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追憶

これといった山のない座敷わらしはこのお話で終了です。

ではごゆっくり。

今日は、少し昔のことを話そうかと思う。私がこのアパートの管理人になった理由。そしてここに住み続けている理由。

あれは、もう三十年前になる……


私は寄る辺もなく漂っていた。この間まで住んでいた家は改装工事のため取り壊された。なんでも祖父母を迎えて共に暮らすそうだ。

親孝行なことだが私は住家を奪われていい迷惑だ。新築になど住む気にはなれない。やはり座敷童子には廃屋が似合う。

……言い過ぎた。私の趣味だ。

ここ数日は公園の用具に住んでいたが、子供が驚いて落ちてしまったから出て来た。子供は特別霊感が強いことを忘れていたのだ。


ここらへんにいい感じの家ないかなぁ。


学校に住むのもありだが少し賑やかすぎる。やはり住宅は少し寂れたぐらいが座敷童子の心にはグッとくるのだ。


 あ、あれいいかも。


 私の視界に写ったのは鉄の階段が錆び、看板もいい感じにずれているアパートだ。


 うわぁ、タイプ……


 外観はおとなしめというか地味。一軒家ではないがその分様々な人間を見れそうで楽しみだ。


 入ってみよ。


  私は二階の端の部屋からお邪魔した。無論玄関から入った。


 ふーん。意外と広い……


 部屋は二つにキッチン、バスにトイレもついている。一部屋六畳ってところだ。

そして、誰もいない。外出中ではなくそもそも住人がいないようだ。


 う~ん。繁盛してない。最高~。


 回ってみた結果、二階は五部屋の内二部屋が埋まっていた。一階はその内三部屋とほどよい。

家族連れから独身、老夫婦、学生と年代層も幅広い。これはなかなかいい物件だ。


 ここの大家は誰かな?

 

 私は一階の端の部屋が他よりも広い造りになっていることに気がついた。おそらくここが大家の部屋だろう。

その部屋には一人のおじいさんがいた。明かりはつけず、光は自然光のみ、部屋はごたごたと物が山のように積まれている。空気はこもり、陰鬱としている。

どうやら彼は独り暮らしのようだ。物に埋もれている仏壇の写真を見る限り、死別してしまったらしい。

彼は何をするでもなく、座椅子にその身を預けていた。ひっそりと、気をつけて見ないと生きているのか死んでいるのかわからないほど微動だにしなかった。


 ここにしよっかな。あのおじいさん気に入ったし。


 私がふわふわとどこを陣取ろうかと探しているとふと彼と目が合ったような気がした。

 だがそれも一瞬で、彼はテレビのリモコンに手を伸ばした。ニュースが流れ、静寂が和らぐ。

私は仏壇の上に座った。ここがしっくりくるような気がしたのだ。線香の煙は勘弁だが……

ニュースは日常を淡々と告げていく。政治、経済、芸能、スポーツ、どれも座敷童子には関係のないものだ。

だが突然“孤独死”という言葉が耳に入って顔をあげた。

ある家で老人が独りで死んでいるのを親族が見つけたという内容だった。まだ、家族のもとで最期を送る人も多い中で、こういう人も出て来ていた。

実際私も通りすがりに、人の死に目にあったことがある。そういえば彼女も独りだった……

ここにいる限り、いつか彼の死に目に会うこともあるだろう。その時は座敷童子として、話し相手にでもなってあげよう。人が霊体になる時、初めて私たちと言葉が交わせるのだ。

彼はテレビの電源を切ると、仏壇の前に座った。線香をつけて鐘を鳴らす。

ゆったりと煙が昇る。私はそれを吸わないようにそっと移動した。

窓際で浮遊する。彼が手を合わせている間、私も手を合せた。


「ここが気に入ったかい?」


最初はそれが自分に向けられた物だとは気付かなかった。

彼は私の方を向いて続けた。


「あの世からのお迎えってわけではないみたいだね」


私は驚いて言葉が出てこなかった。人に話しかけられたのは江戸の頃に払われそうになったとき以来かもしれない。


「おじいさん。私が見えるの?」


「あぁ。きっと棺桶に片足突っ込んでるからだろうね」


その上声まで聞こえるとはなかなかの霊感の持ち主だ。

 おじいさんは微笑みながら続けた。


「君が暮らしてくれるなら少しは明るくなる。好きなだけいるといいよ」


こうして私はおじいさんの部屋に住むことになった。


 


