【38】星降る夜と金色の朝(9)
予定よりもこの話が伸びてしまって……まだ夜。
さすがに、王女と王弟とその従者が並んで正座したままメイドに怒られる図式はどうなんだということで、ひとまずレッドとメイベルは応接セットの方に移動した。
部屋に招き入れられたベルク兵士長は、二人の王族を前に跪いた。
「王女殿下、ならびにフェアノスティ王国王弟殿下にご拝謁の栄を賜り恐悦至極に……」
ニセモノ疑惑は払拭されたのかなと思っていたメイベルの横で、レッドは兵士長の長ったらしい口上を手で制して止めた。
「今更堅苦しい挨拶はいいよ。落ち着かないから椅子に座ってくれない?」
ベルク兵士長は恐縮してとんでもないと固辞したが、レッドに無言でじっと見られて困り果てた挙句、勧められた椅子におずおずと腰を下ろした。
「で、相談って何?」
本当にただ単に早く話が聞きたいという感じのレッドに促され、兵士長は懐から取り出したものを机の上に置いた。それは、手のひらに収まるほどの大きさで、シャルト神の象徴である薔薇のレリーフが刻まれた円盤型の護符だった。
「これは……?」
「地方の小神殿の兵士長に渡される、署名確認用の魔道具です」
「入国時に神官長発行の証明書に使ってたやつだね」
国境検問所での入国審査時、フェアノスティからの怪しい一行に出た皇王からの通行許可証に疑いを持ったベルク兵士長だったが、それに添えられていた大神殿神官長発行の魔法署名入りの証明書が本物であることを確認できたことで入国許可を出してくれたのだ。
その時使ったのが、目の前にある確認用魔道具だ。
「こちらの魔道具には、大神殿におられる神官長様の魔力紋が記録されています。神官長様の魔力を感知すると、護符が熱を持つように作られているのです。
検問所では、これが魔法署名に対し正しい反応を示すかどうかで、入国許可証と一緒に送られてきた証明書の真贋を確かめたのです」
「なるほどね」
「ですが……先ほど殿下方とお会いした東地区の外れにおいて事後処理を行っていた際気付いたのです。この魔道具があそこにあったあるものに反応を示していることに」
「あるもの?」
そこで一度言葉を切ったベルク兵士長は、少し迷う様子を見せた後、伏せた目を上げ神妙な面持ちで告げた。
「────王弟殿下が、最初に撃ち落とした火炎鷲です」
市街地の外れで、上空から飛来しメイベル達に向け炎を吐きかけて来た大きな赤黒い魔獣を思い出し、メイベルの顔が強張る。
「……つまり、最初に襲ってきたあの火炎鷲はベーゼにある大神殿の神官長さんの魔力を帯びていた、ということ?」
「らしいね。斥候かと思っていたけど、先導役だったみたいだ。
あの鷲たちは真っすぐに僕らの方へ向かっていた。何かに、強く惹き付けられるように」
「高魔力保持者に向かってきてるって……だからじゃないの?」
「それにしたって、あそこまで他には目もくれないっていうのはやっぱりちょっと不自然だ。
何か目印になる物に向かって飛んで来たんじゃないかと思ってたけど、ベルクさんのおかげで確証が得られそうだ」
そう言ってレッドが取り出したのは、神官長発行の証明書と、皇王発行の入国許可証。
「何か危険なものをけしかけられるとして、目標の目印にされるなら多分これのどちらかかなと思って持ち歩いてた」
「どういうこと!?」
「ローゼルムを妖精が好むように、魔獣たちが好む植物や香りもあるんだ。今はこの書類たちは薄い物理結界で包んであるから大丈夫だけど、魔獣たちが好むある種の香が、濃く焚き染められていた」
「匂い、とか、しなかったけど……」
「人にはあまり感じられないものだから。なんていうか、独特の甘ったるい匂い。
持ってる間すごく気持ち悪かった。おかげで骨付きソーセージが一本しか食べられなかったし」
「…………一本は食べきってたよね」
「一緒に届いたからかな、両方の書類に匂いが付いた状態だった。
どっちがアタリか分からなかったけど、火炎鷲に神官長の魔力が残ってたって言うなら、どうやら大神殿の証明書の方が正解だったようだね。
おそらくそれをこの証明書に施した人物が、最初に飛んで来た火炎鷲も放ったんだろう────他の火炎鷲を先導し、これめがけて飛んでいくように」
