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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第二章 遠因(えんいん)
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遠因1-2-③:現実にならない母の願望

「こんなことになったのは、あんたのせいだ。あんたなんかがいるから、私は智樹さんと一緒になれないのよ。あんたなんて産むんじゃなかった。全然欲しくもなかったのに、勝手に生まれてきて、私の人生を邪魔して!」


おまえなんか、産むんじゃなかった――この言葉を、依智伽は母から何度浴びせられたか分からない。そのたびに、生まれてきたこと自体が罪のように思えてしまう。自分は、誰にも望まれなかった子なのだと、嫌でも思い知らされる。


「ごめんなさい……」

「ああもう! あんたなんて、ただのお荷物よ。どうして私ばっかり、こんな目に遭うのよ。何にも悪いことしていないのに……!いい? あんたはね、できるだけ私の人生の邪魔しないように、大人しくしていればいいの。もし、邪魔したら、消しちゃうからね!」

「……消す?」

「そうよ。邪魔なものは、消すのがいちばんなの。私はね、前に邪魔なモノをこの世から、消しちゃったの。そんなこと、私には簡単にできるのよ。覚えておきなさい」


そう言って、母はゾッとするような笑みを浮かべた。依智伽にとって、母はただ「怖い存在」でしかない。もっと幼かった頃には、依智伽は母が童話に出て来る魔女のように思えたこともあったくらいだ。悪いことをしたら消されてしまう。本気で、そんなことを思っていた。


 でも小学生になった今、母が魔女だとは思わなくなったが、それでも依智伽にとってはこの世で一番怖い存在だった。けれど、それは自分が「悪い子」だからなのだ、そう思うようになっていた。もっと良い子になれば、きっと母はいつか言ってくれるはずだ。「産んで良かった」と。他の子のお母さんみたいに、優しくしてくれるかもしれない。そんな日が来る事を信じて、依智伽は一日も早くいい子にならなければ、と思っていた。


 浩太たちの家に出入りしていた頃、母は家の前に立ってこう言ったことがある。


「いつか、この家に住むのよ」


そのときの母は、とても嬉しそうだった。本気で、そうなると信じて疑っていなかったのだろう。母は、浩太たちの父と結婚したかったのだ。


 もしそれが実現したら、浩太の父が自分の父になる。あの優しい「おじさん」がお父さんになってくれたら、どんなに嬉しいだろう。そして、母はずっと優しいままでいてくれる。たとえ料理が美味しくなくても、母が作ってくれるなら、それだけで嬉しいと思った。そうなったら毎日はどんなに楽しくなるだろう。今みたいに母がしょっちゅう怒鳴る事もなくなるはずだ。そして浩太や舞奈と兄妹になって、毎日一緒にいられる、そんな夢を見たこともある。


 けれど、依智伽はうすうす気づいていた。何度も浩太の家を訪れているうちに、母の願いは、たぶん叶わないのだろうと。そしてそんな日が来ないことを母が知ってしまったら、母は今以上に荒れてしまうだろうとも思っていた。依智伽はその日が一日でも遅くなる事を願っていた。


 でもその「日」は、ついに来てしまった。浩太の家に行かなくなったということは、きっとそういうことなのだ。母の依智伽への態度は、予想通りますます厳しくなった。


 どれだけ家の手伝いをしても、テストで百点を取っても、母が褒めてくれることはなかった。それでも、ときおり母が依智伽を買い物に連れて行くことがあった。「お一人様○個限り」の商品を買うときだけだ。依智伽がいれば、そのぶん多く買えるからだ。


「あんたが役に立つのは、このくらいね」


母はいつもそう言った。それでも依智伽にとっては、母と出かけられることが何より嬉しかった。クラスの子たちはよく、「家族でレストランに行った」とか、「遊園地に行った」とか、楽しそうに話している。そんな会話に、依智伽は入れない。けれど、買い物に行った翌日だけは言えるのだ。「私も昨日、お母さんと出かけたよ」と。でもそれがスーパーだと話すと、皆首を傾げる。


「そんなの、お出かけじゃないじゃん」


万智はそう言ってバカにしたような笑いをよくした。でも、依智伽にとっては唯一のお出かけだった。スーパーで買い物している間、母はいつもよりずっと優しかった。


 レジの人と笑って話したりして、母は外にいる時と、家の中ではまるで別人のようだった。外だと母は優しい、母は1人で子育てで苦労している、みたいなことをよく言ってる。依智伽の父親とは暴力が原因で、離婚したとみんなに言っているようだった。するとみんなが同情して優しくしてくれる。それが母にとっては気分が良かったようだ。


 夏休みに入る少し前のこと。この日は、いつもと違うスーパーへ行った。駅の向こう側にあり、少し遠かったが、母が「好きなものが安くなってるから」と言って連れて行かれた。その帰り道、通りかかったアパートの前に、人だかりができていた。パトカーや救急車が何台も止まっている。


「何かあったのかしら」

お読みいただきありがとうございます。

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