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運命なんてお断り ~薔薇の瞳の魔道具師、虚弱体質の魔法使いを拾う  作者: 錫乃


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【36】星降る夜と金色の朝(7)


「押さないで! 敷地内なら神殿の結界の中だから心配いらない!」


街の西側に建つ小神殿の前で、ベルク兵士長が逃げて来たケッタの住民達を誘導していた。

地方の小神殿には外からの脅威に対して一時的に避難できるよう、小範囲の結界魔道具が設置されている。住民達を小神殿に避難させて結界を発動した後、レッドが街全体を覆っている防御結界を包囲結界に転換する、というのが作戦の主な流れだ。

住民を誘導するベルク兵士長の横には明滅する小さな球体がぷかぷかと浮いている。レッドが作り出した伝声魔法で、そこから次々、街の各所に居る者達からの報告が入ってくるのだ。


『鍛冶屋通り、住民の避難終わりました』

『中央広場からも人はいなくなりました。皆、小神殿の方へと向かっています』

『こちら”草原を渡る風亭”前、サリシャ。今のところ街に降りた鷲の姿は見えんな』

『検問所前のヴィーゴっす、こちらも火炎鷲の姿は確認できてません。

先ほど対処したので結界内に入られた火炎鷲は殲滅できたんでしょうか?』

『もしくは、内部にいる奴らも全部レッド達の方へ向かったか、だな。

まあ、あちらの方角にはローゼス殿がいるから大丈夫だ。

これでしばらく、避難が完了するまでは我らは待機だな』


了解した旨を返す兵士長の傍に、別の神殿兵が駆け寄ってきた。


「ベルクさん、もうすぐ住民避難は終わります。

ですが、ほんとに大丈夫なんでしょうか……?」


不安げに訊いてきた若い神殿兵の最後の一言は、住民達に気取られるのを恐れて小声になっていた。

無理もないとベルクは思う。

実は、レッドが張った結界の内側に、先行してきていたらしい火炎鷲が数体入り込んでしまっていた。それらは街には降りなかったものの、代わりに真っすぐにレッドとメイベルの方へと向かってきたのだ。

けたたましい鳴き声と共に降下して二人に襲い掛かる火炎鷲を、サリシャというメイド姿の女性とヴィーゴという若者が長剣を手に一刀のもと斬り伏せた。剣の届かない高所にいた残り三体は、大弓を構えたローゼスという青年が表情一つ変えず次々に射落としていった。

あっという間に地に落とされていく魔獣たちを見ながら、ベルク兵士長は自分達が戦力的に彼らの足元にも及ばないのを痛感した。小神殿の結界にしても、物理的な防御結界ではあるものの今現在フェアノスティの王弟だという魔法使いが展開してくれているように大量の魔獣の攻撃を防ぎ続けられるような強力なものではないし、持続時間もそう長くはない。

魔法使いの包囲結界から逃れた火炎鷲がいた場合、街の住民の命を守るには小神殿の結界以上に自分達には良い手立てがない。だがそれらのことを避難してきた住民達に知られれば恐怖からパニックが起きるだろう。

戦力として覚束ない分、住民達の避難誘導は地理をよく理解している神殿兵達で担い、フェアノスティの騎士二人には市街地の南北に待機してもらい包囲結界から漏れた火炎鷲が街へ降りてきた時の対処をしてもらうことにした。もう一人の弓使いの青年には街の東側に陣取ってもらった。彼は高所の敵を狙えることもあり、街の東端の空き地にいるメイベルとレッドの方向へ飛ぶ火炎鷲から彼らを護る役目を担ってもらう。


「彼らに比べれば、我々の力は弱い。だが、出来る限りの力を尽くす他ないだろう?」

「……はい」


同じ思いを抱えているであろう若い神殿兵の肩にぽんと手を置き、避難民の最後の一人が小神殿の敷地に足を踏み入れたのを確認すると、ベルク兵士長は伝声魔法の光球に触れ、避難が完了したことを告げた。


 * * *


レッドは無言のまま、自分達の真上で文字通り気炎を吐いて飛び回る魔獣の姿を見上げていた。


(飛んでるのはざっと五十羽くらいか。

それと、斥候の二羽、叔母上たちが討ってくれた奴らが五羽、と)


火炎鷲は通常群れない。それに個体数としてそう多くいる魔獣でもないはずだ。

それが六十羽近い群れを形成し、ケッタに集まっていることになる。


(シャルティアの門から出て来たやつが門周辺にある澱みで狂化したのだとして、真っすぐこちらに向かってきているのは、なんでだろうね)


上空を見ていた視線を下げると、円を描くようにローゼルムの精油を落としていた少女が円の中心であるレッドの方へと戻ってくるのが見えた。

宿に居る時サリシャが整えたのであろう髪は、この場所まで移動するのに走ったりしたせいか、少し乱れてしまっている。三階から飛び降りたりしたのも原因だろうか。

驚いてちょっと涙目になりながら高所から飛び降りるなと抗議されたのを思い出してレッドがちょっと笑ったのを目ざとく見つけ、メイベルがギロリと睨む。

気を取り直すように小さく息を吐くと、メイベルは蓋をした精油の小瓶の底部分をくるくる回して外した。底を斜め上に向けて蓋部分をぐっと押し込むと、プシュッという音と共に瓶の中に残っていた精油が霧状になり散布された。


