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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
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錯綜3-4-④:吉岡の妹と弟

ベッドに入った寧々は、今日の和の言葉を思い出していた。


「死んだ人間から、自分を殺した相手を聞き出すことができたら」


もしそれが現実に可能なら、和の言うように世の中の殺人事件はもっと早く解決するだろう。

テレビ番組で見る霊能者や降霊術のようなもの。寧々は、ああいったものに現実味を感じたことはなかった。


 霊の存在について、肯定も否定もできない。ただ、自分には「視えない」、それだけだ。見た事がない物は信じられない。そして、もし本当に死んだ人に会えるとしたら……寧々は、それでも「会いたくない」と思ってしまう。


 亡くなった母に、自分の父親が誰なのか、尋ねたくもない。「莉子だけが、私の愛する娘」そんな言葉を母に突き付けられたら、本当に自分の居場所がなくなる。寧々の心の底にある“疎外感”を、父は気付いているのだろうか。


 それでも、もしあの事件が起こらなければ、もし母と妹が生きていたら、寧々は今とは違う人生を歩んでいたのだろうか?今より、もっと優しい世界いたのだろうか。そんな保証はどこにもない。もしかしたら今よりもっと孤独になっていたかもしれない。


 優しい母も寧々の成長と共に、寧々が疎ましい存在にならなかったとは言えない。産む事すら望んでいなかった子の成長など嬉しいはずもないだろう。あの頃の“幸せ”は、本物だったのだろうか。それとも、何も知らなかったから幸せだと錯覚していたのか。考えても、答えは出ない。


(知っても、何も変わらない。なら、知らないままでいい)


そう思っているのに、心の奥ではいつもあの声が囁いている。「お前は俺の娘だ」――山下の声だ。あの忌まわしい記憶が、まるで呪文のように何度も何度も蘇る。あの男はもう死んだというのに。どこの誰かは知らないが、殺してくれた。


 山下が殺されたと聞いたとき、寧々は心の底から安堵した。日本に戻ると決まったとき、いつかあの男が目の前に現れるのではと怯えていた。だが、もうその心配はない。永遠に。このまま知らん顔していれば、「秘密」は永遠に守られる。


 なのに、なぜか「知りたくなってしまう」。彼の言葉は真実だったのか。あの男はなぜ母と出会い、そして、なぜ事件は起きたのか。知らなくてもいいことのはずだ。知ったところで、得られるものなど何もない。今の現実が変わることなど何もない。寧ろ、悪くなる可能性の方が他界。それでも、知りたいと思ってしまう。そんな自分が、ここにいる。


 それから二日後のことだった。寧々は、再び吉岡の妹・美帆に出会う。学校から帰ってコンビニに行った帰り道。マンションへと続く道の途中でのことだった。


 美帆が一緒にいたのは、吉岡ではなく見たことのない顔。制服からして中学生のようだ。がっしりとした体格で、何かスポーツでもやっているのだろうか、と思わせる。二人はマンションの方向から歩いてくる。先に気付いたのは美帆の方だった。寧々の姿を認めて、軽く頭を下げる。


「誰?」


男の子が美帆に小声で尋ねる。


「同じマンションの人」

「そうなんだ。こんにちは、僕、吉岡俊介です」


にこやかにそう言って、俊介は人懐っこく笑った。柔らかい印象の少年だ。


「こんにちは。私は紫園寧々。吉岡ってことは……美帆ちゃんのお兄ちゃん?あの吉岡先輩の弟ってことかな?」

「兄を知ってるんですか?」

「うーん、あんまり。前にマンションで会って、ちょっと話しただけだから」

「このお姉さんも明星行ってるんだよ」


美帆が補足するように言う。


「あ、そうなんだ!」

「でも、私、転校生で、吉岡先輩が在学中にはいなかったんだ」

「あ、もしかして帰国子女の人?」

「うん、そう」

「前に瑞樹お姉ちゃんから聞いた。帰国子女で、明星の後輩の子が同じマンションに住んでるって」

「そうなんだ。藍田先輩は吉岡先輩と仲が良いんだね。二人は付き合ってるの?」

「よく分からない、二人ともそういう話はしないし。でも兄ちゃんの話、長いし難しいから、瑞樹お姉ちゃんくらいしか付き合ってくれないんだよね」


俊介は少し残念そうな顔で言った。


「でも、今日は、瑞樹お姉ちゃん来られないんだ」


小さなため息をつくその姿は、心の底からがっかりした様子が伺える。


「藍田先輩が来れないと何か困るの?」

「今日、お手伝いさんが田舎に帰ってていないんだ。そういう時、瑞樹お姉ちゃんが来てご飯作ってくれるんだ」

「へえ~、そうなんだ」

「お手伝いさんの作る物よりずっと美味しいんだよ。でも今日は来れないって言うし、兄ちゃんも大学で研究課題するとかで晩御飯いらないっていうから、コンビニに何か買いに行こうかと思って二人で出てきたんだ」

「そっか、私も今、そこのコンビニに言ってきたばかり」

「本当はね、兄ちゃんはきっと瑞樹お姉ちゃんと一緒にどこかで食べて帰るつもりなんだ。よく二人でどっか行ってるみたいだから。ずるいよなあ」

「ずるいって……」

「だって、美味しい物を二人で食べるなんて」


俊介が勘繰るようにそういうのを美帆が否定する。


「そうじゃないと思うよ。お兄ちゃんは人のことなんて気にしないけど、瑞樹お姉ちゃんはうちにお手伝いさんがいないって分かってて、お兄ちゃんとご飯食べて来るなんてしないともう」


何だか美帆の方がお姉さんみたいだ、とは少し思った。

お読みいただきありがとうございます。

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