大神殿発行の証明書をトンと指差しながらレッドが言った。
「火炎鷲は本来群れたりしない。餌が少ないとかの事情があるとしても、六十羽近くあつまることなんて、そもそも生息数的にありえないと思う。
あの鷲たちはおそらく、ベーゼの神域から溢れ出たものだ」
「神域から!? それは……どういうことですか!?」
ベーゼの神域にはシャルト大神殿がある。いわば彼ら神殿に所属する者達が仕える先であり、シャルト神の信徒たちの信仰の拠り所だ。神聖な場所である神域から魔獣が溢れ出てきたなど、聞き捨てならないだろう。
「神域に異変が起こっているのは間違いないけど、今は詳しくは話してあげられない。
何が起こっているのか見極め、それを止めるために、僕らはベーゼに向かおうとしているんだ」
ベルク兵士長はレッドの話を聞きながら、メイベル達が国境検問所を通過した後、大神殿から知らせが届いた時のことを思い出してハッとなった。
王女を保護せよとの指示と共に、大神殿の中級神官に問われたのだ。
『街に入られた王女殿下御一行は、確かに大神殿の魔法署名の入った証明書をお持ちになったのだな?』
わざわざそれを尋ねて来た中級神官の冷たい声音を思い出し、ベルク兵士長の身体に震えが走った。
(殿下御一行の所在を確認されたのだと思っていたが……大神殿発行の証明書が確実にケッタにあることを、確認されたのか……?
だとしたら、辿り着いた魔獣により街にも被害が出ることも織り込み済みだったのではないのか?)
この場にいる王女一行の働きがなければ、今頃は街は火の海だったかもしれないのだ。
王女に同行している隣国の王弟を偽物と断じた大神殿
大神殿の最高位である神官長の発行した証明書に焚き染められていたという魔物が好む香
狙われた薔薇色の瞳をした王女とその婚約者である王弟
そして、彼らを狙った魔獣の身体に残る神官長の魔力
絡まり合う事実とそれが指し示す答えに、ベルクは言葉を失う。
「もちろん、高魔力保持者に向かってきてる線も捨てきれなかったから、君には僕と一緒に行動してもらった。
黙って囮役に巻き込んで、ごめんね」
「レッドくん……」
メイベルに謝った後、レッドは混乱して口籠ったベルク兵士長に視線を向けた。
「君達ケッタの街の皆にも、謝らないといけない。
北からの脅威が来る気配はあったけど、目標物の可能性がある物に封印を施してしまえば、それを見失った何かが周辺地域の他の村や街を襲う可能性もあった。
だから、餌の可能性があるものを餌のままに放置しておくしかなかったんだ。
まさかあそこまでの大群が、ここまで早く到達するとは予想していなかった。この街を離れた後でベーゼまでの途上の何処かで、僕達だけで対処することになると思っていた。
僕の判断ミスだ。本当に申し訳ない」
そう言って頭を深々と下げた隣国の王弟に、そして彼に倣って跪いて首を垂れた男女の騎士二人に、ベルク兵士長は慌てた。
「王弟殿下っ、一介の兵士などに、そのように軽々しく頭を下げられてはいけませんっ」
「僕達が今夜この街に逗留していなければ、街は危険に晒されることはなかったんだ」
「……それは、……そうかもしれませんが」
レッドの言葉にぎゅっと拳を握り目を瞑ったベルク兵士長は、そのままその場に跪いた。
「ですが、貴方がたが、意図的に鷲たちを街に呼び込んだわけじゃない。
悪いのはどう考えても、この奸計を巡らせた……何者かです。
貴方は、貴方がたは、自分の身を護るだけでもよかった。
隣国の、こんな小さな辺境の街のことなど、捨て置いても良かったはずなのに、街を護るためにご尽力くださった。
それに、最初の火炎鷲が襲い掛かってきた時、貴方は貴方を疑い酷い言葉を投げつけた私達をも防御結界で護ってくださった。
殿下は、我々の、この街の、命の恩人です。
護ってくださり、心から感謝申し上げます」
感謝と共に深々と頭を下げられ、レッドの顔には喜びでも安堵でもなく、複雑な表情が浮かぶ。
「街を巻き込んだのは僕なんだし、護れる力がある者がそれを使うのは、当たり前だから……」
ごにょごにょとそう答えたレッドに重ねて丁寧に礼を述べ、ベルク兵士長は宿を辞していった。
