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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第二章 遠因(えんいん)
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遠因1-1-⑤:邪魔のものは排除すればいい

 幸い、看護師という仕事があったから、生活はなんとかできた。だが、子供は足かせにしか思えなかった。どうして好きでもない男の子供など育てなければいけないのか――そんな自分の境遇が理不尽に思えて仕方がなかった。


(なんで私がこんな目に……)


でも、ふと思った。今の自分の可哀想な状況を智樹が知れば、きっと同情してくれる。手を差し伸べてくれるに違いない。そう思った梗子は、智樹に会いに行った。


 案の定、子供を抱えている梗子を見て、智樹は心配してくれた。希美も「いつでも遊びに来て」と言った。


(ああ、やっぱりここが私の居場所だ)


と、梗子は改めて感じた。希美や子供たちの存在は目障りだったが、看護師にもならずに智樹と結婚した希美は、智樹に捨てられたら生きていけないだろう。


(智樹を一番に想っているのは私なのに)


そう思う気持ちもあったが、次第に、「可哀想な希美のために、智樹を譲ってやっているのだ」という思いに変わっていった。そう思うと、心がどんどん軽くなり、楽しくなっていった。


(可哀想な希美。あんたがこうやって幸せに暮らしていられるのは、私が身を引いてあげたからよ)


自分が寛大な心で、何もできない希美をここに置いてやってるんだ。そう思って優しくしてやっていたのに、希美はある日、とんでもないことを言い放った。


 あの時の希美の表情を、梗子を見下ろしたあの目を、今も忘れられない。


「クククッ! 梗子、あなたってホント、すごく面白いわ。智樹に未練タラタラで、まさか他の男の子供産んで戻ってくるとは思わなかったけど」


上目遣いに笑いながら梗子を見上げるその顔は、梗子が知っている希美ではなかった。


「先輩風吹かして、私の面倒見てる気になっちゃって、ほんと、滑稽だった」


この女は何を言っているのだ。いつも梗子のご機嫌を伺って、自分では何もできない弱い女、のはずではなかったか。


「私さ、智樹なんて別に好きでもなんでもないのよ」

「は?」

「看護学校に行ったのも、看護師になればエリートの医者でも捕まえて、安定した生活が手に入ると思ったから。でも、実習とか色々マジで面倒だった。そんな時にあんたが智樹を連れてきて、もう、こいつでいいやって思ったの」


誰でもよかった。智樹は実家が小金持ちで、大企業に勤めていた。この辺りで手を打てば、面倒な看護師の勉強なんてしなくて済む。だから智樹を選んでやった、と梗子を見下して言う希美の、満足そうな顔。

その顔を見て、梗子は何かが音を立てて崩れていくのを感じた。


「でも、ちゃんといい奥さんやってるでしょ?それに、自分でも不思議だけど、子供たちは可愛いし、うちはこれで平和なの。だからさ、あなたはもううちに来なくていいよ。あなたが智樹に必死になってる姿、見てるの面白かったけど、もう飽きちゃったし」


と、希美はさも愉快そうに嗤った。この女はずっとそうやって梗子を見下していた、ということを梗子はこの時初めて知った。梗子は希美の手のひらの上で踊らされていただけだった。それで確信した。否、その瞬間、梗子の心の(たが)は外れた。


 こんな女と一緒にいては、智樹は幸せになれない。だから、智樹を希美から解放してあげなくては、と。だから希美を廃除してあげた。ここまでしてあげたのだから、智樹はそれに報いるべきだ。


 事件はあの時、あの場所を訪れた、ぼけた(ババア)のせいにしてやった。まさかそのあと、(ジジイ)が希美の死体の始末をしてくれるとは夢にも思わなかったが、これはもう神様が味方してくれたとしか思えないだろう。もしかしたら智樹が協力して、梗子を助けてくれたのかもしれない。これで何の憂いもなく、智樹と一緒に幸せになれる。


 梗子の頭の中には、それしかなかった。他のことは、もう何も見えない。全ては智樹の幸せのためだったのだから。その智樹が、梗子を否定する意味が分からない。


 一体、何が邪魔をしているんだろう。あの邪魔だった希美はいなくなって、頭のおかしくなった姑もこの世から消えた。梗子の犯行に気づいている人間は、誰もいない。智樹は、人を疑うことを知らない人間なのだから。なのに今になって、なんだって……。


(きっと、気の迷いだわ)


梗子はそう思った。これからだって、邪魔なものはすべて、梗子が“排除”していってあげる――と。


「ウフフ。待っててね、智樹さん」

お読みいただきありがとうございます。

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