検証
週が明けて、やはりお茶会について噂が広がっていた。誰一人としてラルカとミラに話かけないため話しかけていたことが、二人の仲を邪魔することになっていて、それは醜いほどだったと誇張までされる事態。
けれどヴァイオレットは気にしていなかった。
元々令嬢の友人が少ないことも影響しているが、妃教育が忙しいのも事実である。だが必要だと教育係にも言われながらも次期王妃の下地作りをしていないのは、過去をなぞらず成人を迎えた時に味方となる者を選別するためだ。
これは色々な小説が流行し、真実の愛だ何だと世間が騒いでいる間に、ヴァイオレットが確変しようと実行に移しつつある最中なのである。
(……実力主義と言いますか、お茶会や夜会での関係ではない、堅実な関係……)
どの辺りまで王家に知られているかヴァイオレットは確認できないが、それはそれでと割り切っていた。
(……いきなり全てを変えることは難かしいですし……)
まだ十三歳、成人を迎えるまでの子供の戯言だと許される内に叶えたいことは多い。
ふふっと笑いを零したヴァイオレットは、真っ直ぐに図書館へと向かった。
【悪役:物語性のある芝居などの作品において悪人を演じる役。またはその演者。他者に憎まれる役回り】
【悪人:狼藉を働き、悪行を重ねる者】
つまりは法や社会秩序を乱す者のことを示すのだが、学園の中でそれが可能かどうか、ぱらりと辞典を捲りながらヴァイオレットは考える。
流行の小説の中で悪役とされる物語性たちの多くが、学園の外で対象者を襲撃したり、魔物退治の際に協力するふりをして魔物に襲わせたり、碓かに社会秩序は乱していた。けれど、この世界では魔物もいないし、魔法も使えない。
暴漢に襲撃させることは可能だが、学園に通う多くの子女が王都からの通学であり、暴漢など紛れ込ませるには各爵位の兵士たちの目を誤魔化す必要があった。最後の砦である王城を守る各公爵家の兵士たちの目を欺くことは容易ではない。
(……狙うなら、他者に憎まれる役回りのほうかしら……)
学園内でも階段などから突き落としたり、私物の破損やいやがらせは可能だが、それでは少し小物っぽく、悪役というよりはその取り巻き程度のイメージだった。
(……今ある噂を利用しつつ、殿下から婚約破棄を引き出せたら、わたくしの学園生活は安泰ですわ……)
まずは噂の検証から始める。
一つ、ラルカとミラは真実の愛に目覚めている。
一つ、ヴァイオレットはその真実の愛に嫉妬し、ミラに強く当たるような態度をとっている。
一つ、ラルカはヴァイオレットからの婚約を破棄することができない。
一つ、愛妾や側妃をもつことも許されず、ヴァイオレットに生涯を捧げなければならない。
一つ、束縛が激しく、婚姻後は表に出ることを許されない。
最初から流れている「真実の愛に目覚めている」は恐らく正しく、それ以外は全くの嘘だ。ヴァイオレットが否定しないことや、ラルカ自身が噂を増長していることを理由に、好き勝手流されているのだろう。
先日のお茶会ではラルカもミラも互いしか見ておらず、お茶会を開催した意味が全く見い出せなかったほどだ。マデラインまで出張ってきたというのに、拍子抜けするほどのお茶会から考えても、互いの仲を見せつけたいだけの行動だったのかもしれない。
(……殿下自身からは何も言われませんけれど、噂を広げていらっしゃるようですし、婚約破棄はしたいのだと思うのですが……)
国王に王命の取り消しを求められない事情でもあるのだろうかと首を傾げるが、ラルカではないため理解できないと早々に諦めた。
他の噂はミラよりも元婚約者の令嬢たちから流れており、これはヴァイオレットに対する挑発だと思われる。もちろんヴァイオレットは乗らず、噂だけがただ流されていった。
噂を上書きすることは情報操作によって可能にはなるが、それはヴァイオレットの望みではないし、直接ラルカと話そうともしない元婚約者の令嬢たちに構っている暇などない。
(……ひとまず噂はそのままに、もう少し二人の動向を探りながら、と言ったところかしら?……)
相談する相手がいないこともないのだが、ヴァイオレットが思い浮かべる相談相手たちは学園を卒業して、それぞれ領地のために励んでいるところだ。それを邪魔することはできないし、ヴァイオレットの矜持がそれを許さないだろう。
(……殿下を誘導する計画を考えなくては……)
今夜もまた寝不足になりそうだとヴァイオレットは苦笑いを零した。