(あの小瓶、風魔法を組み込んだ魔道具だったのか)


感心するレッドの周囲に、ローゼルムの香りに乗って流れ始めた魔素と、それにより生まれた魔力の粒が光り始めた。それはやがてメイベルを中心とした小さな光る渦になる。


──種運ぶは風、誘うは水、育むは目覚めた大地

──巡れ、巡れ、大いなる流れを(しるべ)として

──征け、征け、大いなる流れに導かれて

──目を覚ませ、目を覚ませ

──水を飲み、土を食み、光と風でその身を洗え

──巡れ、巡れ、大いなる流れを(しるべ)として

──目を覚ませ、目を覚ませ、命巡らせるものよ

──緑の季節(とき)来たれり


エルフ達の使う魔法は、歌うような旋律を持っている。そして魔法使いの操る魔法とは違い、固有の魔力紋を強く放ちながら発動する。

少女の歌声に乗って巡る魔素は、どこまでも澄み切っていく。

すう、と、レッドは大きく息を吸う。

澱みが晴れ澄んだこの場所には、メイベルの歌声とそれに乗せた彼女の魔力にも満ちているのを感じる。


(苦しく、ない)


出会って以降何度も、メイベルの浄化魔法をかけてもらってきた。レッドはそのたびに、澱みに晒される危険がない安らぎと共に、胸がギュッと締め付けられるような不思議な感覚を味わっていた。


──命巡らせ生きるものよ

──緑の季節(とき)来たれり


舞い踊る魔素と魔力の光が二人の周囲に満ちる頃、伝声魔法で住民の避難完了の報が届いた。

少し離れた位置で自分の方に背を向けて両手を広げて光に包まれた少女に、なぜか触れたくてたまらない衝動に駆られるのをぐっと堪え、レッドは自身の仕事に集中した。


「始めるよ」


振り返らないままメイベルが頷いたのを確認し、魔法使いは目を閉じ両の手を地面の方へ向けた。

自らが張った結界に、慎重に干渉していく。イメージは────


(丸くベッドを覆った毛布の端と端を持って、逃がさないように、包み込む)


街を覆った結界が揺らぐのを、浄化魔法を歌い終えたメイベルも感じていた。

背後に立つ魔法使いに、周囲の浄化された魔素が集まっていくのが分かる。彼の集中を乱さないようになるべく動かないように努めるメイベルだったが、街の周囲に何かの影が蠢くのを見て声を上げそうになって口を両手で押さえた。額や首筋を嫌な汗が伝うのを拭うこともできず、唇を強く噛んで目線だけを忙しなく動かして何が起こっているのかを見守る。

やがて蠢く影は無数の半透明な筋になりながら上空へと延びていく。その筋一本一本が手の形に変じ、乱れ飛んでいた火炎鷲を追いかけて次々に捕まえていった。捕らえられ暴れ狂う赤黒い魔獣たちを、裾から徐々に巻き上げられた結界が包み込んでいく。逃れようともがく鷲たちのけたたましい鳴き声と激しい羽音は、結界が巻き上げられきって完全に閉じた瞬間にぴたっと聞こえなくなった。

無音になった空には、たくさんの赤黒い影を閉じ込めた、うっすらと黒い半透明の巨大な球体だけが浮かんでいる。


「遅れて来る奴もいるかもだけど、とりあえず()()はないかな」


メイベルはほっと息を吐き、後ろを振り返ろうとしたが、レッドの声がそれを止めた。


「今から僕は、ちょっと特別な魔法を使う。

だから、後ろは見ないでね」

「見ちゃいけない、特別な魔法……?」

「そ」


メイベルは少し考えた末に「わかった」と返事をした。

頷いて前をしっかり見た後姿にレッドは薄く笑むと、両手を前に差し出して、天を仰いだ。


(我、希う (はらえ)の弓矢)


天上から、地中から、彼の周りに光が集まっていく。やがて集まった光は彼の左手で大きな白い弓を、右手で一本の矢を形作った。

大弓に矢をつがえ、レッドは上空の球体に向け弦を引き絞る。


(狂化してしまったものは、もう戻せない。

僕は、僕の役目を果たす。そのために、ここにいるから)


甲高い弦の音と共に放たれた白く輝く一条の光の筋が天に昇った。球体に真っすぐ向かった光の矢は結界に命中する。しかし矢は結界に弾かれることなく中に吸い込まれ、結界の中心で無数の光の筋に分岐し結界内に捕らえられたすべての火炎鷲の身体を貫いた。貫かれた火炎鷲の身体は眩く光った後、無数の光の粒になって散っていく。結界の中に捕らえた魔獣の身体がすべて光の粒に変じたのを確認し、レッドは包囲結界を解いた。火炎鷲だった光の粒は夜空に拡散して、やがてケッタの街の上空を満たした後、消えていった。


その夜、小神殿に避難していたケッタの住民の多くが、夜空を埋め尽くした光を目撃した。

恐ろしい空飛ぶ魔獣が光の粒になって消えたその夜の出来事は『星降りの奇跡』と呼ばれ、長くその地で語り継がれることになったのだった。




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