【35】星降る夜と金色の朝(6)
本日二話目。
ぬるいですが、魔獣との戦闘シーンがあります。
苦手な方はご注意ください。
「────来た」
「えっ……?」
何が来たのかと尋ねる前に、抱き寄せられていた肩をさらにぐっと引かれて彼の胸に押し付けられる。
その直後、宵闇を切り裂くような甲高い鳴き声が響き渡った。森の中で似たような鳴き声を聞いたことがあるメイベルはそれが猛禽類の仲間の声だと思い至り、レッドの胸にくっついたままで彼の腕の中から空を見上げる。
バサッバサッという大きな翼が空を切る音が耳に届いた次の瞬間、夜空に赤い閃光が生まれ強烈な熱気が迫ってきた。上空にいる何者かが、メイベル達へと炎を浴びせようとしてきているのだ。
恐怖に見開かれたメイベルの眼前で、レッドが片手を上げて自分達と傍にいる神殿兵たちの上にも防御結界を展開して、襲い掛かってきた炎を防いだ。
すぐさま聞こえて来た呪文の詠唱と、鳴り響いた雷鳴。
驚いてレッドの胸元にしがみついていたメイベルが瞑っていた目を開けた瞬間、目の前にドサァッと大きな何かが落ちてきて再び目を閉じ悲鳴を上げた。
恐る恐る目を開けたメイベルのすぐ前に、頭部からプスプスと煙を上げる大型の鳥が横たわっていた。
動かなくなったその身体を見下ろし、レッドが呟く。
「火炎鷲だね……澱みで狂化してるみたいだ」
レッドが放った雷撃を受けて落ちて来たのは、頭と風切り羽と尾羽、そして目が赤く、他は漆黒の大きな鷲に似た魔獣だった。
「これ、血塗れなの!?」
「いや、もともとこういう色。」
「あ、そですか……」
赤い部分が炎というよりは血の色に見えて、メイベルは一瞬誰かを襲ってからここに至ったのではと疑ったが違ったようでそこはほっとする。魔獣に襲われて恐ろしいのは変わらないのだが、すぐ隣にいるレッドがあまりにも飄々としているので、動転して停止しかけたメイベルの思考も回り始めた。
「火炎鷲は、肉食の魔獣だよね?」
「そう。警戒心が強くて通常は人里離れた山の中、高い木に巣をかけてそこを縄張りにする」
「なんでこんなところに……このあたりは街道沿いで田舎とはいえ人里も点在してるし、草原が多くてで高い木なんてあんまりないじゃない?」
「そうだね、彼らの生息域としてはこの辺りは適さないはずだ」
「じゃあどこから?
高い木がある場所っていうと、南側の竜壁山脈の稜線とか?」
「いや、こいつが飛んで来たのは、北の方角からだ」
「北……って……」
北といえば、シャルティア神皇国の首都ベーゼがある方向だ。
「夕方、ケッタに入った後くらいからずっと、澱みとも違う嫌な気配が北から流れてきてたんだ。
たぶん狙われてるんだとしたら僕らだろうから、とりあえず人の少なそうな場所で迎え撃とうと思って宿を出て来たんだけど」
「お祭りに行きたかったわけじゃなかったと?」
「いや、祭りももちろん行きたかった」
「…………そうだと思ったよ」
飛行型の魔獣の出現と、それを一瞬で撃墜してしまった魔法の凄まじさを目の当たりにした神殿兵たちはしばし固まっていた。だが、会話するメイベル達を見ていて次第に我に返ったベルク兵士長がレッドに向けて指をさして怒鳴った。
「貴様、魔獣を操る邪な術を使うのか!?」
向けられ続ける謂われない悪意に、さすがにムッとした様子のレッドがベルク兵士長を睨み返した。
「あのさぁ、僕がこの火炎鷲を何かに利用しようとして呼んだんだとしたら、なんでこいつは真っ先に僕らを攻撃してきたの?
それに、わざわざ自分で呼んだ魔獣を、自分でやっつけたりしないでしょ?
その辺の矛盾は、気づかないフリなの?」
「う、うるさい!!
貴様らフェアノスティの魔法使いは、創世神様の恩恵である魔力を盗み使う輩だ!
