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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
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錯綜1-1-①:母の死と衝撃の犯人

  第一章 錯綜(さくそう)・第一部

         一.

僕の母は、僕が小学校五年生のときに殺された――。


 あれは平成十七年(二〇〇五年)の初夏、一学期の終わりごろのことだ。家に帰るといつも家にいるはずの母がいなくなっていた。

 父は母が家出したと思ったようで警察に失踪届を出した。母はとても美人で、そんな母に父は少し気後れしていたようだ。だから母に捨てられたと思ったのかもしれない。


 だが母は三ヶ月後、奥多摩の山中で遺体となって発見された……。


そして、殺人犯として逮捕されたのは僕の祖母だった。祖父は死体遺棄罪で捕まった。


 僕は、被害者遺族でありながら加害者の身内でもあるという立場に立たされた。学校でも、近所の人々からも好奇の目で見られ、教師は腫れ物に触るように接してきた。同級生たちの中には、同情する()()をする者もいれば、面と向かって「人殺しの孫」と罵る者もいた。テレビでも連日のように報道された。


「嫁を殺した鬼のような姑」と言う者もいれば、「嫁が姑をいびり倒したから、我慢しきれず姑が反撃に出たのだ」と言う者もいた。誰も真実を知らないまま勝手な憶測が飛び交い、それがもっともらしく人々の口にのぼった。まるで、ありふれたサスペンスドラマのような出来事が、僕の身近で起こったのだ。他人にとって、それは格好の話題でしかなかった。


 父は転校を勧めたが、僕は断った。どこへ行っても、結局同じだと思ったからだ。それに、世間の目に晒されているのは父も同じだった。


 父は、妻を母親に殺されたという苦境に立たされていた。僕より、もっと辛い立場にいたはずだ。でも父は、会社を辞めなかった。そのとき、僕は初めて父を「偉い」と思った。母がいた頃、父はいつも母の言いなりで、正直、頼りないと思っていた。けれど、今は僕たちを守るために戦っているのだと、当時の僕は思った。ならば、僕は妹を守っていこうと思った。当時、妹はまだ小学校二年生だった。起こったことを、どこまで理解していたかはわからない。僕でさえ、正直何が起こっているのか分からなかったのだから。


 始めは妹には事件のことを話していなかった。それでも、ずっと知らずにいることは不可能だった。人の口に戸は立てられない。面白おかしく囃し立てるマスコミを、小学生だった僕に止める術はない。祖母が逮捕されて十日ほど過ぎたある日、妹は一度だけ僕に尋ねた。


「おばあちゃんがお母さんを殺したの?」


僕は、何と答えればいいのか迷った。でも、思ったとおりに答えた。


「おばあちゃんは、そんなことしない」


僕は、ずっとそう思っていた。母と祖母は、決して仲が良かったわけではない。それでも、祖母がそんなことをするはずがないと信じていた。ずっと会っていなかったけれど、僕は祖母が好きだった。祖母は、いつも優しかった。祖母のそばにいると、安心できた。母は、確かにきつい人だ。祖母にも、父にも優しかったとは言いがたい。それでも、僕たちには優しい母だった。たとえ母が僕たちに見せない顔を持っていたとしても、殺されなければならない理由は、どこにもない、はずだ……。


 妹は、僕の言葉を聞いて、ほんの少し笑った。きっと彼女も、祖母のことを信じたかったのだろう。幼いながらも、この現実に必死で耐えているのだと感じた。


 母が亡くなる前から、うちによく来ていた母の友人がいた。その友人と母の関係は、子どもの僕の目にはとても奇妙に映った。仲が良いのか悪いのか、よく分からなかった。母は彼女が来るといつも笑顔で接していたが、帰ったあとは時々怖い顔をしていた。あれは、どういう意味だったのだろう。


 祖母が逮捕される前、僕は祖母と話しているその人を見たことがある。僕と妹と祖母で公園にいたとき、ふと気がつくと祖母の姿が見えなくなっていた。僕は公園の中を見回し、木陰で誰かと話している祖母を見つけた。でも、僕たちが近づくと、その人はどこかへ行ってしまった。チラッと見えただけだったが、あれは彼女だったように思う。


 その後、祖母は祖父に「今日、お母さんに会った」と言っていた。その「お母さん」が僕の母であるはずはない。なぜなら、そのときにはもう死んでいたのだから。けれど僕と妹は、まだその事実を知らなかった。その時はまだ母の遺体が発見されていなかったからだ。祖父は、祖母の言葉に驚きを隠せなかった。当然だ、祖父は母の遺体を山中に埋めて、もうこの世にいないことを知っていたのだから。思い返せば祖母は、少し前から妙なことを言うようになっていたと、何度か感じたことがあった。


 祖母は殺人罪で起訴されたが、体調不良と認知症の進行が認められ、その後医療刑務所に収監された。

お読みいただきありがとうございます。

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