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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第二章 遠因(えんいん)
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遠因2-1-⑦:甦る違和感と朱音の面影

「まあ、確かに」


弟の寛太は、すぐに大祐の言葉へ同調した。寛太は大学を卒業したものの、結局どこにも就職せず、家業である酒屋を手伝っている。将来的には後を継ぐつもりらしい。もともと彼は高校を出たらすぐに働くつもりでいたのだが、両親が強く大学進学を勧めた。


「酒屋を継ぐのに学歴は必要ない」


寛太は何度もそう主張したが、両親は取り合わなかった。むしろ、「すぐに結論を出すな。四年間しっかり学んで、それでも気持ちが変わらなければ、そのとき考えればいい」と諭されたのだ。弟は「学費が勿体ない」と食い下がったが、その声は届かず、結局大学へ進んだ。経済的にはかなり大変だったはずだ。


 それでも両親は一度たりとも「苦しい」とは口にしなかった。多分、弟の将来の可能性を広げたかったのだろう。寛太もそれが分かっていたから、渋々ではあったが大学に進んだのだと思う。つくづく親ってありがたい。


 そして昨年、大学を卒業した寛太は、当然のように酒屋に入った。大学在学中もずっと店を手伝っていたから、就職活動なんて全くしていなかった。こっちも一貫している。本当にいい家族だと鳴海は思っている。両親は卒業までに気が変わって、どこか安定した職に就くと思っていたようだが、それでも最終的に「家業を継ぐ」と言われたとき、表面上は心配していても、内心ではやはり嬉しかったに違いない。


 その夜、鳴海は久しぶりに岳の名を耳にしたせいか、夢の中に彼が現れた。しかし朝、目を覚ましたとき、夢の内容はまるで思い出せなかった。ただ、「岳がそこにいた」という事実だけが、頭に残っていた。でも目が覚めた時、心臓が苦しくなるような。何か、とても嫌な感じだ。


(何だろう……)


胸の奥に、奇妙なざらつきが残っている。大祐が言っていた“奇妙な笑顔”が、まるで焼きついたように浮かび上がるのだ。そういえば高校の頃、確かに、岳に対してどこか違和感を覚えたことがあった気がする。だが当時はそれを深く考えることもなく、すぐに忘れてしまった。


 あれから十年近い歳月が流れ、今になってその「わずかな違和感」が、重く沈殿して蘇ってくる。一体、あの時の何に引っかかっていたのか。すぐには思い出せない。けれど、心の奥底で「それは大事なことだ」と告げる声がある。


 事件から十日ほど経った頃、ようやく犯人と思われる人物の目撃情報が出た。その証言をもとに描かれた似顔絵が公開されたのだ。鳴海は新聞に載った似顔絵を、何度も何度も食い入るように見つめた。けれど、そこに描かれた顔に、全く見覚えがなかった。


 朱音の最近の知人だろうか。それとも偶然、強盗目的で家に入り込んだ男が、鉢合わせた朱音たちを衝動的に殺したのか。しかし、その仮説も腑に落ちなかった。桃香は「犯人は何も盗んでいかなかった。家の中も朱音たちが逃げ惑った痕跡はあるものの、物色された様子は見当たらなかったらしい」と言っていたからだ。


 盗む前に鉢合わせてしまい、慌てて逃げた?それとも、目的は最初から盗みではなかったのか。強盗が目的で殺してしまったのなら、せめて家の中にある金目の物を探すなり、持って行く成りはしないのだろうか。


(早く……捕まってほしい)


色々考えても、鳴海にできることは何もない。ただ、そう願うしかなかった。それからさらに一か月後。鳴海は迷いに迷った末、朱音の実家へ連絡を入れた。電話口に出た朱音の母は、鳴海の名をよく覚えていて、「一度お邪魔したい」と言うというと、いつでも来てくれていいと喜んでくれた。翌日鳴海は、早速朱音の実家を訪ねた。


「本当によく来てくれたわ」


玄関に現れた朱音の母は、鳴海の姿を見て懐かしそうに目を細めた。その顔は、葬儀で見かけたときよりさらに痩せていて、頬の肉も落ち、目の下には深い影が刻まれていた。この一ヶ月、どれほどの心労と絶望を抱えて過ごしたか。想像に難くなかった。


「ご無沙汰しています」


深く頭を下げる鳴海の肩に朱音の母はそっと手をかけた。昔のままの優しくて暖かい手だ。不意に涙が溢れそうになる。そのまま仏間へ通された。そこには朱音と亡くなった娘の写真が、花に囲まれて並んでいた。線香の香りが静かに部屋を包む。

お読みいただきありがとうございます。

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