遠因2-1-②:葬儀場で出会った意外な人物
耳鳴りがした。これは悪い夢だ、そうに違いない、そう思った。結婚し、幸せな家庭を築いていたはずの朱音が、なぜこんな形で命を奪われねばならないのか。いったい誰が、何のために。疑問ばかりが浮かぶ。朱音の近況を全く知らない鳴海には何も推察する術はない。結婚して相手の仕事の都合で名古屋に住んでいると聞いていたのに、東京に戻っていたことすら知らなかった。
すぐに高校の同級生に連絡したら葬儀の日にちが分かり参列した。壇上には、朱音と、まるで人形のように整った顔立ちの幼い娘の写真が並んでいた。
(この子が朱音の娘……)
朱音によく似ていた。写真の中の朱音は、幸せそうに笑っている。その笑顔と、今の現実との落差が胸を締めつけた。
何があったのか。後悔が、重くのしかかった。どうして彼女の人生を、素直に祝福してやれなかったのか。あんなに仲が良かったのに、あんなに笑いあって同じ時を過ごしたのに、卒業式の日、悲しげな目で鳴海を見つめていた朱音を、鳴海は無視してしまった。あれが、生きている朱音を見た最後になってしまうなんて……。
いつかもっと時間が経てば、朱音の選択を理解できる日が来るかもしれない。夢を諦めてまで愛する人の子を産む決意には、きっと複雑な思いがあったはずだ。あの時は自分の感情が先走って、朱音を受け入れることができなかった。
でもきっといつかまた朱音と笑い合える日が来る。今すぐじゃなくても……そう思い始めていたのだ。なのに……もう二度と、その日は訪れない。朱音は、この世から消えてしまった。理不尽に命を絶たれてしまった。もしもっと早く連絡を取っていれば、何かできたかもしれない。だが、全ては遅かった。目の前で笑っている朱音の遺影を見て鳴海は溢れる涙を止める事が出来なかった。
(朱音……ごめん……)
壇上の傍らには、朱音の夫と思しき男性が、唇を噛み、拳を握り締めたまま涙を堪えていた。その姿は鳴海には酷く痛々しく映った。横には、悲嘆に暮れる朱音の両親。朱音の家に行くといつも朗に迎えてくれた優しい人達だ。あの時よりりずっと老け込んで見える二人は憔悴しきっている。この惨い現実に打ちのめされているのだろう。鳴海の存在にも気づいていないようだった。無理もない。娘と孫を一度に失ったのだ。
そういえば、朱音にはもう一人子供がいたはずだ。高校卒業して1年経たないうちに産んだ子だから、もう小学校一年生のはずだが、会場を見回してもその姿はなかった。
やがて重苦しい葬儀が終わり、二人の遺体を乗せた霊柩車が静かに発進し、鈍いエンジン音が遠ざかっていく。鳴海は深く息を吸い、帰ろうと歩き出したその時、背後から、誰かが低い声で彼女の名を呼んだ。
「垣内さん?」
振り返った瞬間、鳴海の目に映ったのは、どこぞのファッション誌から抜け出してきたかのような長身の美女だった。整った顔立ちに、すらりとした体躯。黒の喪服が、華やかさよりも端正な落ち着きを引き立てている。
「……?」
見覚えがあるような気がするが、名前もどこで会ったのかという状況も全く思い出せない。
「やっぱり、垣内さんね。島崎さんと仲が良かった、公立組の」
“公立組”そんな言葉を耳にするのは、随分と久しぶりだった。ということは、彼女は凰琳の卒業生なのだろうか。同級生……? 鳴海は頭の中で必死に、高校時代の顔ぶれを探し出そうとした。
「分からない?まあ、そうよね。同じクラスになったことはないから」
「え……っと、ごめん。誰だっけ?」
「私、新珠桃香」
「あらたま……ももか?」
その名前に聞き覚えがあった。脳裏に火花が走る。
「あ!」
思い出した。二年の時、朱音が同じクラスになり、「あの子に暴言を吐かれた」と不機嫌に話していた、その相手だ。だがなぜ彼女がこの場に? 朱音とはさほど親しかった記憶はない。卒業後に親しくなったのだろうか。
「思い出してくれた?」
「う、うん。でも、どうしてあなたがここに?朱音と付き合いあったの?」
「ううん」
桃香は静かに首を横に振った。
「でも、気になって」
「……気になる?」
「あ、私ね、今、検察庁にいるの」
「検察庁?」
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