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第4章 陰謀の始まりとリオンへの疑惑(2)

 教会を出た後、リオンとレオンは再び職人街へ向かった。

 石像修復の続きを手伝う約束があるし、何よりリオンが「職人たちの助けになりたい」という意志を捨てていないからだ。

 しかし、工房に着いた瞬間、険悪な空気が漂っているのに気づいた。

 親方衆の一部が、リオンを見るやいなや警戒の目を向ける。


「あんたが原因なんじゃないのか? 暗礁だかなんだか知らんが、変な奴らがうろつき始めたのは、あんたが来てからだろう」

「ちょ、ちょっと待ってください。俺は何もしてないし、むしろ皆さんを助けようと……」


 リオンが弁解しようとすると、奥からハーケン親方が現れ、怒鳴り声を上げた。


「噂が広まってるんだよ。『リオンが石を操って倉庫街を混乱させている』だの、『職人街を手玉に取ろうとしている』だの。実際、俺たちの工房でも変な連中が出入りし始めてんだ」


 リオンは絶句する。

 まさか自分がそんな風に疑われているとは。

 確かに、昨晩あたりから『リオンと暗礁が繋がっている』というような流言が飛び交っているらしい。

 それを信じない者もいるが、こうして親方衆の中には半信半疑で受け取る者もいるのだ。

 レオンが静かに言葉を返す。


「いい加減な噂だ。リオンは暗礁なんて組織に加担していないし、職人街を困らせる理由なんて何もない。むしろ、事故を防いでるくらいだ」


 若手職人の一人も援護するように言う。


「そうですよ、親方。先日の石柱事故だって、リオンさんがいなかったら死人が出てました。暗礁とは正反対の立場のはずです」


 ハーケン親方は唸りながら、リオンを睨みつける。


「俺も頭では分かってるんだ……ただ、王都の連中は一度噂が広まると止まらん。宰相府や教会がどう動くかにもよるが、もしお前が事件の容疑者扱いされれば、ここにも捜査が入るかもしれない」

「俺は本当に暗礁と関わっていません……俺が工房から離れたほうがいいですか?」


 リオンが弱気になって訊ねると、親方は大きく嘆息して腕を組む。


「それは早計だ。確かにお前がいたほうが修復は進むし、人助けの力にはなる。俺たちも工期を早めたいしな。だが、それと同時に、俺たちも警戒する必要がある。暗礁の奴らがどう動くか分からん以上、お前の力ばかりに頼るのも危険だ」


 どうにも落としどころが見えない空気のまま、親方は「とにかく作業を続けて、何か変な動きがあればすぐに知らせろ」とだけ言い残し、工房の奥へ消えていく。

 リオンは肩を落としながら、「自分が余計な騒ぎを持ち込んでいるのでは」と苦悶の表情を浮かべる。

 レオンがそっと肩に手を置いて励ます。


「ここで逃げたら、本当に暗礁の思う壺かもしれない。お前はお前のやり方で、力を使おうぜ。親方だって内心はそれを期待してる」

「ああ……そうだな。俺、頑張るよ」


 そう言って、リオンは石彫の現場へ足を運んだ。


 ◇◇◇


 職人街から少し離れた路地の暗がり。

 銀色の髪を持つ少女、レイラ・アステリスが壁にもたれ、低く笑いを漏らしていた。

 暗礁の黒装束の男が一人、レイラに報告する。


「リオン・アルドレアへの疑惑が広がっております。王都の連中は、やはり石を操る力を怖れ、噂が飛び交っております。連中同士で勝手に疑い合って潰し合ってくれれば、我々も動きやすいかと」

