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加速

 噂が重なるほどに、嘘と真実が重ねられていく。ミラの私物が紛失したことは事実で、それはヴァイオレットが実行したことではなく、噂を真実とするために(おこな)われたものだ。

 ラルカの陣営はもちろんそれを承知しているだろうし、ヴァイオレットに至ってはそれすら重ねて誇張に励む日々。ラルカに負けず劣らず噂を流し、主導権を握らせないようにすることが、ヴァイオレットの一手でもあった。

「わたくしのお気に入りが」

 けれど弊害もある。

 教室の床に粉々になっているのは、幼馴染から贈られた万年筆だ。学園に入学するお祝いとして贈られたそれをヴァイオレットはとても(だい)()にしていて、手入れもかかさず愛用していたのである。

 授業が全て終わり掃除当番を済ませて教室に戻ってきたのだが、その時にはもう掃除されたはずの教室の床で粉々となっていた。筆記用具入れにしまっておいた万年筆をわざわざ取り出して破壊するなど、悪意しか感じられない。

(……これが悪役(・・)として求められていることなのかもしれませんが、これはひどいですわ……)

 誰かの気持ちを踏み(にじ)っているとに気づいていないことが、誰かの悪意を生んでいると何故(なぜ)気づかないのか、ヴァイオレットは不思議でならなかった。けれど犯人は気分が高揚していて、(おのれ)は正しいことをしたのだと思っているに違いない。

 (うら)む、(ねた)むなどの感情は、誰かの悪意を引き出し、それを呼び水としてまた誰かの悪意を引き出して巡回するのだ。ぐるぐると巡るだけの悪意は蓄積して、やがて暴発する。

(……わたくしがここで騒ぎたてれば、誰かの思う壺になり、わたくしは場外となってしまいますわ……)

 悔しいだとか、悲しいだとか、そういった感情を今は許容できず、(おのれ)で決めたこととはいえ(こた)えるなと苦笑した。

 破壊された万年筆を捨てるには忍びなく、欠片(かけら)一つ残さないよう回収する。復元することは不可能だが、お祝いしてもらった時の気持ちまで持っていかれてしまいそうで、丁寧にハンカチに(くる)んだ。

 報告者の存在を知らないのか、知っていて尚攻撃に打って出てきているのか、それをヴァイオレットが知ることはない。そんなことにまで調査を及ばせていれば時間はどれほどあっても()りないからだ。

 一人で行動することが多いヴァイオレットには証言者がおらず、恋を応援されているラルカには証言者が多く集められるのだろう。

(……一手目は相討ちと言ったところでしょうか……)

 二手目はラルカやミラを巻き込んで貴族らしく(・・・・・)あることを()いた。

 婚約者を(ないがし)ろにすることは、王家に反することだと、友人と言いきるには二人きりになりすぎているだとか、爵位に対する態度であるとか。

 周囲に必ず大勢の生徒がいる時を狙い、ヴァイオレットは学年の違う二人の(もと)へ通いつめた。

 身分違いの恋に燃える二人を押す声も多いが、ヴァイオレットが正しい(・・・)と理解し、二人から距離を置く者も出始めている。

 物語りではヒロインやヒーロー、その取り巻きだけの場で忠告し、ヒロインが泣いたり傷ついたりして、ヒーローたちに慰められ、悪役令嬢が責められる型が多かった。

 他者がいる場面では嫉妬に狂う悪役令嬢という印象が流れてしまっており、そこからの挽回は不可能に近い。となるならば、傍観している生徒を巻き込むことでヴァイオレットにも二人にも(くみ)させないことが、ヴァイオレットにとって助けになると考えた。

 目論見は当たり、二人の恋を応援するだけの雰囲気から、気づかないほど少しずつ変わり始めていく。

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