた。いつもなら晩酌を欠かさないというが、今夜は浩太のために酒を抜いてくれていた。電車で帰ると言っても聞き入れてくれず、結局、朝陽も一緒に車に乗り込んだ。


「……なんかさ、お姉ちゃんっていいよな」


浩太がふと呟くと、朝陽は目を見開いた。


「あんな男みたいな姉ちゃんじゃなくて、譲原先輩みたいな姉ちゃんだったらな。俺も、可愛い妹がいたら、絶対に大事にするのに」

「全然可愛くないよ、最近は口ごたえばかりされてる。もう、いつも言い負かされてるし」

「そうなの? 舞奈ちゃんって、おとなしい印象だったけどな」

「中学入ったら、すっかり生意気になった。女って……やっぱり怖いよ」


浩太がそう言ったとき、運転席の朝陽の父がクスリと笑った。


「まだまだ序の口だぞ。女の本当の怖さを知るのは、これからだよ」


バックミラー越しに目が合った。そこには冗談のような、でもどこか含みのある光があった。


「そういうのきくとやっぱ、一線引いちゃいます」

「でも、女性は怖いだけじゃないよ。助けられることも多い。男と女は、本質的に違う。思考も、行動も。それが面白いんだ。人は自分にないものに惹かれる――本能みたいなものだよ」

「……無いもの、ですか」

浩太も、いつか誰かに惹かれるのだろうか。今のところ、そんな気配はまるでない。

「浩太君には、好きな子とかいないのかい?」

「ぜんぜん……です」

「そうか。まあ、そのうち気になる子が出てくるさ。そういう年頃だよ」

「気になる……子、ですか……」


その言葉に反応するように、ふいに浮かんだのは――深見和の顔だった。思わず、頭を小さく横に振る。


「なんだ、浩太。今、誰かのこと考えてただろ」


朝陽が鋭く察する。


「な、何も考えてないって」


違う。そういうんじゃない、と浩太は思った。和のことを思い浮かべたのは、「好き」とか、そんな感情ではない。ただ、彼女のあの不可解な言動、何かを言いたそうな視線――それらが、ずっと頭の中に引っかかっている。それだけだ。けれど、ああいった“意味ありげ”な振る舞いこそ、女性という生き物の特徴、と言うか不気味さなのか。男は、もっと単純でわかりやすいのに。


――また三好梗子の顔が脳裏に浮かぶ。

お読みいただきありがとうございます。

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