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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第二章 遠因(えんいん)
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遠因1-3-⑬:強烈なクラスメイト

その初日は授業はなく挨拶とホームルームだけだったのだが、帰り際、クラス委員長になった女子が話しかけてきた。


「島崎さん、公立中出身なんですってね」


彼女の名は新珠桃香(あらたまももか)。常に学年三位以内の優秀生で、裕福な家の娘だという噂だった。モデルのように背が高くて美人というのもあって、目立っていたから話したことはなくても顔は知っていた。


「あ、ええ。そうだけど」

「へえ~、優秀なのね。公立から凰琳に入った子って、私たちの学年では三人だけ。その一人ってわけね」


(三人しかいなかったのか)と朱音は内心驚いた。


「そうなの?三人しかいないって知らなかったわ」

「あら、私からしたら三人もいたのって感じだけどね」


そのどこか見下すような物言いに、朱音は微かな不快感を覚えた。


「そう。でも、それがどうかしたの?どこの中学出身かなんて、どうでもいいことじゃない?」


小柄で気弱に見える朱音が反撃するとは思っていなかったのか、桃香は一瞬驚いた顔をした。だがすぐに元のすました顔に戻って口を開いた。


「そうかしら?なんだか、この学校にそぐわない感じなのよね。公立出って、ちょっと貧乏くさいし。凰琳って良家の子女が多いのに、一部の残念な人たちのせいでイメージが悪くなるんじゃないかって、私、心配してるの。ね、みんなもそう思うでしょう?」


そう言って桃花が周囲を見回すと周りにいた数人が小さく笑った。一年のときはこんなことを口にする者はいなかったが、視線で感じたことはあった。ただ、鳴海が傍にいたため、特に気にせずにいられたのだ。そう言えば、鳴海って嫌な人を寄せ付けないようなオーラがある、と改めて感じる。


 でもみんな公立出の者を言葉にこそ出さないがどこか下に見ている、そういう風に感じる事は一度や二度ではなかった。だがこれまで何も言われていないから気に留めないようにしていた。


「桃香のお父さん、日本でもトップクラスの大会社の社長なのよ」


横にいた女子が桃花を援護するように付け加えた。親の威を借る狐、そんな言葉が頭に浮かぶ。つまらな過ぎて朱音は思わずため息をついた。


「何?」


その態度が気に入らなかったのか、桃香が睨むように朱音を見る。


「何でもない。ただ高校二年にもなって、親の職業を持ち出すなんて幼稚だなって思っただけ」


桃香の目が大きく見開かれ、周囲の視線が朱音に集まった。拙いことを言ったのかもしれないが、間違ったことを言ったつもりはない。


「それは、自慢できる親がいない貧乏人ってことでしょう」

「うちは確かに、お金持ちじゃないけど、だからって卑下することは何もない。両親は私のために一生懸命働いて、いつも私を思ってくれてる。すごいお金持ちじゃなくても、私には十分。感謝してるわ」

「いいわねえ、貧乏人って小さなことで感謝できて」


桃香が鼻で笑う。


「ええ、小さなことで感謝できる人間に育ててもらえたことを、私は誇りに思うわ。お金持ちでも、人を見下すことしかできない“心の貧しい人間”に育てられるより、ずっといい」

「なっ……!」


桃香の顔が引きつり、拳がわずかに震えた。その口が開こうとした瞬間。


「はい、そこまで」


戸口に担任が現れ、パンッと手を叩いた。


「先生……島崎さんが――」

「話は聞いていましたよ」

「島崎さんが酷いことを言ったんです」


尚も話を続けようとする桃香を担任は手で制し、低く言った。


「酷い?私には島崎さんが特に酷いことを言ったようには聞こえませんでした。それに新珠さん、あなたは勘違いをしていると思います」

「勘違い?」


と桃香が眉を寄せる。


担任はゆっくりと周囲を見渡した。


「公立出だろうと私立出だろうと、それなりの学力がなければ凰琳の入試には受かりません。たまたま私立出の子が多いだけです。公立出の子も努力を重ね、この学校に入ってきた。それは称賛に値します」

「で、でも、」


桃香がさらに何かを言おうとしたので担任は改めて桃香の顔を見る。


「では、あなたはお父様の力で入学したのですか?」

「そんなことはありません。私も一生懸命勉強しました」

「そうでしょう。だからこそ、自らの評価を貶めるようなことは慎むべきです。我が凰琳に良家の子女が多いといわれる所以(ゆえん)は何も裕福な家庭のお子様がいるからではありません。自らを律して卑しい行為をしない先輩方が築いたものなのです。それを忘れないように」


担任の言葉に桃香は唇を噛み、視線を落とした。担任は朱音を見て、ほんのわずかに微笑んだ。朱音はもしかしたら教師も力を持った親のいる生徒の味方になるではと懸念していた事を恥ずかしく思った。やはりこの学校に入って良かったと再度思う。家に帰った朱音は、母に今日のことを話した。

お読みいただきありがとうございます。

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