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第2章 王都グラン・エテリオンの光と影(1)

 田舎町オルディナを出発して数日、リオンとレオンは王都グラン・エテリオンの巨大な城壁をくぐった。

 まだ早朝にもかかわらず、すでに石畳の大通りは行き交う人々や馬車で賑わっている。

 壮麗な建築物が立ち並び、統制の取れた衛兵が巡回する景色は、まるで異世界だ。


 オルディナに暮らしていた頃、見慣れた屋根や教会の鐘楼とはスケールがまるで違う。

 リオンはあらためて、自分がまったく新しい舞台へ踏み込んだのだと実感していた。


「やっぱり、石貨の管理は相当徹底してるんだな……」


 リオンは大通り脇に設置された両替所らしき小さなブースを見やりながらつぶやく。

 そこでは係員が旅人や商人の持ち込む石貨の枚数を細かく記録している。

 王都にいる間、どれほど石貨を使い、あるいは外へ持ち出すか――すべてを捕捉しようというわけだ。


「そりゃ、もし本当に通貨をいじれる人間がいたら、経済がひっくり返るからな」


 レオンが苦い顔で応じる。

 華やかな喧騒のなかを進むうち、二人は一旦宿を探すことにした。

 宰相府や王宮に行く前に、荷を下ろし、最低限の身なりを整えたい。


 王都は広大で、いきなりあちこち動き回るのは非効率だ。

 路地裏へ入れば怪しげな人影もあるし、治安面も油断できない。

 レオンは「俺が護衛するから、なるべく人通りの多い場所を回ってみよう」と提案し、リオンも頷く。


 地図もろくにないため、途方に暮れそうになる。

 しかし、運良く親切な物売りに教わって、王都外縁の職人街エリアにほど近い場所に、比較的安価な宿があることを知った。


 ◇◇◇


 ようやく見つけた宿屋は、石造りの壁と木製の扉が取り付けられ、二階建てになっている小さな建物だ。

 内装は質素で、部屋も狭いが、必要最低限の寝床とテーブルが揃っていた。


「すみません、一晩いくらですか?」


 リオンが受付で尋ねると、安宿としては妥当な金額が提示される。

 さっそく石貨を支払おうと腰袋を開いたとき、リオンは慌てて『力』を使わないように気をつけた。

 そこにある石貨を宙に浮かせてしまえば、誤解を招くかもしれない。


 部屋に通された後、二人はどっと疲れを吐き出すようにベッドへ腰を下ろす。

 旅の疲労もそうだが、王都の空気はどこか張り詰めていて、気を休める暇が少ない。


「これからどうする? すぐに宰相府に行くのか?」


 レオンが問いかけると、リオンは額に手を当てて考える。

 呼び出し状はあるが、具体的に「いつ来い」という日時指定はなかった。

 ただ、放っておくと『呼び出し不応』とみなされる恐れもある。


「やっぱり、まずは行ってみるしかないよな。あまり引き伸ばしても、向こうが『逃げたか?』と疑うだろうし」

「そうだな……。この宿を拠点にしながら動こう。俺の見習い騎士の権限じゃ、王宮の宿舎に泊まれるか微妙だし……何より監視が厳しくなりそうだしな」


 レオンはわずかに眉をひそめる。

 警戒心が強いのは彼の性分もあるが、今の状況ではそれがリオンにとって助けになるだろう。


 そうして一息ついたところへ、宿の店主がトントンとドアをノックして声をかけてきた。


「玄関にお客さんが来てるぞ。名前は……ええと、ルカ・ローディンとかいう人らしい」


 二人は顔を見合わせる。

 あの豪奢な馬車でオルディナまで来た、商人ギルドのマスターが、もう自分たちの宿を突き止めたとようだ。


 ◇◇◇


 宿の玄関に行くと、金髪の男、ルカ・ローディンがいた。

 何人かの護衛を伴っているが、本人はあくまで優雅な立ち居振る舞いで、場違いなほど堂々としていた。


「やあ、リオン君。王都に来たなら一声かけてくれればいいのに。探す手間がかかったじゃないか」


 にこやかな笑みを浮かべているが、その言葉にはどこか鋭さも覗く。

 リオンとしては、そもそも連絡先など知らなかったし、勝手に現れた相手に戸惑うばかりだ。


「どうしてここがわかったんですか?」

「王都にはいくつも商人ギルドの情報網があるからね。まあ挨拶はさておき、話したいことがあるんだが」


 ルカは周囲の人目を気にする風でもなく、宿屋の一角であっさり用件を切り出す。


「今夜、ギルド関連の集まりがあるんだ。さまざまな商会や、時には政府や教会の要人も出席する。それに君も顔を出してみないか? 俺が責任を持って紹介してあげるからさ」


 リオンは思わずレオンと視線を交わす。

 到着早々、すぐにそうした集まりに呼ばれても困惑しかない。

 しかし、ルカが言うには王都の『有力者』が大勢集まる場で、リオンとしても一度に多数のキーパーソンと接触できるチャンスだとか。


「宰相オレストとの面会より先に、いろんな人間関係を把握しておくのも悪くない。どの勢力がどう動いているのかを知っておけば、君の身を守ることにも繋がるだろう?」


 もっともらしい説明に、リオンは「うーん……」とうなる。

 レオンも腕組みをして少し考えてから、ぽつりと言う。


「確かに情報は欲しいな。王都に来たばかりで、右も左もわからない状況だし……ただ、いきなりそういう大勢の前に出るのはリスクもあるだろう」


 ルカは笑みを深めて言った。


「もちろん、危険は伴う。でも、危険に怯えてばかりじゃ何も変わらないさ。君には『石を操る』という特別な力がある。どうせ各方面から接触を受けるなら、俺のように少しでも味方になり得る人間と一緒に行動したほうが楽だろう?」


