準備
約束を取りつけて学園後に訪れる家々では、高位貴族としてのヴァイオレットを歓迎する家もあれば、迷惑そうに眉を顰める家もあった。
夕食時に重ならないよう気をつけてはいるが、それでも淑女としても、貴族としても、家々を訪れるには遅い時間帯である。約束を取りつけるにあたりヴァイオレットの名で問い合わせているのに、ヴァイオレットが一人訪れたことに文句をつける家もあった。
しかしヴァイオレットもそれを承知で訪れているため、動揺することもなく「ご家族揃われるのはこの時間帯とお聞きしましたもので」と約束は取りつけていると暗に答えておく。
訪れる家の多くは噂に関与した貴族であり、ラルカの味方――というよりは、恩を着せてラルカを思い通りに動かしたい思惑をもつ家だ。
言わば敵対している関係のヴァイオレットが笑顔で訪れたからか、欲を隠せず貴族としての仮面が崩れている者も多く、子息や令嬢に至っては青い顔をして口を開くことすらない。
どの家でも父親や母親が子息や令嬢のことを庇いながらも、学園内に貴族として介入しようと画策し、あわよくばヴァイオレットを取り込んでさらに高みを目指そうとしていた。
あからさますぎる態度にヴァイオレットは嘆息し、バサッと書類をテーブルへと放り投げる。無作法なヴァイオレットを叩き出そうとした家は、放り投げられた書類を手にした途端、黙り込んでしまうことが多く、笑いを堪えるのが大変だった。
「では、そのように宜しくお願い致しますわ」
とある伯爵家ではヴァイオレットの容姿について噂を流しており、当時身分相当以上のドレスを用意し批難されたと噂になっていたと告げれば、だらだらと滝汗を流した伯爵が平身低頭となり。
「ご存知ですね?」
とある侯爵家では影ながらミラを援助しており、その金額が侯爵領の収入以上の援助だと告げれば、罪を擦りつけるように管財人を差し出し。
「責任は碓かに発生致しますけれど、まだわたくしたちの責任の内ではなくて?」
とある公爵家では私物の破損や紛失に与していることをヴァイオレットのせいだと喚くため、子息の下半身の緩さを暴露した上で報告者にも知られていると告げれば、公爵家としては何もしていないと言い張り。
一つ一つ地道に調査したそれらをヴァイオレットは始めは利用するつもりはなかった。けれど平民も通う学園に貴族の常識やしきたりを持ち込もうとしている家が多すぎて、噂以上に拗れると判断し、利用できるものは利用するしかないと割り切ることにしたのである。
「えぇえぇ、そのことに反対はしておりませんの。ただ無から有は生み出されないとも言うでしょう」
フェルトやフェリアから手を出されないよう、辺境伯家にはまだ護りの砦でいてほしいのだと告げ。
「いえ、本当は介入していただきたいんですの。けれどご迷惑をおかけできませんし」
セルジオの暴走具合が読めないため、海洋伯家には罪がない人を陥れないよう忠告し。
「ふふ、何の柵もなければ良かったと思いますわ」
実家では困っているけど仕方ないと笑い。
打てる手は全て打ち、集大成は物語りのようにラルカの卒業式となる予定だ。