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望まれるのなら

「ほんと悪役令嬢(・・・・)だな」

 すれ違いざまに()き捨てられた言葉にヴァイオレットは首を(かし)げた。そのまま去っていった子息とは知り合いでも、顔見知りですらない。

 しかし、ヴァイオレットがそう(・・)噂されていることは知っていた。

(……悪役令嬢とはヒロインをいじめる令嬢のことだったはず……)

 歩きながらヴァイオレットは思考を巡らせる。

 (ちまた)で流行している小説の中に登場する役柄の一つであり、作家によって結末は様々(さまざま)だが、最悪の結末だと処刑される役柄だ。

 多くはヒーローなる男主人公の婚約者であり、高位貴族でもあり、実家が(うしろ)(ぐら)いことをしている設定が多い。そして、ヒーローと悪役令嬢は婚約者でありながら仲が悪いか、ヒーローが悪役令嬢に興味がない設定だった。

 反対にヒロインは下位貴族か平民であり、天真爛漫であり、誰にでも優しい聖母のような人柄で、魔法があるような物語では希少な魔法に目覚めるような、特別感が強い設定である。

 やがてヒーローとヒロインが真実の愛とやらに目覚め、ヒロインをいじめた悪役令嬢を断罪する流れだったはずだ。

(……その悪役令嬢とやらに、わたくしが重ねられているというのよね……)

 学園内を流れる噂に気づいてから、ヴァイオレットはその流行している小説の幾つかに目を通している。なかなかに面白いものだと思う反面、設定に無理があるなとも感じていた。

 クリペレアン帝国では平民も貴族も十二歳から三年間学園に通学することが法で定められている。

 そのため学園での出会いという設定は可能だが、貴族社会の暗黙の了解を理解しないヒロインを注意したことがイジメとして認められたり、犯罪に手を染めたことがヒーローやヒロインの調査で判明し、学園内で断罪するという流れだけは無理があった。

 何より王族が入学する際には万が一がないよう、常に影と呼ばれる、王族の身を警護しつつ行動を監視する者が派遣されてきている。また王族が入学しない年であっても、監視官として役目をもつ役人が学園には派遣されていた。

 監視官たちは営利や権力に(まど)わされない役人で構成され、そんな者たちの目を()(くぐ)って学園で断罪するなど不可能に近い。

(……そこは物語だと割り切るものですと家の者たちには言われましたけど……)

 けれど、ヴァイオレットを取り巻く現状が物語だと割り切らせてくれなかった。

 現在、この学園では物語のようにヴァイオレットの婚約者がある令嬢と仲を深めている。

 さらにヴァイオレットの婚約者が王太子であり、ある令嬢というのが平民から子爵令嬢となった下位貴族であること、この二つが合わさって物語のようだと学園で話題となったのだ。

(……物語と同じで、わたくしは何もしていないのだけど。物語と同じようにわたくしは悪役令嬢とされているのだわ……)

 まだ決定的な何かが起こらないためか、監視官たちが動く様子はない。つまりはヴァイオレットが何かをしたという証拠も、何もしていない証拠もないことを示していた。

(……噂通りなら、わたくしはこのまま悪役令嬢となって断罪されるのでしょうけど……)

 トントンと手に持った扇を鳴らしながら思考を巡らせるヴァイオレットは足を()める。

 窓越しにヴァイオレットの視界へ入り込んできていたのは、噂の渦中にいる二人だ。

 ――『ほんと悪役令嬢だな』

 ()き捨てられた言葉が(よみがえ)る。

 ふふっと笑いが(こぼ)れた。

(……そうね、わたくしも学園生活を楽しみたいわ……)

 仲睦まじい二人を横目に、ヴァイオレットは再び歩き出す。

 ピンと伸びた背筋からは噂に振り回されたり、傷ついている様子は見られなかった。

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