シャルト大神殿の教えを、我らの創世神様を否定する存在だっ!」
「別に君たちが信じてるものを否定してるわけじゃない。
この地は確かに加護でよりよく保たれてる。加護を与えた存在を讃えたいのもよくわかるし、崇めるのもこの地に生きる君達の自由だ。
でも、魔力は魔素の流れで生まれるもの。妖精が巡ろうが、魔法使いが循環させようが、魔素の流れが起きることによって生じる現象に過ぎない。魔力は、誰の所有物でもないんだよ」
話す間にもレッドは雷撃の魔法を放ち、鳴き声を上げながら近づいてきていた火炎鷲を新たにもう一羽撃ち落とした。
落とされた鷲はバタバタと羽を動かしながら地を掻き、レッドと彼の背に庇われるメイベルの方へと這い寄ろうとした後、動かなくなった。
動きを止める直前まで二人の方を見据えていた赤い眼にはっきりと表れていた憎悪とも執念とも取れる強い執着を目の当たりにし、ベルク以下神殿兵たちの身体が竦む。
「大神殿から降りてくる命令や情報を妄信するだけじゃなく、目の前にある情報と状況をちゃんと自分の目で見て考えて判断しなよ」
「っ……!」
パリパリと掌の中に雷を生み出しながら、レッドは夜空をじっと見上げる。
「にしても数が多いな」
「他にもいっぱいいるってこと?」
レッドの呟きにメイベルは自分も空に目を凝らすが、星の瞬くのが見えるだけで彼の呟きの意味がわからない。同じく、神殿兵たちも訳が分からないと言った様子だ。
そんな彼らに、魔法使いはこともなげに「見る?」と言うと、雷を一度霧散させ、代わりに光球を生み出して空へと打ち上げる。
音もなく上空に上がった光球が強い光を放って周囲を照らし出す。すると、夜明け前ほどの明るさになった夜空に、無数の黒点が浮かび上がった。
「なっ……!?」
「あれ全部、火炎鷲!?」
「あんな大群っ……」
「さっきのは斥候か、それか単純に飛ぶのが速い個体かな」
黒い点の一つ一つが僅かに近づいたり離れたりして動いている。先ほど星が瞬いているように見えたのも、一部は黒点と重なって星が隠れていたのもあっただろう。
おそらく、こちらに向かってきているその黒点のすべてが大きな火炎鷲で、もっと近づけば黒の中に赤が斑に混じっているのが見えてくるはずだ。
空を見上げたベルク兵士長の表情が絶望に染まる。
(あの数の火炎鷲が街に降りてきたらひとたまりもない……!!)
「火炎鷲は背が高くて魔素含有量の多い木に巣をかけ、魔力を持つ他の魔獣を好んで餌にしたりする。
山中に分け入った魔力量の高めの者が襲われたという報告もあるね。
それに、彼らは普通群れたりしない。
群れるとすれば、餌が少なくて一つの餌場に個体が集中する時。
もしくは、強烈に引き付けられるほどの魅惑的な餌が、そこにある時とかかな」
「魅惑的な、餌……?」
「保有魔力量が多い個体。ここだとダントツ、僕ないし君だね」
「うぐっ……」
何となく予想はしていたがやっぱりそうかと、メイベルは眉間に皺を寄せた。
彼らの会話にハッと我に返ったベルク兵士長がメイベルの前に跪き懇願する。
「王女殿下! とにかく、御身は安全な場所へ!
小神殿にお連れしますので……」
しかし、メイベルは彼の言葉には答えず、レッドの方を見て問いかけた。
「何をしたらいい?」
「そうだな、僕らがここにいると寄ってきちゃうかもだから、なるべく人が多い街中から離れよっか」
「わかった……!」
「殿下っ!!」
殿下呼びにもだが、王女だからと優先的に保護しようとする意見にイラっと来たメイベルが、ベルク兵士長の方をキッと睨む。
「私達が狙われているんなら、他の人を巻き込まないようにできるだけ離れないと!
ましてや、街の中心近くにある小神殿になんていけませんっ!