 彼の朝は早い。これは彼に限らず老人は大抵朝日とともに起きている。今私が早起きなのはこの頃の習慣が残っているからだ。

ある日、おじいさんはお孫さんの話をした。

小さくて、よちよちと歩き、お菓子が好きな女の子だそうだ。遊びに来てはお菓子をねだった可愛い子だった……


「数年前から音信不通でね……まぁ、息子達ともなんだけど」


 彼はとても厳格な人で、二人の息子は反発して出ていったらしい。そういう話をした時の彼は寂しそうで、優しいおじいさんだった。


 何か力になってあげたいな。


 おじいさんの背中をみるとそう思ってしまう。


 でも私は話くらいしかできないし……せめて触れられればなぁ……そうだ!


思い立ったが吉日と、私はその後数日間留守にした。おじいさんには友達の家に行くといっておいた。

そして、ドアを叩いて帰ってきたことを知らせる。固いドアの感覚。拳が少し痛い。


「はい……?」


ドアを開けたおじいさんはポカンと口を開けている。私はいたずらを仕掛けた子どものように笑っていた。


「沙夢ちゃんかい?」


「そうだよ」


 私は実体を持っていた。あやめ婆さんのところへ行き、実体化を教えてもらったのだ。

 ある程度生きた座敷童子は霊力が高まり、人型が取れるようになると聞いたことがあった。

 おじいさんは目を見開いてすみずみまで私を見てそっと手に触れた。そして笑みをこぼすと、


「こんなじじいと一緒でよければ、うちにいるかい?」


 と再び招入れてくれた。


「もちろん」


 私はおじいさんの孫ということにして、このアパートで暮らすことになった。

そうして、数年が経った。私は人間の生活になれ、家事もできるようになった。おじいさんも外に出ることが多くなり、一緒に散歩にでかける。そんな日々を送っていた。




あの日、おじいさんはぼんやりと天井を眺めていた。おじいさんは病気にかかって入退院を繰り返すようになっていた。

 自宅療養中だが、気の抜けない状態だ。私に会った時にはすでに病気の身だったらしい。おじいさんは笑って、天命だよと言った。


「沙夢ちゃん」


 力のない声でおじいさんは私を呼んだ。私は枕元にすり寄る。


「何?」


「ありがとうね。こんな老いぼれと一緒にいてくれて。おかげで満足して逝けそうだよ」


 突然の言葉に私は瞳を揺らす。人の命は短い。分かっていても、望んでしまう。


「そんな寂しいこと言わないで……」


 おじいさんは優しい笑みを浮かべて、私の頭を撫でた。たぶんこの時の私は情けない顔をしていたのだろう。


「このおいぼれが死んだら、このアパートをかわりに守ってくれんか?」


「……私が?」


 おじいさんはしっかりうなずいた。笑いじわに涙が堪っていた。

 私は胸に熱いものがせりあがってきて、俯いてしまう。


 生きて欲しい……そう思うのは傲慢でしかない。でも……。


「沙夢ちゃん……幸せを、ありがとうね」


 私はきつく唇を噛んだ。拳は握りすぎて白くなっている。


「ありがとう……私も、楽しかった」


引き止めてはいけない。おじいさんが安心して逝けるようにするのが私に残された役目……


おじいさんがそっと目を閉じた。とぎれとぎれの呼気がおじいさんの喉を動かす。青白い顔にはおじいさんの人生が色濃く映っていた。

 弱々しい脈が止まり、喉が上下を止めた瞬間、ふわりとおじいさんの魂が解放された。

 おじいさんは恥ずかしそうに自分の体を見て、笑った。そして私に手を振って天へ昇っていった。最後にありがとう、の言葉を残して……。

私はおじいさんを追いかけなかった。おじいさんを見届けて、そっと布団の上の手を握った。


 お疲れ様。大丈夫だよ。このアパートは私が守る。約束するから……。




私はここにいるよ。









十数年も前の約束。

 人は行きつ戻りつ人生を進む。私が関われるのは、その中のほんの少しだけ。

多くの人がこの屋根の下で営みを繰り返していく。

 ほんの少し、あなたの時間を共有したい。



だから私は大家としてここにいる。

幽霊の出るアパートに、あなたも住んでみませんか?

 というわけで、座敷童子って信じます? は一区切りです。

 約一年、おつきあいさせてもらいました。

 彼らのほのぼのとした日常はいかがでしたか?

 

 では、また別の作品で。いままでありがとうございました。

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