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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第二章 遠因(えんいん)
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遠因1-3-⑥:良きライバルと切磋琢磨

本当は、自分に怒っていたのだ。そのことを、母と話してようやく気づくことができた。やっぱり母は、何もかもお見通しだ。きっと、いつか朱音が本当に裁判官になれたら、父も母もすごく喜んでくれるに違いない。そのためにも、もっともっと努力しようと思った。


 勝ち負けなんて関係ない、努力することに意義がある、なんて言葉を聞いた事がある。朱音だってそう思っていたが、やっぱり努力が結果に結びつくと嬉しい。それならもっと頑張るしかない。きっとその努力が報われないことは多々あると思う。それでも、初めから諦めるよりはずっといい。


 それにやっぱり負けたくない。その思いをどうしても消せない。朱音はふと苦笑した。母の言った通り、自分にもそんな一面もあるのだと、初めて気づかされた気がした。


(私って、結構負けず嫌いだったんだな)


そんな自分が分かって苦笑した。


 クラブ活動は結局、断念した。何かやりたいという気持ちはあったが、「これ」と決めたものがなかったし、今は勉強を優先すべきだと思ったからだ。


 だが、鳴海は中間試験のあと、吹奏楽部に入った。正直、意外だった。勉強優先で行くと思っていたからだ。それに入るなら運動部ではないかと思っていた。そしたら、中学でもクラリネットを吹いていて、ずっと続けていたらしい。


 凰琳の吹奏楽部は、過去に全国コンクールで優勝したこともある名門。入学直後に入らなかったのは、練習についていけるかどうか自信がなかったからだそうだ。確かに運動部に負けないくらいハードな練習だそうだ。


 でも、先日、この学校の吹奏楽部も参加している演奏会を見に行って、「やっぱりやりたい」と心から思ったという。


「勉強もクラブも、両方頑張る。やりたいことを我慢するのは、性に合わないもん」


鳴海は笑って、胸を叩いた。その笑顔が、朱音には少し眩しくて逞しく見えた。


「朱音は?」

「私は、勉強だけ頑張る。両方は……無理っぽいから」

「そっか。朱音は法科目指してるもんね。私より、きっとずっと大変だもんね」

「そんなことないよ。鳴海ちゃんみたいに、どっちも頑張るって言えないだけ。自信がないの」

「大丈夫。自分の夢に向かって進んでいけばいいんだよ。朱音にとって、それが“勉強”なんだから」

「ありがとう。でも、鳴海ちゃんの応援はする。コンサートがあるときは、絶対見に行くから」

「うん、出られるよう頑張る!」

 

クラブに入った鳴海とは、以前のように一緒に下校できなくなった。それが少し寂しかったが、頑張っている鳴海に負けたくなくて、朱音も一層勉強に力を入れた。そして、一学期の期末試験では四十八位まで順位を上げた。鳴海は六十一位だった。


「あー、負けたか」


結果を見た鳴海は笑いながらそう言った。でも朱音は、鳴海の努力を素直に尊敬していた。毎日部活を頑張りながら、成績も確実に上げてきている。きっと想像以上に努力しているのだろう。鳴海のそんな姿が、朱音の原動力になっていることは間違いなかった。


 クラブ活動と両立させている鳴海には実質的には勝ったとは言えないとも思っている。でも鳴海がいるから頑張れるのは間違いない。鳴海は良き友であり、ライバルでもあるのだ。


 夏休みに入り、互いの家に泊まり合おうという話になった。母に相談すると、喜んで了承してくれた。母は鳴海が来る日は朝から張り切って料理の準備をしていた。事前に朱音が鳴海の好きなものをいろいろ聞いていておいた。


 朱音も手伝った。母が料理上手なこともあって、朱音も子供の頃からよく手伝っていたので料理は好きだ。もし学校に料理クラブがあれば、入っていたかもしれないと思ったりもする。


夕方、鳴海が到着する時間に合わせて駅まで迎えに行った。


「鳴海ちゃん!」


改札口から出てくる鳴海に手を振ると、彼女も笑顔で手を振り返してきた。


「朱音、久しぶり!」

「うん、久しぶり!」


夏休みに入ってまだ一週間しか経っていないのに、学校では毎日顔を合わせていたから随分と間が空いたように感じた。


「もう昨日から、すっごく楽しみでワクワクしてたの。今日は朱音と一晩中語り明かすんだ!あのね、とっておきの怪談話、用意してきた!」


そう言って、鳴海は意地悪な笑みを浮かべる。完全に揶揄っている,というのは分かるが、怪談話が苦手な朱音はちょっと眉を(ひそ)める。

お読みいただきありがとうございます。

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