遠因1-3-②:新しい友達
入学式が終わり、教室へ行き出席番号順に席に着く。どの子も少し緊張した面持ちではあるが、生徒たちの中にはすでに打ち解けておしゃべりしている者もいた。きっと中学から一緒の子達なのだろう。朱音は周囲をさりげなく見回し、「仲良くなれそうな子はいるかな」と思う。
それにしても、自分が一番小さい気がする。小学校からずっと、学年で一番身長が低かった。それは、今も変わらないようだ。小さくため息をつく。
「島崎さん」
ふいに、隣の子が声をかけてきた。名前を知っている理由が分からず、朱音は不思議そうにその子を見る。朱音の表情に気づいたのか、その子は胸の名札を指差した。
「あっ」
その子の名札には「垣内」と書かれていた。
「垣内、さん?」
「そう。垣内鳴海。あなたは?」
「私、島崎朱音です」
「どこの中学だった?」
自分の出身中学の名前を告げると、鳴海はホッとしたように微笑んだ。
「よかった!私とおんなじ」
「え?」
この高校を受験したのは、自分だけのはず、それにこの子は初めて見る子、どういう意味か、と少し驚く。
「あ、そうじゃなくて。同じ中学出身の子がいない“仲間”って意味」
「あ、そういうことね」
「なんか、周りをキョロキョロ見てたから。もしかしてって思って。よかった、私と同じ立場の人が同じクラスにいて」
鳴海はそう言って嬉しそうに笑った。
「ここって、ほとんど私立中学出身の子ばっかりだから。公立中出身の子って、すごく少ないの。ねえ、中学の担任にここ受験するの止められなかった」
「……うん。やめといた方がいいって言われた」
「ってことは島崎さんも庶民ね!やっぱり仲間!」
「庶民?」
「ここさ、お金持の家の子が多いから、そういう意味でも平平凡凡の庶民には向いてないって思う教師がいるみたい」
「なるほど……」
あの担任もそう思っていたのだろうかと、一瞬、顔を思い出した。朱音が思い出すような顔をしていると鳴海はくすっと笑った。その人懐っこい笑顔につられて、朱音も自然と微笑んでしまう。
「島崎さんは、どうしてこの学校を選んだの?」
「ここの卒業生って、社会に出てもバリバリ働いてる女性が多いから」
朱音がそう答えると、鳴海はますます嬉しそうな顔をした。
「よかったぁ、それも私とおんなじ理由。実はね、島崎さんってなんか“お嫁さんタイプ”に見えたから、そっち系かと思った」
「……そっちって?」
「ここの高校を卒業すると良縁に恵まれるって評判なのよ。だから、キャリアウーマン目指す女性と、お金持の奥様目指している女子と分かれるの。てっきりそっち目的かなって」
「へえ~そうなんだ。それは知らなかった」
朱音はそんなこと、一度も考えたことがなかった。
「じゃあ、将来何になりたいの?」
鳴海に聞かれ、朱音は一瞬言葉に詰まる。裁判官なんて、自分には大きすぎる夢に思えて、口にするのが恥ずかしかった。
「私はね、政治家。日本を変えるの」
臆することなくそう言い切る鳴海の目は、まっすぐだった。その姿に朱音は少し勇気をもらい、自分の目標を口にする。
「……わ、私は裁判官」
朱音の返事を聞いた鳴海は、さらに満面の笑みを浮かべる。
「裁判官!大岡越前ね!正義の裁きを下す人!」
「大岡越前……?」
確かにそうかもしれない。けれど朱音は、それまで自分と時代劇の名奉行を重ねたことなどなかった。
「私、あの番組好きなんだ。単純なのに、毎回見ちゃうの。『正義は勝つ!』ってとこが良いのよね」
「うん。そうだね」
鳴海みたいな子が同じクラスにいて、本当に良かったと、朱音は心から思った。
やっぱり、この高校に来て正解だった。
家に帰ると、母が心配そうに様子を尋ねてきた。
「どうだった? 学校の雰囲気には馴染めそう?」
「うん。友達できたよ」
「まぁ、もうできたの?」
「うん。同じ公立中学出身の子。将来は政治家を目指してるんだって。かっこいいでしょう?」
「そうなんだ。良かったわね」
朱音の言葉に、母は安心したように表情を和らげた。父も母も、いつまでも朱音を子ども扱いしている節がある。愛されているのは分かっているけれど、もう少し大人として見てくれてもいいのに、と思うこともある。
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