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運命なんてお断り ~薔薇の瞳の魔道具師、虚弱体質の魔法使いを拾う  作者: 錫乃


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【37】星降る夜と金色の朝(8)


光が消え去ったのを見届けて、レッドは天を仰いだまま張りつめていた息を吐く。

左手の白い大弓を手放して消すと途端に脱力感に襲われてその場にしゃがみ込みそうになるのを、膝に手をついてギリギリで耐えた。


「……っ……はぁ……、はっ……」


俯いて荒い息をするレッドの額からこめかみ、そして顎から首筋へと、滝のように溢れた汗が伝う。


(はらえ)の武器を扱うと、いつも魔力の消耗がひどいんだよな……けど、今回は……)


ゆっくりと視線を上げ、大人しく背中を向けたままでいてくれた少女の姿を青い目に映した。

いつもなら魔力不足に加え魔素の澱みも受けてしまって倒れているところを、浄化魔法をかけてもらったおかけでなんとか耐えられている。


(彼女と合流しろと言ってくれたナザレに感謝しないとね……ドヤられそうでちょっと癪だけど)


深呼吸して魔素を循環させ、失われた魔力を回復させるとようやく呼吸も少し落ち着いた。


「もう大丈夫だよ」


かけられた声にゆっくりと振り向いたメイベルは見るからに不満顔になっていたが、汗だくのレッドの姿を目にして無言のままポケットからハンカチを取り出した。

レッドは有難くハンカチを受け取り汗を拭いながら、心なしか唇を尖らせたように見えるメイベルに苦笑する。


「何か言いたいことがあるみたいだね」

「……もう、レッドくんからはサプライズないって言ったくせに」

「あ、そこ?」


意外なポイントを突かれ、レッドが噴き出した。


「明かすつもりがない秘密は、サプライズにはなり得ないでしょ?」

「その秘密を知ったら人知れず消される?」

「物騒なこと言わないの。

でも消されはするね────記憶を、だけど」


人の記憶をいじったり、身体の自由を奪う魔法は”呪い”と呼ばれ、通常の魔法と区別される。

街の悪漢に向けてレッドが使った眠りの魔法も呪いの一種ではあるが、自然に目が覚めるものはギリお目こぼしされる。

だが、記憶をいじる魔法は副作用で記憶の混濁や、下手をすると人格の変容の可能性もあり、表立っては使用することを全面的に禁じられているはずだ。それを使ってでも守りたい秘密ということなのだろうが。


「もしくは、僕から一生離れられない立場に置かれる。僕的にはそっちがおすすめ」

「こわっ、なにそれ、奴隷契約か何か?」

「フェアノスティに奴隷制度はないよ?」


どっちが物騒なんだかとメイベルはレッドの横顔を睨むが、彼はおかしそうに笑っているだけで効き目は薄そうだった。


「どのみちシャルティアでの用がすべて済むまでは、僕たちは一緒にいることになりそうだけどね」


レッドの言うことももっともだなと、メイベルはムッとした表情のままでひとまず頷いた。


「万が一、記憶を消すようなことになったとしても、無事に旅が終わってからにして」

「りょうかいでーす」


いつもの調子で返事をしたレッドは、全方向に探索魔法をかけケッタ近郊に魔獣の影がないことを確認した。伝声魔法の光球に触れたレッドが殲滅完了と告げると、歓声と共に安堵の滲んだ了解の返答が多数返ってくる。

各自の持ち場からそのまま宿へと向かうことを伝え、レッドは伝声魔法の光球を消した。


「お疲れ、帰ろっか」

「レッドくんも、お疲れ様。体調大丈夫?」

「うん、君の浄化のおかげでね。君の方こそだいぶ魔力消費したみたいだけど、平気?」

「寝れば戻る」

「そりゃすごいな」


笑って会話しながらレッドが右手をメイベルの方へと差し伸べた。その動作はあまりにも自然で、メイベルは無意識にその手に掴まった。

その途端、レッドがにんまり笑ってその手を握りしめた。「しまった」と思う間もなく手を引かれ、またもメイベルは魔法使いの腕の中に引っ張り込まれる。


「ちょっ……!」

「街の中は帰宅する住民でごった返してるだろうから、宿の部屋まで飛んで帰ろう」

「はぁ!?」


有無を言わさず、レッドは飛翔のための風魔法を使いメイベルもろとも一気に上空へと舞い上がった。


「ついでに散歩の続きもして行こうか」

「ついでにじゃなぁいっ、こんな気軽に魔法を使うなぁぁあ!!」

「あはははっ」


ぎゃあぎゃあと文句を言う少女を支えて宿の方向へと飛びながら、レッドはいつも彼女と共にあるローゼルムの澄んだ香りを深く吸い込んだ。


 * * *


そして現在、戻ってきた宿の一室で、レッドは絶賛正座中であった。


「まっっっったく、其方というやつは!!