それに、魔獣が迫っていて街が危険な状態なら、私一人のことよりも、大勢の市民を護ることを考えるのも貴方達の仕事なんじゃないの!?」
「しかし、御身の安全を……」
「まあ、鷲たちがほんとに僕らに向かってきてるかもあくまで推測で確実じゃないけど。
様子を見ながらもう少し郊外へ移動かな」
なんとか薔薇色の瞳を持つ王女をを説得しようとする言葉をのんびりした調子の魔法使いの声が遮る。
「殿下を危険に晒す気かっ……!」
「とりあえす、結界を張っとこう」
「話を聞けぇっ!」
レッドが空に向け片手を掲げると、その掌の上に透明な球体が現れる。薬草店を包んだ結界を張った時とは違い魔力が収斂していくのがはっきり感じられる中、球体は一気に街を覆い隠すほどに膨らんだ。
未だ上空にあって周囲を照らし続ける光球により、街へと降りようとしていた火炎鷲が張られた結界にぶつかって怒りの咆哮を上げているのが見て取れた。火を吐いている個体も見られるが、その炎も結界によりせき止められている。
「とりあえずはこれでよしと」
「街、全体を覆う、結界……?」
結界の状態を見て頷くレッドの横で、先ほどまで彼に怒りをぶつけていたベルクが身を震わせながら魔法使いの方を見ていた。
「なぜ、自らの身だけではなく、街を覆う結界を?
ここはシャルティアで、市民はフェアノスティの民じゃない。
自身が狙われていると言うなら、まず一番に自分を護る結界を張るものではないのか……?」
信じられないと言わんばかりのベルク兵士長の表情を見て、レッドもまた怪訝そうな顔になる。
「狙われてるのが僕達だったとしても、僕達以外を襲わないと決まってるわけじゃないんだし、街の防衛はしとくべきじゃない?
だって、家が燃えちゃったら、皆が困るでしょ?」
「は………………?」
何を言われたのか理解できかねる様子で、ベルク兵士長が固まった。
「それに、目の前の街が危険に晒されてるときにここが何処の国かとか、関係ある?」
「あ…………」
(そういう反応になるよね……)
ベルクの様子に、以前自分も同じようなことを考えたなぁとメイベルは思っていた。
レッドは至極当たり前のことを、心の底から当たり前だと思って言っているだけなのだ。
それだけだが、彼のことを、神様の力を横取りして自らのために使っているフェアノスティの魔法使いであるとの偏見を持って見ている者にとっては、意外過ぎる言葉だったろう。
首都の小神殿の前で罵られ、拒絶された後でも、澱みに晒されるシャルティアの民も自国の民同様気がかりだと、レッドは言った。なにより、功名心や自己顕示欲の混じっていない真っすぐな言葉だから、心に刺さるのだ。
無言になってしまった兵士長から視線を外し、レッドはメイベルに向き合った。
「結界は中心点を逗留してるあの宿の辺りにして街全体を包んである。
とりあえず祭りの会場になってる通りからはなるべく離れようか。
移動することで結界外の火炎鷲の集中箇所がずれてくるようなら、僕らが狙われてるってのもわかるし……」
「レッド!!」
聞き慣れた声がして見てみれば、長剣を握ったメイドと、軽装の男性二人がこちらに真っすぐ駆けてくるのが見えた。
息を弾ませ、サリシャが問う。
「街に結界を張ったな、何があった!?」
「敵襲です」
「敵だと!?」
こくりと頷いたレッドが、足元に横たわる魔獣二体と、空も指差した。
「これは、火炎鷲か……また厄介な」
「先行してきた二羽は落としましたが、まだ上空にたんまりと集まってきているようです」
「あの数で街に降りられたらマズイな。
直接襲われるのももちろんだが、奴らの吐く炎による火災の被害も恐ろしい。
いったいどこまで被害が出るか想像もつかん」
上空に集結しつつある無数の火炎鷲を睨み、サリシャが唸った。
「言いたいことは山のようにあるが……今はこいつらへの対処が先だな」
「結界外で応戦しますか??」
そう言ったのはヴィーゴだ。
「それだとすごくめんど……大変そう。とにかく数が多いから。
だから、街の直上、結界の周りになるべく引き付けてから、結界で包み込んで一網打尽にする」
「防御結界から包囲結界への転用か……
街を覆う大きさの結界を操作するのでは、だいぶ魔力を使うぞ?
