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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
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錯綜1-3-③:疑念の始まりと高校生活

「それ、ほんと?」

「うん」

「カマかけたってのも?」

「それは……違うと思う。多分、最初から知ってた」

「カマかけたってのは嘘だったってこと? なんでそんなことを?」

「……分からない」

「ふーん。深見和って、何者なんだよ」

「何者って……同級生だろ」

「それはそうだけどさ。俺達がまだ小学生の時のことを、なんで知ってるんだよ……?」


 浩太の胸にかすかなざわめきが生じる。記憶の底を引っ掻くような不安がじわりと広がる。


「俺も不思議に思ったよ。でも、よく考えたらおかしくないかも。事件の時、何度もテレビで報道されてたし。『五年前のことだ』って自分に言い聞かせてたけど……たった五年なんだよ。記憶に残ってても不思議じゃない。深見さん、記憶力いいって言ってたし……」

「ああ、まあ……なくはないだろうけど」

「もしかして、昔、うちの近くに住んでたとか……」

「でも、お前の記憶の中には深見和って奴、いないんだろ?」

「うん。考えてみたけど……全く覚えてない」

「そうか。何にしろ――要注意人物だな、深見和は」

「要注意って……おまえ、深見さんのこと好きだとか言ってなかった?」

「もう、好きじゃない」

「なんだよ、“もう”って」

「俺の大事なお前を、傷つける奴は好きじゃない」

「は……?」


 朝陽は、こういうことを平然と口にする。そういうところが朝陽の強さであり、浩太には到底真似できない部分だった。しかしさすがに照れ臭い。


「な、なんだよ、それ……」

「ん?誤解した?俺がお前に気があるとか?」

「してねーよ!」

「まあ……人の気持ちを考えずに喋るような奴は、俺の好みじゃないってだけさ」

「そ、それくらい分かってるっての……」


 朝陽の真っ直ぐさには、時折羨望すら感じる。浩太も、かつてはああだったはずなのに――あの事件以来、どうしても他人に壁を作ってしまう。朝陽のおかげで幾分はマシになったが、それでも完全には消えない


 朝陽の家には、何度か遊びに行ったことがある。父親と母親、そして四歳年上の姉――咲琴(さき)。彼女も明星学園の出身で、朝陽がこの学校を選んだのは、姉の影響が大きいのだろう。

 中学時代にも遊びに行ったが、当時はどこの高校に通っているかなんて気にしていなかった。だから、彼女が明星の出だったと知ったのは、ここに入ってからだった。


 朝陽の家族は、とにかく明るい。笑いが絶えず、空気が柔らかい。ああいう家庭に育てば、朝陽のような性格になるのも自然なことかもしれない。


 咲琴を見ていると、浩太はある女性を思い出す。その時はまだ母の事件は発覚していなかった。母は既にいなくなっていたが失踪したと思われていたので浩太達は父が会社に行っている間、祖父母の世話になっていた。彼女は祖父母が管理経営していたアパートの住人で名を、内田由布子(うちだゆうこ)と言った。


 最初に会った時、彼女は大柄で、男勝りな雰囲気を纏っていた。明るさだけが取り柄、といった印象の女性だったが、会うたびに痩せていき、最後に見た彼女は、まるで別人のように細くなっていてモデルのようだった。


 そして何よりも、祖母の事件が発覚して以降も態度を変えなかった、ただ一人の大人だった。

 由布子は、祖母をずっと心配してくれていた。裁判が終わってもなお、「信じられない」と言い続けた。


 由布子を最後に見たのは、祖母の葬儀の日。あれから三年。アパートもなくなって今はどこで何をしているのかも分からない。もしかしたら、もう結婚しているかもしれない。


 それでも、浩太は時々思い出す。そんな日が来るかは分からないが、もし、いつか、祖母が犯人ではなかったと証明できたなら……由布子にそのことを伝えたいと、密かに願っている。


 朝陽の姉・咲琴には、あの由布子と似た空気がある。どこか男勝りで、だが不思議と安心できる。浩太が警戒心を持たずに話せる、数少ない女性の一人だ。



 十月に入り、学校は体育祭一色となった。進学校でありながら、明星学園はこうした行事にも力を入れる。人との「和」を学ぶ場――それが学校である、というのがこの学園の理念なのだ。こういう行事で互いが協力し合うという事も大きな学びの一つだという事らしい。


 そして迎えた、体育祭当日。


「競技である以上、勝者も敗者も出る。勝つために努力すること、負けた者の気持ちを知ること。そのすべてが己を高める糧となります。近頃は何事も平等であるべきと風潮が強いですが、現実の人生はそうではないことも多いのが事実です。負けることを恐れず、勝っても驕らず、人と競い会うことで己を磨き、和を育む――その心を忘れず、全力で挑んでください」


と、学園長の開会の挨拶が青天の空に響いた。


 進学校であるのだから、こういう行事に力を入れて勉強がおろそかになったりすると保護者から文句の一つも出てもおかしくないのであるが、この明星学園においてはそう言った事は一切ない。入学前に学校の方針に倣えない者、勉学のみに集中したい者、保護者も含めて異を唱えるのであれば入学を辞退するよう学校説明会の時に言われていた。


 生徒手帳にも書かれている――人格者たるもの、理不尽に和を乱してはならない。正当と認められぬ抗議は一切受け付けない。違反があれば、学園を去ってもらう――つまり退学処分ということだ。


 だが今まで、この学園で退学者が出たことは一度もないという。現在、この学園に通っている者は親兄弟がここの出身という者も少なくない、という事は大方の者がこの学園の方針を支持しているという事なのであろう、と浩太は思った。現に朝陽もそうなのだから。

お読みいただきありがとうございます。

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