第4章 陰謀の始まりとリオンへの疑惑(1)
翌日、リオンと幼馴染のレオンは朝食を軽く済ませると、職人街へ向かう前に「倉庫街」と呼ばれる一帯を覗くことにした。
そこは王都の外縁部にあり、輸送された石材や各種資源が一時保管される物流拠点だ。
先日、石柱崩落のロープ切断事件があったばかり。
もし暗礁が本格的に妨害工作を進めているなら、その次の標的になり得るのがこの倉庫街だという噂が広まっている。
「こんな早い時間でも、人の出入りは多いんだな」
レオンが倉庫街の大通りを見回す。
商人や行商人、馬車が行き交い、大量の石貨や石材が積まれた荷車がひっきりなしに通る。
倉庫には王都の管理官やギルドのスタッフが監視役として常駐し、記録や書類のやり取りも行われているようだ。
「こりゃ確かに警戒すべき場所かも。もし暗礁がここを襲えば、石材や石貨の流通が大混乱になる」
リオンも頷く。
自分の力で防げるとは限らないが、状況を少しでも把握しておきたいと思ったのだ。
だが、二人が通りを歩いていると、どこからか鋭い視線を感じる。
ちらりと見やると、遠巻きに見張るような男たちがいて、リオンと視線が交わった瞬間、そそくさと路地裏に消えていった。
「なんだ、今の連中?」
レオンが怪訝そうに言う。
リオンも後を追いかけようかと迷うが、既に遅い。
「暗礁か、あるいはギルドの監視役か……ここでは誰が味方か分からないよ。気をつけよう」
少し歩くと、大きな倉庫の前で見覚えのある金髪の人物に声をかけられた。
ルカ・ローディンだ。
王都でも名高い商人ギルド『ローディン商会』の若き当主で、リオンの力に興味を示している人物である。
「やあ、リオン君。こんなところに来るとは珍しいね。何か探し物でも?」
ルカはいつもの穏やかな笑みを浮かべながら、護衛を数名従えている。
周囲を見回すと、確かにローディン商会の標章が掲げられた荷馬車が並んでいるあたりで、彼の部下が倉庫管理員と話し合っていた。
「倉庫街で妙な事件が起こりそうだって聞いたんです。ちょっと様子を見に来ただけで……」
リオンが答えると、ルカは「ふむ」と唸ってから肩をすくめる。
「確かに、不穏な噂は絶えない。商会としても、ここでトラブルが起きれば大損害だからね。だからこうして定期的に見回りをしているわけだ」
「暗礁とかいう組織が関わってるんじゃないかって話ですが……何か知ってますか?」
レオンが率直に尋ねると、ルカは眉をひそめる。
「さあ、確たる証拠はない。けれど、最近やたらと貨物のロープが切断される事故が起きたり、石貨の輸送に不審者が付きまとったりと、嫌な兆候はある。暗礁がその裏で糸を引いている可能性は十分あるだろうね」
ルカの言葉にリオンは不安を抱きつつ、それでも一つ安堵したのは、彼が「君たちを疑っているわけじゃない」と言ってくれたことだ。
宰相オレストはリオンが『破壊行為に加担する』恐れを警戒しているし、教会の異端審問官ギルダンも警戒の目を向けている。
もし倉庫街で事件が起きれば、リオンが犯人扱いされかねないという懸念があった。
「ところでリオン君、例の『職人街』の件はどうだ? 実際に石像修復を手伝ったと聞いたけど、親方衆とはうまくいってるのかい?」
「まだ何とも……保守派の人たちは反発してるし、そもそも俺の力をどう受け止めればいいかも困惑してるみたいです」
リオンが正直にそう言うと、ルカは小さく笑って、「ま、彼らには彼らの事情があるんだろう」と呟いた。
「職人街が伝統の重みと闘っているのは知ってる。だけど、新技術の波は止められないと思うね。もし君が、本当に石操作を『正しく使う道』を選ぶなら、協力は惜しまない。暗礁の破壊を防ぎながら、王都を発展させる一助になるなら、ギルドとしても大歓迎さ」
その言葉には、いつもの商人らしい打算が見え隠れしている。
だが、ルカがリオンを「ビジネスパートナー」として保護しようとしているのも事実だ。
宰相府や教会がリオンを拘束する動きを見せれば、ルカが政治的コネを使って助けてくれる可能性は高い。
「まあ、何か困ったことがあったら連絡してくれ。暗礁に狙われたくはないし、君とはうまくやりたいからね」
そう言うと、ルカは自分の護衛たちを連れて倉庫の奥へ向かっていく。
リオンとレオンはその背を見送りながら、「ルカはルカで、いろんな思惑があるんだろう」と胸の内でぼんやり考えた。
◇◇◇
倉庫街を一通り見回ったあと、リオンとレオンは宰相オレストの執務館へ足を運んだ。
王都に来て以来、オレストから『定期的に動向を報告せよ』と厳命されていたためだ。
豪奢な大理石の玄関を抜け、衛兵の視線を浴びながら執務室へ通される。
相変わらず重厚な雰囲気の中、オレスト・ガイツ宰相は書類を脇に置き、リオンたちを冷静に見据えた。
「それで、何か目立った事件はあったか?」
やや低く響く声に、リオンは倉庫街や職人街の状況を手短に報告する。
暗礁の破壊工作の噂、職人街での対立、石像修復への協力など。
オレストは頷きながらも、どこか不満げな表情だ。
「ふむ。相変わらず職人街で無闇に力を使っているようだな。いらぬ混乱を招きかねないと思わないのか?」
「それは……石像修復を手伝うこと自体は、王都にとっても悪いことじゃないはずです」
リオンが言い返すと、オレストは冷たい目で続ける。
