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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第二章 遠因(えんいん)
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遠因1-3-④:努力は必ずしも報われない

朱音は、鳴海のように確固たる目的を持って裁判官を志したわけではなかった。テレビ番組の影響で目指すようになったなんて……。


「何々?やっぱり、正義の味方に憧れたの?」

「そうじゃなくて……その、テレビで……」

「テレビ?女性裁判官が出ていたの?取材とか?その女性裁判官が何かいいことでも言った?」

「あ、えっと、その、ドラマで……」

「あ〜、テレビドラマ!」

「そ、そう。鳴海ちゃんみたいに立派な理由なんてないの。ただ、そのドラマに出てた女性裁判官が格好良くて……なんか、ごめん」

「なんで謝るの?」

「だって、期待外れの答えだったでしょう?」

「そんなことないよ!切っ掛けなんて関係ないもん。じゃあ朱音は、“格好良い裁判官”になりたいんだね」

「うん、まあ……そうかな」

「いいじゃない、“格好良い裁判官”。私、格好よく生きるってすごいことだと思う。人間ってさ、格好悪いところ、いっぱい持ってるじゃない?だから格好良く生きるってすごく難しい。でも、朱音なら大丈夫。絶対なれるよ、格好良い女性裁判官に」

「うん、頑張る」


鳴海と話していると楽しい。鳴海は、ちゃんと人の話を聞く。決して見下したり、馬鹿にしたりしない。朱音の脳裏に、国会で堂々と答弁する鳴海の姿が浮かんだ。鳴海こそ、きっと格好良い政治家になる。そんな彼女を、いつか実際に見てみたいと朱音は思った。


「でも、もしかしたら政治家より大変な職業かもよ?だって、一つの判決で、その人の運命が決まるんだもん。私だったら……ビビっちゃうかもしれない」

「鳴海ちゃんが?」


鳴海が臆するなんて想像がつかず、目を丸くして思わず聞き返す。


「何その顔?私、こう見えて蚤の心臓なんだから」

「そんな人が政治家目指さないよ」

「違う違う、そういう弱い人間こそが政治家になる意味があるんだよ。弱い者の味方になれる政治家にね」


そう言って、鳴海は胸を張った。朱音は思わず笑ってしまう。早く大人になりたい、でもこの時間が永遠に続けばいい。その矛盾する感情が、胸の奥でせめぎ合っていた。


 朱音も鳴海も、勉強は嫌いではなかった。中学では二人とも常に上位、朱音はほぼトップだった。しかし、一学期の半ばにして、現実の壁を感じ始めていた。


 授業の進度は速く、課題も多い。想像以上にハードでレベルが高い、国立大学進学率の高さは伊達ではなかった。さらにクラブ活動も盛んで、テニス部は毎年全国大会出場、他のクラブも好成績を収めていた。朱音も高校では何かクラブに入りたいと考えていたが、どのクラブも練習はハード。勉強に専念すべきか迷っていた。そうこうしているうちに中間テストの時期を迎えた。


そして、結果は、総合で百一番。


(百一番……)


正直、衝撃だった。結果表を受け取った時、一瞬、他の誰かのものと間違えられたのではと思った。だが、何度見直しても名前は「島崎朱音」だった。それなりに手ごたえはあった。及第点以上は取っているはず。それでこの順位ということは、他の子達がさらに優れているということだ。その中にはきっとクラブ活動と両立させている子もいるだろう。


 朱音の学年の人数は約百八十人ほど。ということは上位より下位に近いということになる。中学より人数が増えたとはいえ、もっと上だと思っていた。別に、他人に勝ちたくて勉強してきたわけじゃない。そう思っていたのに、悔しい……。


 各々の名前は伏せられていたが、得点は記されていた。トップの成績と朱音とは、合計で二十一点の差。たったそれだけ、なのに――その間に百人もいるのだ。


「うわー、何、これ……」


隣の席で結果表を見た鳴海が声を上げる。


「九十八番だって。ギリギリ百番以内って感じ」


そう言って、鳴海は朱音を見た。


「私……百一番……」


ショックを隠せない朱音の声に、鳴海が一瞬、目を丸くした。


「え、そうなの?」


朱音は頷いた。点数差はたった二点。それでも、自分より上。


「やっぱり厳しいね。私、中学の時、五位以下になったことなかったのに……」


鳴海も肩を落とし、呟いた。朱音の脳裏に、中学の担任の言葉が浮かぶ。


「あの学校は、受かった後が大変だ。今までみたいにトップにいるのは難しいぞ。それなら、一つランクを落として、ゆとりのある高校生活を送った方が楽しいんじゃないか?」


その時、朱音はその意見に頷かなかった。そんなの、大した問題じゃないと思っていた。でも今、わかった。トップから滑り落ちるということが、これほど苦しく、重いものだったとは。そして改めて思った。


 あの時の担任教師は、自分のクラスから高校浪人を出したくなくて、絶対に受かる高校ばかり勧めてくるのだと思っていたが、それなりに考えてくれていたのだということを。

 まさに井の中の蛙であったことを思い知らされた。

お読みいただきありがとうございます。

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