錯綜1-3-④:体育祭を終えて
二学期に入ってから、各競技は種目ごとに十分な練習が行われていた。朝陽はその中心となり、大張り切りで指導に当たっていて絶対に優勝する、と息巻いている。
リレーは学年別と総合がある。総合では、どう考えても三年生が有利だったが、それでも毎年必ず三年生が勝つわけではないという。その話を聞いた朝陽は、ますますやる気を出していた。総合リレーはスウェーデンリレー形式で行われ、朝陽は足も速く持久力もあるため、アンカーを務めた。
一方の浩太は、妨害玉入れに出場することになった。練習ではなかなかの成果を上げていた。朝陽のためにも良い成績を残したいと思っていたが、どのクラスも接戦で、辛うじて二位に滑り込んだ。それでも浩太は心から嬉しかった。みんなで力を合わせる競技が、こんなにも楽しいものだとは思ってもみなかった。
小学校の時は運動会も結構楽しかった。でも母の事件が起こってからはみんなの輪に入れず、中学校でも、小学校から持ち上がりであの事件を知っている同級生が多くいたので、連帯感を生むような関係にはなれなかった。この明星学園にも朝陽以外に何人かは中学の同級生がいたが、さすがに数年が過ぎているせいか、もう事件の事を口にする者はいなかった。あと二回――卒業までに、これが二度も味わえると思うと、それだけで楽しみが増す気がした。
意外だったのは和の存在だった。てっきりがり勉タイプだと思っていた彼女が、女子リレーのアンカーを務めていたのだ。体育の授業は男女別なので、これまで彼女の走りを見る機会はなかったが、クラス内で女子一番のタイムを持っているらしい。しかも、四位でバトンを受け取ってからの逆転で二位に押し上げたという。あの華奢な体で……まるで、野を駆けるカモシカのようだった。
男子リレーの学年別では、朝陽の快走もあって一位を獲得したが、総合では三位という結果に終わった。最終的に、学年は二位、総合では三位。朝陽は悔しそうではあったが、全員の健闘を称えていた。
学年・総合ともに圧勝したのは、生徒会長・譲原真理子のクラスだった。一糸乱れぬ団結力に、誰もが圧倒された。三年生になれば、俺たちもあんなふうになれるだろうか。そう思うと、高校生活がさらに楽しみに思えてきた。
片付けがようやく終わり、体育祭の余韻もまだ冷めやらぬまま、浩太は朝陽と一緒に帰ろうとしていた。すると、和が声をかけてきた。
「楽しそうにしているところ悪いんだけど」
「な、何?」
走っていた時の凛々しい姿はすでになく、いつもの冷静な彼女に戻っていた。浩太は思わず身構える。
「学園祭は体育祭よりもずっと大掛かりだから、明日から準備を始めないといけないと思うの」
「そうなの?」
浩太は朝陽の顔を見る。
「あ、うん。姉ちゃんもそう言ってた。俺、一度だけ行ったことがある。明星祭って言って、地域の人や保護者も来るみたいで、バザーもあって、ちょっとしたお祭りみたいだったよ」
「へえ、そうなんだ」
「これまでのホームルームで出た意見とアンケート結果をまとめて、出店や舞台演目の候補をピックアップしておいたから、明日のホームルームはこれで進めてくれる?」
和はそう言って、一冊のノートを差し出した。
「うん。分かった、ありがとう」
「舞台演目は将来をかけている生徒もいるから、議事は慎重かつ公平に進めるようにね」
「将来……?」
思わず浩太は聞き返した。それはいくら何でも大袈裟ではないか。いくら大掛かりと言っても、所詮は高校の文化祭。終われば“いい思い出”で終わるものだろう、と。そう思いながら和を見ると、彼女の表情には微塵の揺らぎもなかった。浩太は視線を朝陽に向けた。朝陽が口を開く。
「ああ、それなら俺も聞いたことある」
「聞いたことって、何?」
「学園祭には、音楽とか演劇とかの専門家が見に来るらしいんだって」
「専門家って……誰が?」
「例えば、演劇部の舞台を見て、才能があると判断されると、海外の有名な学校に推薦されたりとかさ。ここの卒業生で、今活躍してる人、多いんだよ。ミュージカル俳優とか。あのフルート奏者の……」
「加賀瑤子」
朝陽が言葉を探していると、和が横から淡々と補足した。浩太もその名前には聞き覚えがあった。
「そうそう、彼女もこの学校出身なんだって」
「そうなのか……」
自分が想像していた以上に、この学園祭は重大な意味を持つものらしい。浩太は心の中で、小さく息を飲んだ。
「じゃ、よろしくね」
そう言って背を向けた和を、朝陽が呼び止めた。
「ちょっと、待って」
和が振り返る。
「前から聞いてみたかったんだけど……深見さん、どうして浩太のお母さんのこと知ってるの?」
「お、おい!」
いきなり踏み込んだ質問に、浩太は思わず声を上げた。心臓が一瞬、強く脈打つ。
「おまえ、何言い出すんだよ」
「だって、なんか……喉に小骨が引っかかったみたいでさ。ずっと気になってたんだ。でもいつも周りに人がいて、中々聞けなくて」
「知っていたら、どうなの?」
和は、まったく動じる様子もなく、静かに問い返した。
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