「確かにな。だが、その『力』によって余計な火種を生む可能性もある。先日、石材のロープが切れた事件があったというが、お前が関わっているせいで暗礁が動いたとも考えられる」
リオンは息を飲む。
まさか自分が原因という推測が出るとは思っていなかった。
だが、考えてみれば、オレストの立場からすれば『リオンが王都に来た途端、石材関連の破壊未遂が増えている』という流れに見えなくもないのだ。
「い、いや、俺は暗礁なんて組織とは全く関係ありません! そもそも被害を食い止めた側で……」
「お前が言い訳しようと、証拠はない。覚えておけ。もし本当に暗礁と通じている事実が出れば、即刻拘束するからな」
宰相のその言葉には、有無を言わせぬ権力の重みがある。
レオンが怒りを堪えるように拳を握りしめるが、オレストは一瞥するだけ。
彼にとってリオンはあくまでも『管理対象』なのだ。
「以上だ……暗礁の動きがエスカレートしそうな兆候があれば、すぐに報告しろ。お前の力がどの程度か知らないが、国を混乱に陥れることは許さんぞ」
リオンは何も言い返せず、レオンとともに部屋を出る。
扉が閉まると、レオンが小声で吐き捨てるように言う。
「なんなんだあの態度……。暗礁が悪いのは明白なのに、お前を疑うなんて理不尽だろう」
「仕方ないよ。宰相としては、万に一つでも俺が破壊側に回る可能性を潰したいんだろう……でも、これで何か事件が起きるたびに俺が疑われるかもって思うと、正直しんどいな……」
リオンはうなだれながら廊下を歩き、外へ出る。
暗礁の工作で倉庫街が襲われる可能性は高いのに、いざ何か起きれば自分が容疑者扱いされるかもしれない──そんな不安が頭をもたげてくる。
◇◇◇
宰相府をあとにして昼過ぎ。
レオンが「教会のセラフィーナ様にも、職人街のことを相談してみたらどうだ?」と提案する。
教会は王都の精神的支柱であり、セラフィーナ・リューミエ高位司祭は『破壊か創造か』というテーマを真正面から受け止めようとしている人物だ。
彼女なら、リオンの力を単に危険視するだけでなく、建設的に考えてくれるかもしれない。
大聖堂の荘厳な外観を前に、二人は改めて息を飲む。
中に入ると、祭壇近くでセラフィーナが祈りを捧げており、その後ろに異端審問官ギルダンの姿が見えた。
案内の司祭が「リオン・アルドレア様がお越しです」と声をかけると、セラフィーナは微笑みながら振り返る。
ギルダンは相変わらず険しい顔で睨んでいるが、とりあえず場を乱す様子はない。
「また来てくれたのですね、リオンさん……王都の混乱が広がりつつあるのは、私も耳にしています。暗礁の噂や職人街の騒ぎなど、少しでも協力できることがあればと思っていました」
セラフィーナの優しい口調に、リオンは少しほっとする。
彼女に、職人街での出来事や宰相府で疑いをかけられている状況を語ると、セラフィーナは深刻な表情を浮かべる。
「オレスト殿は政治家ですから、万が一のリスクを排除したいのでしょう。でも、あなたをいたずらに疑うのは……」
セラフィーナが言いかけたところで、ギルダンが乱暴に言葉を被せた。
「そもそも、石を操るなどという力が存在するから混乱が起きる。お前のせいで暗礁が動く可能性は十分にあるだろう?」
リオンは苦々しい思いでギルダンを見返す。
「俺は暗礁と関係ないし、むしろ妨害を防ぎたいんです。何か事件が起きれば、俺まで疑われるかもしれない」
「だったら大人しく自分の力を封印しろ」
あまりに乱暴な物言いに、レオンが怒りを露わにしかけるが、セラフィーナが制止する。
「ギルダン、言い過ぎです。リオンさんは『破壊』ではなく『創造』に力を使いたいと願っている。私たち教会は、その芽を育てる方法を探すべきです」
ギルダンは不満げに舌打ちしながら、しかし高位司祭の言葉を無視はできないのか、無言で引き下がった。
セラフィーナは深い嘆息をついたあと、リオンに向き直る。
「ごめんなさいね。教会の中でも意見の対立は続いています。でも、私はあなたが力を使う意義を見失わないよう、できる限り手助けしたいと思っています。何かあればいつでも相談して」
「はい、ありがとうございます。ただ、今は職人街や倉庫街で暗礁の影を感じていて……正直、どう動けばいいかまだ戸惑ってます」
セラフィーナは頷き、何かを思い出したように言う。
「実は、倉庫街周辺で『石貨』の動きが不自然だという報告を受けています。短期間に大量の石貨が移動している形跡があるのに、公式の記録と一致しない。もし暗礁がそれを利用しているのだとしたら……」
リオンとレオンは顔を見合わせる。
石貨経済が揺らげば、王都全体が混乱に陥るかもしれないし、また「リオンが何かしたのでは」と誤解されるリスクもある。
セラフィーナは憂慮の色を浮かべつつも、毅然とした口調で続ける。
「あなたが暗礁に利用されないよう、教会もできる限り調査を進めます。ギルダンは厳しいけれど、彼の審問官としてのネットワークは頼りになるかもしれない……リオンさん、くれぐれも気をつけてね。倉庫街でもしあなたが事件に巻き込まれたら、疑いがあなたに向く恐れがあるわ」
セラフィーナの言葉にリオンは深く頷く。
職人街や倉庫街に立ち寄る行動が増えるほど、危険も高まるかもしれない。
しかし、今は逃げ出すわけにもいかない。
この力で少しでも破壊を防ぎ、人々を助けるために──。