部屋の前の廊下で彼を見送ったレッドの横顔は、まだ何とも言えない表情のままだ。
街を巻き込んだと感じているから、素直に感謝を受け取れないのかもしれない。
(でもさっきは、ちょっと嬉しそうだった)
ベルクが訪ねて来る直前の魔法使いの垣間見せた顔を思い出し、メイベルの手が無意識に伸びた。
背伸びしないぎりぎりぐらいの高さにあるレッドの黒髪を、そっと撫でる。驚いて目を瞠るレッドだが、でも跳ねのけたりはしない。
「えっと……メイベル?」
「大変だったけど頑張ったね、と思って。ご褒美、になるかはわかんないけど」
なでなでとしばらく手を動かしていたら、魔法使いの仏頂面は少し困ったような、でも嬉しそうな笑顔へと変わった。
その様子を見守っていた大人たちが、声をかける。
「さあ、もう休みましょう?」
「ちょっとだけ疲れましたねぇ」
「そうだな、明日朝には予定通りこの街を発ち、ベーゼに向かうのでいいのか? レッド」
「うん……」
返事をして、レッドはローゼスとヴィーゴの後を追って自分達の部屋へと足を向けた。
と、何かを思い出して振り返った。
「あ。忘れるとこだった、メイベル!」
「なに? レッドくん」
「その髪型、似合ってる。可愛いな!」
「え、これが??」
メイベルは魔獣騒ぎのすったもんだで乱れに乱れた自分の頭を指差した。編んでもらった部分はほつれ、ばらけてしまっている。サリシャの髪飾りを失くさないようポケットに入れておいて本当によかったと思ったほどの状態だった。
この様子をして似合ってるとはどういう意味だよこの野郎と言わんばかりの剣呑な目つきになった彼女に、レッドが急いで言いなおす。
「そうじゃなくて、出かけたときの髪型。叔母上が編んだんでしょ?
良く似合ってた!」
「え……」
ものすごくいい笑顔で言われた言葉に、メイベルが固まった。
逆に、ヴィーゴとサリシャは残念な子を見る目をレッドに向ける。
「……大減点です、レッド様」
「ん?」
「乱れてしまってから褒めてどうするんだ、このたわけ」
「そういうのは見た時すぐに言わないと駄目なんすよ?」
「可愛くて褒める言葉がすぐに出てこなかったんだって。
じゃあメイベル、また明日……あ、もう今日か。とりあえず、ゆっくり休んで」
「うん…………また明日」
まだダメ出しの言葉を並べるヴィーゴと一緒にレッドは今度こそ部屋の中へと姿を消した。
「馬鹿者が」とサリシャが腰に手を当ててやれやれとため息をついた。
「申し訳ない、メイベル殿。
あれは本当に、どうしようもないほど餓鬼で馬鹿なのだ。
それに褒められたり素直に礼を受け取ることに慣れてない」
「え? サリシャさんは褒めてこなかったのですか?」
「褒めはした。だが、今日もそうだったが、大抵の場合、褒めること以上に独りつっ走っていろいろとやらかしてしまってる場合が多くてな、褒める部分を叱る部分が相殺してしまうのだ」
「…………難儀な人ですね」
「だから、今日はメイベル殿とローゼス殿に褒められて、嬉しかったと思うぞ」
「アタマ撫でたことですか?」
メイベルとローゼスは顔を見合わせる。母やローゼスがいつもメイベルを褒める時してくれたことだからつい自然に手が動いてしまったのだが、案外ご褒美として正解だったのかもしれない。
なんだか照れ臭くて、ぽり、と頬を掻くメイベルに、「それにな」とサリシャが付け加えた。
「アルフレッドは馬鹿だが、口先だけの世辞は言わん。
去り際に言ったこともしっかり本心だろう。
普段へらへらしておるから信じられんだろうがな。
では、私も休むとするよ」
サリシャが部屋に戻って、廊下には無言のメイベルとローゼスの二人が残された。
何とも言えない表情で、でも頬がぽうっと朱に染まっているメイベルを見て、ローゼスは眉尻を下げる。
「眠れそうですか? メイベル」
「…………」
黙って答えないメイベルにクスリと笑って、「おやすみなさい」と告げたローゼスが男性組の部屋の扉へと消える。
メイベルは自分達の部屋へと入り後ろ手に閉めた扉に背を預け、熱をもった両頬に手を当てた。
「…………意地でも寝てやるんだから」




