その時殿下は
クリペレアン帝国の第一子であるラルカは、王族であることを誇らしく思ったことはない。むしろどちらかと言えば、王族という立場を憎んでいると言えた。
子供は親を選ぶことはできず、また親は子供の中身までは選ぶことができない。そのため憎みながらも、仕方ないと諦めてもいた。
王族のしきたりで五歳から王族教育が始まり、それと同時に婚約者が選定されていく。その時初めて王族は恋愛も婚姻も自由に決められないのだと知り、ラルカは人知れず枕を濡らしていた。
調べてみれば婚約者を選定するしきたりが残っている貴族はあるが、王族のように幼い頃に選定されることはない。大体が成人を迎える十五歳より少し前、学園に入学する前後が多いようだ。
さらに調べていけば、周辺国は王族でも自由に恋愛し、自由に婚姻を結べるという。
(……全て決められた人生なんて、おれでなくても良いんじゃないか……)
幸いというか、ラルカには二つ下の弟がいた。ラルカほど優秀ではないが、それなりに愛嬌を振り撒いているという。
国を統べることも、平穏を守ることも、全てラルカには関係ない話だ。第一子だから国王になるというのなら、第二子でもそう変わらないだろう。
両親に話したところで王族がいかに大変か諭されるだけだと知っていたラルカは、まずはと婚約者となった令嬢を試す行動に出た。
触ろうとすれば手を叩き落とし、何か話しかけられれば聞きたくないと無視をし、姦しく話し続ける令嬢に黙れと命令したり、ドレスが歩く度触れて不快だから掴んで破いたり。
保護者も付き添ってきているため、その度遠回しの注意を受けたが、大概一月も保たずに婚姻破棄となった。けれど婚姻破棄となっても次々と令嬢と婚約させられる。
攻防戦は五年も続いた。事情も聞かれ話したが、両親は理解しようともせず、婚約者の選定は続けられていく。王族の婚約者は六大伯爵家までだと習っていたため、五年で適齢期の令嬢はいなくなったはずだった。
しかし、両親は最後の手札とばかりに、従妹のヴァイオレットを婚約者に推してきたのである。
(……血統が近すぎるからこいつとだけは婚約しないと聞いていたのにっ……)
だが両親はヴァイオレットと上手くいかなければ今後の婚約について、一度保留にすると約束してくれた。そのためラルカは今までと同じようにヴァイオレットを試していくが、婚約は中々破棄されない。
そしてヴァイオレットとの不本意な婚約を交わしたまま月日は流れ、学園に入学して二年目、ラルカは運命的な出会いをした。
「落とされましたよ」
授業に必要な物品が多く、抱えるように持っていた文房具の一つを手に、その令嬢はラルカへ柔らかな笑みを向けている。作られた笑みばかりを見てきたラルカにとって、それはとても新鮮なことだった。
ミラと名乗った令嬢は子爵家に養子となったばかりで貴族社会には疎く、だからかラルカをとても褒めてくれる。
「そんなに幼い頃から勉学に励んでいたなんて、ラルカさまは素晴らしいわ」
「素晴らしい?」
「えぇ、いくら王子だとはいえ、勉学に励んできたのはラルカさま自身の努力の結果でしょう?」
一度も褒められたことのなかったラルカは、初めて褒められたことで、己は褒められたかったのだと気がついた。そのことを話してもミラは柔らかく笑って「素直なところも素敵ですわ」と言う。
ヴァイオレットであれば「できて当然ですわ」などと高飛車に答える性格であり、そのことを考えるだけで怒りにも似た感情に支配されるのだ。けれどミラはそれすらも「人間なら当たり前の感情ですわ」と受け入れてくれる。
学園内で堂々とミラと会っていたラルカは、いつしか「真実の愛を王子が見つけた」という噂を聞き、ヴァイオレットが入学するまでに噂を誇張させようと考えた。
(……ヴァイオレットはおれに執着して婚約破棄しないから、これくらいしておけば婚約破棄もするだろう……)
しかし入学してきたヴァイオレットは婚約破棄することもなく日々を過ごしている。噂について気づいているのか、いないのか、学年が異なるラルカでは確認することも儘ならなかった。
噂が広がるにつれ、婚約者だった令嬢たちからも秋波を送られてきていることもラルカを不快にさせていく。
「ラルカさまぁ、お茶会でもしたらどうですかぁ〜」
仲が深まっていくと少し甘ったれた話しかたをするようになったミラだが、それすらラルカには新鮮で可愛らしく見えた。
「お茶会?」
「はい、ラルカさまをいやらしい目で見てくる皆さまを招待して、わたしたちの仲を見せつけるんですよぉ〜」
「なるほどな」
一理あるなとラルカはミラの話に耳を傾ける。お茶会の準備を経験したことのあるミラに準備は任せ、招待状を確認する役目はラルカが担当した。
招待状がヴァイオレットの分もあり、ラルカは何となく出さずにいたのだが、お茶会の当日になるとヴァイオレットが参加している。
当初の予定通りミラとの仲を見せつけているというのにヴァイオレットはしつこく話しかけてきて、やはりラルカに執着していることを再確認したのだった。