 その言葉には多少の押しつけがましさも感じた。

 しかし、リオンもレオンも、王都の内情を知らないまま孤立するよりはマシかと判断する。

 結局、「わかりました。じゃあ行ってみます……」と応じると、ルカは満足げに頷いた。


「では、時間と場所を紙に書いて渡すよ。そうだ、もし宰相府にも挨拶しに行くなら、早めに済ませたほうがいい。オレストは待ってくれるほど甘い男じゃないからね」


 そう告げたあと、ルカは手際よく紙に詳細を記し、部下の一人に渡させる。

 その去り際にはやはり豪奢な馬車が待っており、宿の周囲がちょっとした騒ぎになるのだった。


 ◇◇◇


 午後、リオンとレオンは宿を出て、王都の中心部へ向かった。

 石畳を辿り、貴族が住む屋敷や大きな公的施設が建ち並ぶ区画を抜け、宰相オレストの執務館にたどり着く。

 重厚な門が衛兵に守られ、訪問者の確認が徹底されている様子は、さすがとしか言いようがない。


「リオン・アルドレアです。面会をお願いしたいのですが……」


 受付役の兵士はリオンの顔をじろりと見てから、しばし書類を捲って確認し、やがて無言で頷く。


「こちらへ来い。宰相閣下はすでにお前の報告を受けておられる」


 レオンも同行する旨を伝えると、兵士は「ならば護衛として行動する形だな」と言って許可してくれた。

 建物の中は静かで、足音が響くほどだ。

 燦然と輝く大理石の床、壁に飾られた絵画や紋章は、王都の権威を視覚的に示している。


 そして案内された執務室は、天井が高く、応接ソファが何組も置かれた空間だった。

 奥には品の良い服装の男性――オレスト・ガイツ宰相が座っており、書類に目を落としたまま顔を上げない。


「失礼いたします。オルディナから参りましたリオン・アルドレアと申します。呼び出しに応じて参上しました」


 リオンがやや緊張を帯びた声で名乗ると、オレストはようやく書類を置き、冷静な視線を投げてくる。


「ほう……君が『石を操る者』か。見たところ、まだ若いな」


 淡々とした声音に、リオンは言い返すこともできず肩をすくめる。

 オレストは失礼と思えるほどあからさまにリオンの全身を検分し、続けて言う。


「まず聞かせてくれ。君は本当に石貨を好きなだけ増やせるのか? 王国の通貨体制を揺るがす力があるなら、相応の対応を取らねばならない」


 率直に核心を突かれる。

 リオンが予想していた問いである。


「そんな大それたことはできません。小石を動かしたり、積み上げた石を少し操作する程度で……石貨を複製したりは絶対に不可能です」


 オレストは微動だにせず、さらに問い詰める。


「では、石で城壁を崩すことは? あるいは兵器のように攻撃へ転用することは?」


 正直なところリオンにもわからない。

 自分の力がどこまで通用するか、試したことなどないし、膨大な岩盤をどうにかしようと思ったこともない。

 ただ、今この場で「できるかもしれない」などと言えば即座に危険視されるだけだ。


「そんな破壊的な行為はやったことがありません。私は、もともと小さな雑貨屋で働いていただけですし、石を大規模に壊す術など持っていません」


 オレストは鼻を鳴らすように小さく息をつき、「まあいい」と言い放つ。


「君が破壊の意思を持っているかどうかは別として、可能性の問題は消えない。王都に滞在する間、余計な行動をしないよう『我々』が管理させてもらうつもりだ。それでも構わんだろう?」

「管理、というと……監視されるという意味ですか?」


 リオンが恐る恐る尋ねると、オレストは冷静なまま頷く。


「その通り。これでも寛大な措置だ。王都は偽造貨幣や暗礁といった闇組織の脅威に常にさらされている。君の存在は、その闇を一層刺激する恐れがある。私も、君が危険な人物と結託しないよう見張っておく義務があるのだよ」


 背筋が凍るような宣告だった。

 レオンが口を挟みかけるが、宰相の厳粛な態度に一瞬躊躇する。

 オレストは淡々と続ける。


「石を操る力が本当に無害ならば、いずれ監視もゆるむだろう。だが、万が一『暗礁』に協力する動きが見られれば、速やかに拘束させてもらう。よいな?」


 リオンは反論の余地もなく「はい……」とうなずくしかなかった。

 言葉だけ聞けば理不尽だが、宰相としては王都の秩序を守るため当然の手だろう。

 彼にとってリオンは『巨大な可能性を持つかもしれない危険因子』でしかないのだから。


「よろしい。では、王都に滞在する間は宰相府にも報告を入れておくように。仮にどこかへ出かけるときも、荒事を起こさぬよう忠告しておく。以上だ、下がりなさい」


 それだけ言って、オレストは再び書類へ目を落とす。

 面会時間はほんのわずかな時間であったが、リオンは全身に重い疲労を感じたのだった。



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