錯綜3-4-①:被害者の子供として……
四.
翌日、学校で浩太と顔を合わせた寧々は、昨日聞いた「嫁殺し」の事件のことが頭から離れなかった。母親を殺されたという同じ境遇の人間が、こんなにも近くにいるなんて。彼は、その時何を感じていたのだろう?世間の目に晒され、メディアの餌食になり、それでもどうやって日常を取り戻したのだろう。
寧々の家族が殺された事件も、白昼住宅街で起きた恐ろしい事件として、連日ニュースにはなっていたようだ。でも小学校に入ったばかりの寧々にはそれらが目に入らないように、父や祖父母がかなりの努力をしていたのだろう。
寧々も目の当たりにしたショックが大きすぎて、しばらくは口もきけず、学校にすら通えなかった。そしてそのまま、アメリカに発ったから、日本であの事件がどれほど騒がれていたのかすら知らない。知ろうとしたことも無い。アメリカではそんな事情など誰も知らない人ばかりの中で育ったから、誰かに何かを言われることも無かったのだから。
でも浩太は、ずっと日本で、その事件の中で生きてきたのだ。祖母に母親を殺され、祖父はその死体遺棄に関与したという。そんな中で、浩太はどうやって"家族"というものを受け入れたのか。そして今、どうして、あんなふうに笑えるのか。
「何? なんかついてる?」
「あ、う、ううん。……何も」
無意識に、浩太の顔を見つめていたようだ。
「えー、なんか怪しいな。紫園さん、もしかして浩太のこと、気になってたりして?」
朝陽がニヤリと愉快そうに口を挟む。
「違うわよ。ただちょっと、考え事してて……ぼーっとしてただけ」
「へえ~。紫園さんでも“考える”んだ?」
「失礼ね。私は朝陽と違って乙女ですから。いろいろあるのよ」
「乙……女?」
朝陽が首を傾げ、噴き出しそうな表情になる。
「何よ? 文句でもあるの?」
「あ、いや……大丈夫。紫園さんは帰国子女だから、日本語の使い方が多少おかしくても許されるって。俺、寛大だからさ」
「それ、私の日本語がおかしいって言ってる?使い方間違ってないはずだけど?」
と、寧々が不気味が笑みを浮かべると、朝陽はブルッとして頭を振る。
「あ、うん。間違ってない。紫園さんはすごく乙女だ。な、浩太?」
「え?あ、う、うん……」
突然話を振られ、浩太は困惑したように曖昧な返事をする。
「もう!二人とも女の魅力が分かってないんだから。朝陽なんて特に見た目だけで判断してるし。私のように、内面から滲み出る色香ってものを」
「……い、色香?」
朝陽は吹き出しそうなのを堪え、浩太は完全に目を逸らしていた。
「浩太~、紫園さんが今日はちょっと変なんだけど~」
「お、おい、俺に振るなよ……」
浩太は戸惑いながらも、どこか楽しげだ。
「やっぱり日本の男の子は、アメリカの子たちに比べてずっと子供だわ」
そう言って腰に手を当てると、朝陽は楽しそうに笑った。その笑顔を少し眩しく感じた。朝陽の笑顔には、何の影もない。本当に無邪気に笑う。寧々も、浩太も、そして和も、きっとこんな風に笑うことはできない。とくに和は、殆ど笑わない。昔は明るくよく笑う子だったと優斗は言っていたが、今の彼女からはまったく想像がつかない。
「ねえ、朝陽って浩太と高校からの友達なの?」
「ううん。中学から一緒。明星に行こうって誘ったのも俺なんだ。俺の姉ちゃんが、ここの出身なんで」
「そっか。だから他の子達より仲が良いんだ」
朝陽は、浩太の過去を知っている。寧々が不用意に「親を殺された」と言った時、彼が激怒したのがその証拠だ。あれは、まるで自分のことのように怒っていた。
きっと朝陽は、物事を深く考えすぎない人間なのだろう。そういうところが、浩太にとっての“救い”なのかもしれない。変に気遣われたり、薄っぺらな同情を向けられるよりも、ずっといい。
「朝陽って、単純だもんね」
「……何だよ、それ。ひどい言い方だなあ」
「いやいや、究極の褒め言葉よ? 朝陽みたいな友達がいたら、いいなって私も思ってるの」
「紫園さんは、誰とでも仲良くなれるじゃん。もうクラスの子みんなと仲良いし」
「ま、ね」
寧々はちょっと胸を張る仕草をした。でも、実際は、誰とも“特別”仲良いわけではない、と心の中でだけ返事をする。
「俺は、みんなが笑ってるのが好きなんだ」
そんな言葉が臆面もなく出てくる朝陽が少し羨ましくなる。
その日の昼休み。寧々はお弁当を持って和の机へと歩く。
「一緒に食べよう」
そう声をかけると、和はじっと寧々を見た。
「……別に、構わないけど」
「やった。って、断られてもここに座るつもりだったけどね」
「……そうだと思った」
寧々は浩太たちのほうを向き、声をかけた。
「ねえ、朝陽も浩太も、一緒に食べない?」
「ちょ、ちょっと……!」
和が驚いたように声を上げる。
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