表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
13/185

錯綜1-3-②:彼女は何故、知っている?

 あの和と親しく会話ができる気がしない——その予感は、あながち間違っていなかった。


 クラスの用事で一緒に作業をしていても、彼女は必要最低限のことしか口にしない。まるで話すことすら億劫かのようだ。別に和に特別な感情があるわけじゃない。でも、嫌われているのかもしれないと思うと、気になってしまう。


「深見さんって、誰にでもそうなの?」


ホームルーム後、体育祭の催し物アンケートを整理しながら、浩太はぽつりと尋ねた。


「そうって? 何が?」

「なんか…素っ気ない感じ? もしかして俺だけかなって」


和はわずかに目を見開き、こちらを見た。


「意味、分からない」


そう言うとすぐにアンケート用紙に目を戻した。


「分からないって……」

「上條君と他の人たちと、差をつけてるつもりはないよ。私、いつもこんなだから」

「あ、そ、そう……」


気まずい空気が漂う。何とかこの沈黙を破りたい。何か話題を――


「あ、あの、深見さんって、どんなときに笑うの?」


言ってから、なぜそんなことを聞いたのか自分でも分からなくなる。案の定、和は露骨に面倒臭そうな表情でため息を吐いた。


「あ、ご、ごめん。どうでもいいことだよね。楽しいことがあれば、笑うよね、普通」


同級生女子になんでここまで気を遣ってるんだ、自分でも変だと思う。どうも彼女の雰囲気に呑まれている。


「楽しいことなんか……」


和が低くつぶやいた。


「え?」

「楽しいことなんて、どこにあるの?」

「ど、どこって……」

「上條君は、楽しい? 何が?」

「何って、そりゃあ……いろいろ……」

「いろいろって? どうして?」

どうしてって、何だ? 質問の意味がつかめない。

「どうしてって、べつに理由なんか……」

「私、知ってるよ」

「……何を?」

「上條君の家族のこと」

「家族……?」


ドクン、と心臓が重く脈打つ。冷たい何かが体内を這い上がってくるような感覚。


「上條君のお母さん、殺されたんでしょう」


——眉ひとつ動かさず、和は静かに突きつけた。


「な、なんで、それを……?」


浩太は思わず立ち上がった。動揺を隠せない。和は初めて、少しだけ眉をひそめて彼を見た。


「なんでって……だって、私——」


そこで言葉を切り、和はじっと浩太を見つめる。その目を、どこかで見たことがあるような気がした。前にも会っているのか……?何だろう、この感覚は。 記憶の底を探っても答えは出ない。そんな浩太の様子を探る様に見ていた和は肩を落とすように、静かに息を吐いた。そして目をそらし、床を見つめる。


「……何でもない。余計なこと、喋ってないで、さっさと片付けましょ」

「余計なこと……?」


人の触れられたくない過去に土足で踏み込んでおいて、それを“余計”で片づけるとは——


「ええ」

「そういう……」

「ごめんなさい。こんなこと言うべきじゃなかったわ」


和は先手を打つように謝った。いや、別に謝ってほしいわけでもない。、と浩太は心の中で呟く。


「で、でも……どうして君が……」


なおも訊きたげな浩太に、和は再びため息を吐いた。


「ただ……覚えていただけ。記憶力がいいのよ、私は。あの事件の被害者の名前とね、あなたが同じ苗字だったから、ちょっとカマをかけてみただけ」

「カマを……?」


——ただの“カマかけ”じゃない。あの口調、あの視線。確信がなければ出ない言葉だ。


「上條君が“楽しいこと”とか“笑うとき”とか、ウザかったから。……でも、まさか当たるとは思わなかった。本当のことだと知ってたら言わなかった。無神経だったわ。ごめんなさい。でも、誰にも言わないから」


(嘘だ……)


和は知っていた。初めから知っていて、わざと口にしたのだ。そうとしか思えない。


「でも……上條君って、強いのね。そんなことがあっても、普通にしてるんだもの」


嫌味にしか聞こえないのは、気のせいか。


「べ、別に……強いわけじゃ……」


虚勢でも張らなきゃ、あの地獄を乗り越えることなんてできなかった。でもそれを、彼女に話すつもりはない。分かってもらおうとも思っていない。


「お前に……」

「え?」

「いや……」

「お前に、何が分かるんだよ……って顔、してる」

「お、俺は……別に……」


——見透かされている。呆然としている浩太を尻目に和は再び机に向かい、淡々と作業を再開した。浩太も無言のまま、それに倣う。言葉はもう出てこなかった。

 やがて集計が終わると、和は用紙を浩太に差し出した。


「次のホームルームは、このアンケートの結果をもとに何をするかを決めましょう」


そう言うと和は、カバンを持つと教室を出て行った。足音が廊下の奥へと遠ざかっていくの聞き届けて浩太は、肩の力が抜けていくのを感じた。無意識に緊張していたのだろう。


 こんな調子で、今学期ずっとやっていくのかと思うと気が重い。だが、それより気になるのは、和が“事件のことを知っていた”という一点だ。入学した時から知っていた、と言う事か——彼女の真意を問いただしたいと思う。でも、そんな機会が本当に来るのか分からない。和のあの雰囲気に、完全に呑まれている——


 帰宅した浩太は、朝陽に電話をかけた。そして、今日あった出来事を話し始めた。

お読みいただきありがとうございます。

いいね・評価・ブックマーク&感想コメントなど頂けましたら大変励みになります。

今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