其方の身体がもたぬのではないか?」
「そこはほら────」
言葉を切ったレッドに視線を向けられ、メイベルが頷く。
「私が浄化魔法で澱みを晴らしますから」
「清浄な魔素を全力で循環させれば、まあいけるでしょ」
「ふむ」
「広範囲に浄化魔法を使うのですか……?」
作戦の概要を聞いてローゼスが心配そうに眉を顰めるが、メイベルは震え出さないよう腹に力を込めながら、大丈夫だとにっこり笑って見せた。
「じゃあ、早速……」
「──────待ってくれっ!!」
動き出そうとしたレッド達を、ベルク兵士長が呼び止めた。
顧みた他の神殿兵達と互いに目配せをした後頷くと、兵士長がレッドの方へと一歩進み出た。
「我々も、戦う!
いや……どうか貴方がたと一緒に戦わせてくれ。
この街は我らが護る、我々の街なのだ!」
神殿兵たちの訴えに、レッドは彼らをじっと見つめた。
頭上では結界のすぐ外に集まってきた大量の火炎鷲が次々と炎を吐いている。祭りの会場でも異変に気づいたらしく、人々の悲鳴が聞こえ始めた。
兵士達の表情から先ほどまでの絶望はまだ完全には消えていない。だがそれ以上に、彼らの目には街を護りたいと言う強い意志が宿っていた。
「……わかった」
レッドが頷くと、神殿兵達も次々頷き返した。
「さっきも言ったけど、ある程度群れが集中しきるまで引き付けてから、街に張ってるドーム状の防御結界をぐるんと反らせて、たかってる火炎鷲を包んで一網打尽にする」
「ぐるんと?」
「こう、ベッドに被せてある毛布の上に乗ってる猫を、毛布の端と端を持って猫が逃げないように包み込んで捕まえる感じ? 今回包むのは猫じゃなくて鳥だけども。」
「……分かり易いけど説明に緊張感が皆無」
「まぁとにかくそんな感じ。
なるべく全部包みたいけど、当然、漏れる奴も出るだろうから。
漏れたやつのうち高度を保ってる個体は僕が落とすから、神殿兵さんと叔母上たちには地上に降りたやつの対処と、市街地の防衛と避難指示をお願いしたい」
「了解だ。配置は……」
「ベルクと申します」
「……ベルク殿と話し合って決めよう。
我らはこの街の地理に疎い。頼りにしている」
「はいっ。
小神殿に連絡して、他の兵士にも緊急招集を行います」
「ありがたい。だがそれでも人数が厳しいのは変わりないだろう。
なるべく取りこぼしが出ないように頼むぞ、レッド」
「頑張るよ。
メイベルは、可能な限り広範囲の浄化を頼む」
「わかった!」
サリシャ達とベルク以下神殿兵達は街中へと走り、メイベルとレッドは先ほどより若干市街地から離れた位置に移動した。真上を見れば、火炎鷲の吐く炎が眩しいほどに自分達の方へと集中している。
「間違いなく、こっちに集まってきてるよね、これ」
「僕らは最高に魅惑的な餌だからね」
「嬉しくないなぁ」
レッドと行動を共にするようになってからお守り的にいつもポケットに入れて持ち歩いているローゼルムの精油の小瓶を握るメイベルの手が、上空に集結する火炎鷲の存在を感じて微かに震える。
もう一方の手も添えぎゅっと握りしめ、しっかりしろと自分を叱咤する。
固く握ったメイベルの両手を、向かい合って立ったレッドの一回り大きい手が包む。見上げれば、さっきの過剰演技の時とは違う、いつも通り変わらない様子の魔法使いが笑っていた。
「怖い?」
小首をかしげて尋ねてくるレッドに、勝気な言葉を返そうと一度開きかけたメイベルの口が、きゅっと閉じられた。
「もちろん怖いよ。でも……」
「ん?」
メイベルはレッドの手の温度を感じながら目を閉じ、数回深呼吸する。
「なんでだろ……どこか、大丈夫って気もしてる」
は、と小さく息を吐くと、もう一度彼の顔を見て、メイベルはぎこちないながらも笑みを作った。
メイベルの答えに、満足そうな笑みを浮かべて魔法使いは言う。
「大丈夫だ。僕達なら、できるから」
レッドの言葉に、メイベルも頷いた。
「じゃあ、始めよう」




