錯綜1-3-⑤:同じ境遇なんてあるはずがない
「どうって……なんであんな質問をしたのかなって思って。もし面白がって言ったんなら、悪趣味だと思うから」
「おい、朝陽。もういいって」
「よくないよ」
「そんな悪趣味じゃないわ」
「じゃあ、何なんだよ」
朝陽がさらに詰め寄ると、和は小さくため息をついて眼鏡を外した。そして無言で、浩太をじっと見つめる。
(……なんだ?)
和のその目に何か含みがあるように感じた。重く、沈黙がその場を支配する。
「上條君に、興味があったのよ」
「興味って……それって、面白がってるってことじゃないのか」
朝陽が鋭く睨むように返す。
「違うわ。同じだからよ」
「同じって?」
朝陽と浩太が同時に問い返した。
「私の親も……殺されたの」
その言葉に、一瞬、その場の空気の流れが止まったかのような感じがした。
「……殺されたって?」
「ええ。そして、ある事件の“加害者”でもあったの。だから上條君に興味を持った。似ていると思ったのよ。被害者でもあって、加害者でもあるって立場がね」
「事件って、どんな?」
朝陽がさらに問いかけるが、和は目を逸らし、口をつぐんだ。
「それは……言いたくない」
「でも深見さんは、浩太のお母さんの事件を知ってるんだろ?自分のことだけ話さないのは、不公平じゃないか」
「い、いいよ、朝陽。誰にだって、触れられたくないことってあるし……」
もし和の言うことが本当なら、話したくない気持ちは痛いほどわかる。
「でも、深見さんはそれに触れた。なら、自分だけ話したくないってのは、ちょっと筋が通らないよ」
「私は、上條君から直接聞き出したわけじゃない。ただ、偶然知っていただけ」
「それでも……!」
朝陽はまだ食い下がろうとしたが、その言葉を遮るように、和が低く呟いた。
「人生は、すべからく平等じゃないわ」
「……え?」
「今日、校長先生も言ってたでしょう。公平を求めることに、どんな意味があるの?人は最初から不平等なのよ。生まれた場所が違えば、歩く道も違う。でも、それを嘆いても始まらない。今いる場所で、できることをするだけ――そうでしょう?」
「それは……まあ、そうかもしれないけど、でもそれとこれは――」
和はその続きを遮るように肩を竦め、さっと話題を切った。
「じゃあ、上條君。明日のホームルーム、よろしくね」
そう言ってくるりと背を向け、教室を出て行った。朝陽は、その背中を呆然と見つめていたが、彼女がいなくなったあとでハッとしたように浩太に顔を向けた。
「な、なんだ、今の……。なんか、上手く言いくるめられたような気がする」
「言いくるめられたんだよ。朝陽は単純だからな」
同級生とは、高校一年生とは、思えないあの落ち着きと大人びた雰囲気に圧倒された、とも言える。
「単純って、なんだよ!」
「言葉の通り。でも……深見さん、もっと別のことを言いたかった気がする」
「別のことって、何?」
「……全然わからない」
「なんだよ、それ」
浩太は、さっき和がやったように肩をすくめた。本当に何もわかってはいなかった。ただ、あの時――彼女が眼鏡を外し、じっとこちらを見つめた時――心の奥底で、何かが揺れたのだ。何かを伝えようとしていた気がしてならない。
「でもさ……さっきの深見さんの話、本当かな?」
朝陽が疑いの目で浩太を見つめる。
「さあ……でも、嘘には聞こえなかったけど」
「それにしても、そんな似たような事件って、本当にあるのか?ちょっと調べてみよう」
「調べるって?」
「浩太、うち寄っていかない?パソコンで検索したら何かヒットするかも。って、事件なら何か出るだろ。それに姉ちゃんが久しぶりに浩太に会いたがってたし。体育祭のお疲れ会だよ」
「お疲れ会?」
「そう。なっ?」
「……まあ、いいけど」
二学期に入ってから朝陽の家には行っていない。姉の咲琴とは夏休み前から顔を合わせていなかった。話すことは特別ないが、彼女の話はなぜか楽しい。あの天然っぽさは、他では味わえない。
「じゃあ決まり。夕飯も食べていけよ。母さんも喜ぶし」
「急に押しかけて、大丈夫か?」
「浩太なら、うちはいつでも大歓迎さ」
そのまま浩太は朝陽と一緒に彼の家へ向かった。家に着くと祖父に電話をし、夕飯をここで食べることを伝える。そのまま朝陽の部屋に入り、すぐにパソコンを立ち上げた。二人は「深見」という名前で、それらしい事件を検索する。だが――どれだけ検索しても、何も出てこない。親が殺されたという重大な事件なら、何かしら記録が残っているはずだ。
「やっぱり、嘘だったんだよ」
朝陽が、苛立ったように言う。
「そうかなあ……」
それでも浩太には、あれが作り話には思えなかった。
「だって、何も出ないじゃないか」
「それは、そうだけど……」
「もうやめよう。なんか、面倒になってきた。それに、深見さんの話ばかりしても仕方ないし」
そのとき、部屋の扉の向こうから、咲琴の声が聞こえた。どうやら大学から帰ってきたらしい。
「朝陽、浩太君来てるって?」
声と同時に扉が開き、咲琴が顔を覗かせた。
「いらっしゃい、浩太君。随分久しぶりね」
「こんにちは。お邪魔してます」
「どうだった? 二人とも、明星での初めての体育祭は」
「すっごく楽しかった!」
「でしょ? やっぱり興奮するよね。結果はどうだった? 優勝した?」
「残念ながら、それは無理だった」
「そっか、残念。でも、楽しかったなら何より。で、総合優勝は何年?」
「三年。姉ちゃん、知ってる? 生徒会長の譲原先輩のクラス」
「譲原……ああ、あのすっごい綺麗な子ね」
「覚えてるの?」
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