錯綜3-4-⑧:父の友人家族
(何考えてるのよ……)
考えたって仕方ない。寧々は頭を振ってベッドにゴロンと横になり、天井を見つめる。
(これからどうしよう……)
山下岳のことを知りたくて、この学校に転入してきた。そして、彼と繋がりがあるのは和とも近づけた。だが彼女から話を聞き出すのは簡単ではない。もし、自分の過去の事件の事を話せば、或いは話してくれるかもしれない。だが、寧々が山下岳に興味を持っている理由は、それだけは口にできない。
(自分の秘密を守るために、人殺しを見逃したなんて、誰にも知られたくない)
ぼんやりしていたら、部屋の前に足音が止まる気配がした。父が帰ってきていたのか。
「寧々…」
父の声だった。驚いて返事をすると、ドアが開き、父が顔を覗かせた。
(何?)
父が寧々の部屋を覗く事なんてついぞなかったことだ。何か、悪いことでもあったのだろうかと、思わず身構える。
「な、何?もしかしておばあちゃんに何か?」
寧々の言葉に父の方が戸惑う様子を見せる。
「あ、いや、そうじゃなくて今度の日曜日、空いてるか?」
「へ?」
余りにも予想外の言葉に声が裏返ってしまった。
「何か、用事があるのならいいんだけど……」
「あ、ううん。特に用事はないよ」
「そうか。夕方にちょっと客が来るんだ。その、成り行きで一緒に夕食を食べることになってな。用意してくれないか?」
「そうなの?珍しいね」
「あ、ああ。実はこの間、大学の同級生に偶々会ってね。日本に帰っている事を知らせていなかったものだから帰っているなら一度、寧々にも会いたいと言ってきたんだ。おまえが生まれた頃、うちによく来ていたんだ。彼も奥さんと小学生の娘さんを連れてくるそうだ」
「あ、うん!わかった、準備するよ」
「すまんな」
「全然、大丈夫だよ」
ドアが閉まる前にそう答えた。でも何となくワクワクした。父と一緒にその友達家族をうちに迎えるなんて、そんな事初めてである。まるで普通の家族の日常みたいだと思った。
日曜日。寧々はキッチンに立ち、父はリビングのソファーで静かに座っていた。料理の支度をしながら背中越しに感じる父の存在。それが何だか特別なように感じる。
予定通り午後五時、来客が到着した。父も心なしかいつもより和やかな雰囲気に見えた。優しそうな夫婦と一緒に来た女の子はとてもはきはきした感じの子だ。やや小柄で随分と幼い感じに見えた。
「初めまして、谷原花音です」
女の子は寧々を見ながらにっこり笑って頭を下げた。
「初めまして。私は紫園寧々、高校二年生。花音ちゃんは?」
「小学校五年生です」
見た感じは小学校三年生くらいにしか見えないが喋ると確かにそれよりはしっかりした感じである事が分かる。物怖じしない感じの子だ。テーブルの上に並んだ料理を見て目を輝かせている。
「ね、このお料理、全部寧々さんが作ったの?」
「そうよ」
「凄い! 私、全然できないの。お母さんが全部やってくれるから」
「うちはお母さん、いないから」
「本当に凄いな。僕の記憶では、寧々ちゃんはまだ幼稚園だった。こんなに大きくなっているなんて」
父の友人・谷原宜之がしみじみと言うが、寧々には彼の記憶が全くなかった。
「こっちだって驚きだよ。おまえが結婚していたなんて。てっきり独身主義を通しているのかと思っていたのに、まさか、おまえが結婚してたなんてな。しかも子供までいるとは」
父がそう言うと谷原宜之は妻と顔を見合わせた。宜之の妻の寛子は控えめな感じの女性で宜之より三歳年上とのことだ。
「花音ちゃんが五年生だという事は俺がまだ日本を発つ前に結婚したんだろう。どうして連絡くれなかったんだ?」
「あ、ああ、まあ。あの頃、こっちも色々あって、ちょっと連絡しそびれたんだ。式も内々で済ませたし」
「確か、親父さんが倒れて勤めていたところ辞めたんだったな。家、継いだんだったっけ?それで結婚も急いだって事か?あの後、親父さんは?」
「まあ、そんなところかな。でも当の親父は持ち直して今はピンピンしているよ。頑固さは増したけどね、引退したというのに何かと口を出してくる」
「まあ、元気なのは良い事じゃないか。それにしても結婚報告くらいしてこいよ。この間会って子供までいるって聞いた時は結構吃驚したぞ。祝いくらい出来たのに」
「そう言うおまえだって、知らないうちに結婚していたじゃないか。あの頃はまだ連絡取っていたのに。ある日突然、結婚した、もうすぐ父親になるなんて言い出すんだから。俺もかなり吃驚した。そんな相手がいることすら全く気付かなかったからな」
宜之はそう言って寧々を見る。亘之が言っているのは父と母の結婚のことであろう。父が母との結婚を急いだ理由――それはきっと寧々だ。寧々が母のお腹にいたから。
「まあ、それに関してはお互い様という事か」
父は寧々の方にチラッと視線を走らせてそう答えた。
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