「いいわね。リオンを『破壊者』と認識させてしまえば、いずれ誰かが排除に動くだろうし、本人も悩むでしょう。力を持つがゆえに疎まれる気分を、もっと味わえばいいわ」


 レイラはくすくすと笑い、手のひらに小さな石片を集める。

 すると、それらが妙に鋭利な刃状の形へ変化し、ひとつひとつが宙を舞った。


「私なら、こうやって簡単に『破壊』できるのに……彼は何をためらっているんだろうね。職人街を救いたい? 馬鹿馬鹿しい。石なんて、壊すためにあるのに」


 男はひそかに身震いしながら、レイラの激しい破壊衝動を感じ取る。

 下手に刺激すれば、自分たち暗礁の計画も無視して暴走しかねない。

 それほど彼女の力と意志は『狂気』に近いのだ。


「レイラ様、もし過度に表立った破壊をすれば、こちらの計画にも支障が……。上層部の方針では、しばらくは情報操作と局所的な混乱で王都を揺さぶると……」

「分かってるわよ。勝手にやったりしない。ただ、リオンの動向には興味がある。あの生ぬるい考えが、本当の石の力を呼び起こせるはずがないのに……」


 レイラは手に浮かべていた鋭利な石片を、ふいに壁へ突き刺す。

 石片は壁にめり込み、そこからじわりと亀裂が走った。

 小さな揺れに合わせて塵が落ちる。

 その破壊の片鱗を見ただけで、男は背筋を凍らせる。


「いずれ彼に会ってみるわ。破壊を受け入れる度量があるのかどうか、確かめたいもの」


 ◇◇◇


 日が沈みかけ、工房の作業が一段落すると、若手の職人たちが「今日はありがとう、リオンさん」「おかげで修復の見通しが立った」と口々に感謝を伝える。

 中には「残りは自分たちで仕上げるよ。今度は新しい彫刻技術も試してみたいし」と前向きな言葉をかける者もいる。


 リオンは「役に立てたならよかった」と微笑むが、その目には憂いも混じる。

 保守派の親方衆からはまだ冷ややかな対応をされ、暗礁の噂で自分が犯人扱いされるリスクも残っている。

 レオンが「そろそろ宿に戻ろう」と促し、二人は夜の職人街を歩き始めた。

 だが途中、ふと辺りの人気が薄い路地にさしかかったとき、背後から何者かが声をかける。


「おい、リオン・アルドレア……話がある」


 振り向くと、やや陰気な面持ちの男が数名、じりじりと距離を詰めていた。

 彼らは職人街の作業着にも見えるが、どこか違和感のある雰囲気を漂わせている。


「誰だ?」


 レオンが警戒して剣の柄に手をかけると、男の一人が低く笑う。


「俺たちは『暗礁』の者じゃない。ただ、あんたに協力を仰ぎたいだけさ。王都を変えるために必要な力を探してるんだ」

「暗礁じゃないって……信じろというのか? その物言いからして怪しいんだが」


 リオンが一歩後ずさると、男たちはニヤリと笑みを深める。


「まあ、どのみちあんたが疑われてるのは事実だ。宰相府も教会も、お前を信用なんてしてない……だったら、俺たちと組んでしまうのも悪くないんじゃないか? 石の力をもっと大きく使えば、王都の腐った仕組みを壊せるかもしれないぞ」


 その言葉に、リオンははっとなる。

 自分が疎まれ、疑われるなかで『いっそ破壊へ傾倒しろ』と誘われているかのようだ。

 レオンが一層警戒を強め、剣を抜く態勢をとる。


「ふざけるな。リオンはそんな破壊に加担する気はない。お前ら、やはり暗礁の手先だろう?」


 男の一人が舌打ちし、「やれやれ、話が通じないか」と嘆くように肩をすくめる。

 次の瞬間、周囲にいた他の仲間が小さな刃物を取り出し、威嚇するように構えた。


「ここで血を見るのは本意じゃないが……お前たちが大人しくしないなら仕方ないな。リオン・アルドレア、あんたも少し痛い目を見れば、俺たちの提案を考えてくれるかもな」


 しかし次の瞬間、レオンが低く叫ぶ。


「リオン、伏せろ!」


 レオンが一瞬で間合いを詰め、相手の刃物を剣で弾き飛ばす。

 もう一人が背後から襲おうとするが、リオンがとっさに足元の石を浮かせて男の膝裏を狙い、態勢を崩させた。


「この野郎……!」


 逆上した男がさらに刃を振りかざすが、レオンが華麗な剣さばきで受け流し、柄で一撃を加える。

 男はたまらず倒れ込み、周囲の仲間も慌てて後退する。


「チッ……今日は引くぞ! リオン、いつまでもヒーロー気取りでいられると思うなよ!」


 捨て台詞を残して、闇に紛れるように男たちは散っていった。

 残されたリオンは胸を押さえ、荒い呼吸をしている。


「はぁ……急に襲ってきやがって。本当に暗礁の一派か?」


 レオンが周囲を警戒していると、遠くに駆けつけようとする職人街の灯りが見え始める。

 騒ぎを聞きつけたのかもしれないが、既に襲撃者は姿を消した後だった。

 レオンが背中を支えながら、「大丈夫か?」と声をかける。


「うん、怪我はない。ありがとう、レオン」


 王都の夜、職人街の一角。


「このままじゃ、俺の力が王都を混乱させる原因扱いになるかもしれない。どうすればいいんだろう……」


 リオンの呟きが夜風に溶け、レオンも返す言葉を失う。

 闇組織の策略が動き出し、リオンへの疑いが深まりつつあった。


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