何故思いついたことをすぐに実行せずにおれんのだ!!」

「ごめんなさい」


今は何を言っても火に油を注ぐだけと悟ったからか、レッドは大人しく謝罪の言葉を口にする。

ちなみに、正座しているのはレッド一人だけではない。


「お目付け役の貴様がそそのかしてどうする、ヴィーゴ!」

「申し開きのしようもございません……」


実は、ケッタ入り直後の仏頂面の理由を事情聴取したヴィーゴが、すぐ謝罪に行くように諭しつつ、こう言っていたのだ。


『自分以外の友達ができるのを止めるのはダメダメですけど、他の誰よりも仲良くなる努力するのはいいと思うっすよ。例えば、一緒にどこか遊びに行ったりとか……』


その結果、北から何か悪い物が来る予感への対処と、一緒に遊ぶを同時に実行するのが効率的だとレッドが思いついてそれをそのまま実行に移した、ということらしい。

事情聴取時の会話をレッドが白状し、やばっとなったヴィーゴが速攻で自主的に連座したというわけだ。


「メイベル殿まで連れ出して!

ローゼス殿が彼女の居場所を察知できたからよかったものの、そうでなければ間に合わなかったかもしれんのだぞ!?」

「私も、最終的に祭りに行くのに賛成しました。だから、連帯責任です」


メイベルはメイベルで、無言で圧を発するローゼスの前でしゅんと項垂れていたのだが、並んで怒られる二人を見て自分だけ黙っているわけにいかないと思った。ローゼスに「あとでしっかり怒られるから」と言い、少し遅れてレッドの隣に並んだ。

三人並んで正座する若者を見下ろし、サリシャは深く長いため息をついた。


「レッド、お前は余人には見えないものを見、気取れない些細なことまで勘付いてしまう。

状況を読む力も、立てた策を実行する力もある。

だが、危険が迫っているなら尚更、我々に何の相談もなく行動するのは駄目だろう。

何のために同行していると思っているのだ。

其方の双肩に乗った責任の重さ、忘れたわけではあるまい?」

「……………………はい」


レッドが項垂れたところで、サリシャはずっと黙って見守っていたローゼスの方を見た。

ローゼスが膝の上でぎゅっと拳を握るメイベルの前に歩み寄る。


「軽率な行動だったのは、もうわかっていますね?」

「……はい。反省してます」

「王弟とか王女とか、どんな地位にあろうと、そんなことは関係ないです。

貴方達を案じている者がいること、貴方達が動くことで何が起きるか想像すること、それを忘れてはいけません」

「……はい」

「でも…………今回の件については、遅かれ早かれ、私達も現場で対処することになったでしょう。

貴方がたが街にいて状況を把握し、合流した私達もいっしょにいち早く対処に移れたことは、結果的にはよかった。

精油を使い果たすほど、強めに浄化魔法をかけたのでしょう?

…………よく、頑張りました。偉かったですね」

「………………うん」


体温のない掌が、いつものように優しく濃茶の髪を撫でる。

自分の頑張りを認めてもらって嬉しいのと、危機を回避できてほっとしたのが混ざり合い、メイベルの薔薇色の瞳に涙が滲んだ。

それを見たヴィーゴも、はいはいっと挙手をした。


「師匠、俺も頑張りましたっ」

「はい、ヴィーゴ様も、大活躍でしたね」

「はいっ!」


正座したまま、疲れた顔で照れ臭そうに笑うメイベルとヴィーゴの間で、仄かに期待を込めた青い目がローゼスを見上げていた。


「あ……」


自分がどんな顔をしているのか気付いた魔法使いの青年は、少しばつが悪そうに目を伏せる。

ローゼスは彼の保護責任者であるサリシャの方を見る。彼女はやれやれというような目で甥たちを見て微笑み、黙って頷いた。

微笑み返したローゼスが、魔法使いの青年の頭にぽすんと手を乗せる。


「貴方も、よく頑張りました」


ハッとして目を上げたレッドの青い瞳が、自分を見下ろして微笑むローゼスの顔を映した。

彼の光沢ある黒髪は慌ただしい一夜を経て少し乱れていたが、緩く撫でてくる魔法人形の指先を絡まることなくさらりと通していった。

撫でていた手がすっと離されるのをレッドが少し残念そうに見上げていた時、コンコンコンと部屋の扉がノックされた。


「ケッタ小神殿兵士長のベルクです。

報告……というか、すこしご相談があり参りました」




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