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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
12/185

錯綜1-3-①:新たな始まりと変化

      三.


 以降、依智伽が現れることはなかった。最初のうちはふとした拍子に思い出すこともあったが、それも徐々に薄れ、時の流れとともに浩太の中からその存在は遠のいていった。思い出すことすら、いつしかなくなっていた。


 高校生活は、想像していたよりもずっと面白いように感じた。明星学園という自由な校風が、浩太には合っていたのだろう。クラスは三年間持ち上がりで、学年ごとのクラス替えもない。そのため、自然とクラス内の団結力が強まり、仲間意識も深まる。学園祭や体育祭では学年間やクラスごとの競技対抗戦もあり、毎年盛り上がるのだという。


 二学期、浩太はクラス委員長に選ばれた。朝陽は体育委員長。体育大会を控える今、朝陽の役割は大きいが、本人はむしろ嬉しそうにしている。「全競技で学年トップを狙う」と、意気込んでいた。


 あの事件以来、浩太は目立つことを極端に嫌がっていた。役職なんて真っ先に断っていたはずなのに、今回は「少しだけなら、面白いかも」と思えてしまった。変化の兆し──それが好転なのか、崩壊の始まりなのか、彼自身にも分からない。


 一学期はまだ生徒同士の繋がりも希薄だったため、委員の選出は教師が成績上位者を機械的に割り当てていた。浩太も学年ではかなり成績が良かった。誰にも付け入る隙を見せたくないという思い、そして、事件以降は友達もなく、ただ勉強に没頭していたことが背景にある。ゲームなども、それまでは夢中になっていたのに、今ではただの虚構だと冷めた目で見るようになっていた。


 一学期のクラス委員長は深見 和(ふかみ まどか)という女子生徒だった。別の中学出身で、入学試験では学年トップだったという噂だ。眼鏡におさげという典型的な優等生スタイルで、平成生まれにもかかわらず、どこか昭和の香りをまとっている。三年の譲原真理子が放つ洗練された存在感とは対照的な、硬質な雰囲気を持っていた。

 

 ホームルームでは余計なことは一切口にせず、冗談も通じない様子だが、議事の進行は実に的確。だが彼女は二学期には副委員長になった。浩太は、和大して苦手意識を抱いていたが、彼女は寡黙で愛想もないが、クラスの仕事をそつなくこなすからクラスの者も一目置いている。委員長に浩太が選ばれたのは、彼女と成績を競っていたからかもしれない。だが、いつもわずかな点差で浩太は和に負けていた。


 それなのに、なぜ自分が選ばれたのか──少し不思議な気もしたが、二学期間続けて暮らす委員長と言うのは気の毒、と言う皆の想いもあったのだろうか。副委員長をさせるならあまり変わらない気もする。浩太が委員長になったのはきっと、クラスメイトが浩太の家の事情を知らないからだ、と思ってしまう。


 もし、あの事件を知っていたら、誰も自分を推さなかったに違いない。そう思う自分がいる。無意識のうちに卑屈になってしまう癖が、もう染みついてしまったのかもしれない。そして──やはり心の底では、あの事件を「なかったこと」にすることに抵抗を覚えている自分も確かにいる。


「よろしく」

「こちらこそ」


浩太の言葉に、和は無表情のまま、まるで機械のように返した。笑顔一つ浮かべないその様子に、浩太は思わずこう思う。この子は、何が楽しくて学校に来ているのだろう──と。まあ、実際のところ、学校に「楽しみ」を見出している生徒など、どれだけいるものか。


「深見さんって、笑わないんだね」

「面白くもないのに、笑う人がいるの?」


冷たく返されたその言葉に、浩太は「そりゃそうか」と内心思った。だが、どこか刺さる。もう少し愛想があってもいいのに、と感じたが口には出さなかった。余計なことを言えば、「どうして?」と問い返されそうで。それに和は、仮に面白いことがあったとしても笑わない気がする。


「二学期は、学園祭とか色々あるから。気を抜かないでね」


追い打ちのように放たれたその言葉に、浩太はまた「やっぱり苦手だ」と思った。


──放課後。


「どうだ? 深見女史は」

「どうだって、何がだよ」

「ほら、他の女子とはちょっと違うっていうか。一線引いてる感じだろ。俺、ちょっとタイプかも」


朝陽の言葉に、浩太は思わず口をあんぐりと開けた。


「お前、譲原先輩が好きなんじゃなかったのか?」


確か、柏木先輩のことも「可愛い」って言ってたはずだ。


「あっちはただの憧れ。いわゆる“高嶺の花”ってやつ」

「じゃあ、深見さんは“手が届く”ってこと?」

「だって、同級生だし。三年間、同じクラスにいるんだぜ? 可能性がないとも言えないだろ。それにさ、彼女──眼鏡取ったら、けっこう美人なんだよ。あの眼鏡、伊達だし」

「なんでそんなこと知ってんだよ」

「前に図書館で見かけたんだ。眼鏡外して本読んでた。譲原先輩ほどじゃないけど、かなり綺麗だったぞ」

「でも、なんで伊達眼鏡なんてかけてんだ?」

「さあな。理由までは分からない。聞いたこともないし」


朝陽なら簡単に聞きに行けそうな気もする。誰とでも話せるやつだ。


「自分で聞けばいいじゃん」

「うーん、それがな……。あの子、近寄り難い雰囲気あるんだよ。他の女子とちょっと違う。どこか壁があるっていうか。昔のお前に、ちょっと似てるかもな」

「でも、お前、俺には全然、躊躇(ためら)わず話しかけてきたよな」

「それはお前が男だからだよ。女の子は男みたいにいかない。ずっとデリケートだからな。そこがまた魅力でもあるんだけど」


(コイツ、絶対将来女たらしになる)


などと浩太は内心思った。


「なあ、お前、今度、深見の話を聞いてみてくれよ」

「なんで、俺が」

「委員長と副委員長だろ? これから色々話す機会も出てくるだろうし、自然な流れでさ」


自然な会話の流れ──それは、いったいどんな流れなんだ。想像もつかない。


お読みいただきありがとうございます。

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