【34】星降る夜と金色の朝(5)
路地の暗がりに、見覚えのある白い軽装鎧姿の兵が数人、待ち構えていた。
その中の一人、先頭に立つ人物に、メイベルは見覚えがあった。
「貴方、国境検問所の神殿兵さん?」
「僕が待ってたのとはちょっと違うお客さんばっかりが来ちゃうなぁ……」
「は?」
待っていたとはどういう意味か。聞き捨てならないレッドの台詞にメイベルの目つきが鋭くなる。
だが、どういうことかとメイベルが口にする前に、神殿兵の大きな声で「殿下っ!」と呼びかけられ、びくっと身体を震わせた。
「王女殿下! お迎えに上がりました」
「えっと? 迎え、とは……?」
「私はケッタ小神殿の神殿兵士長ベルクと申します。
大神殿より、殿下が検問所を通られた後、至急の連絡が入りました。
王女殿下一行に同行している、フェアノスティの王弟を名乗る者に偽物の疑いありと!」
「え?」
「ニセモノ?」
メイベルは、怪訝な顔で自分を指差すレッドと顔を見合わせた。なんのこっちゃという思いを顔に出しまくる二人に、ベルク兵士長が続けて訴えた。
「その男は、かの国の王弟を名乗る、偽物の可能性がございます。
早急に御身を我々神殿の下で保護させていただくようにと、大神殿神官長のフェルス様よりの指示でございます。
どうかお早く、その者から離れてくださいませ。
我らと共に小神殿に参りましょう!」
「えーっと、いろいろと誤解があるようなんですが……」
「ご逗留中の宿を訪ねましたが、お部屋にはいらっしゃらず、同行者含め殿下の行方は宿の者も知らないとのこと。
街中を捜索し、ようやく殿下と一緒に入国した男と思われる者を見つけ、後を付けてまいりました。
しかも、先ほどすぐそこの路地で、魔法で眠らされたケッタ市民を複数保護したところでございます!」
「あー、それはですね……」
「第一、このような街の外れへと、護衛もなしに殿下をお連れすること自体、不審な行動だと言わざるを得んでしょう!? このまま何処かへと殿下を攫う算段に違いありません!
殿下! 殿下はその魔法使いに騙されておいでなのですっ!」
「あーっと……」
誤解と事実が混ざり合っていてどう説明したものかとメイベルはこめかみを抑えて考える。
なにより、誤解している部分を強く信じる根っこにあるのが、やはりフェアノスティの魔法使いに対する不信感のような気がしてならない。
忸怩たるものを感じながらも、ここはにわかに表れた王女にも関わらずこれだけ好意的に受け止めてくれているを利用させてもらって、その上で婚約者設定を前面に押し出して乗り切ろうと思った。
(私は王弟の婚約者、私達は運命的に出会って恋に落ちた……ヨシ!)
自己暗示をかけ、よくわからないなりに出来るだけ優しい王女に見えるよう考えながら、にっこりと微笑んだ。
「何か誤解があるようですが、私はこちらの方とあちらの王都で出会い、恋に落ちました。殿下の兄君であらせられる国王陛下にも認めていただき、婚姻の約束を交わしたことを、シャルティア皇王陛下にご報告すべく首都ベーゼに向かっているところです。
この方は間違いなく、私の愛するフェアノスティ王国王弟、アルフレッド・アディル・フェアノスティ殿下です」
驚く兵士長に微笑みつつ、メイベルはレッドにぴったりと寄り添いその胸元に頬を寄せた。
自分の過剰演技にぞわっとしないでもなかったが、設定になぞらえた長台詞をよくぞ噛まなかったものだと内心ガッツポーズをする。
褒めてよという思いを込めて寄り添っている青年を見上げれば、当のレッドは青い目を瞠ってベルク兵士長と似たり寄ったりなものすごく驚いた顔をしていた。
(いやなんでレッドくんまでそんな驚いた顔してんのよ、演技だってバレるでしょ!?)
笑顔を保ったままでぎゅうぅぅっと腕を掴んだ指先に力を入れて「なんとか言え」と無言で伝える。
すると、春の花が綻ぶようにふわりと笑ったレッドの顔がすっと近づいてきた。
一瞬額に触れた柔らかい感触は、すぐに離れていった。今何が起こったのか理解して薔薇色の目を見開いたメイベルの肩を優しく抱き寄せ、王弟殿下はその尊いほど整ったお顔にうっとりとした笑みを浮かべた。
「君が信じて愛してくれるなら、世界中の誰に疑われても気にならないよ、可愛い婚約者殿」
驚きから現実に戻ってきたメイベルは、イケメンに可愛いと言われてるのに気味の悪さで鳥肌が立つなんてねぇと妙な感慨に襲われつつ、必死で笑顔を作っていた。
目の前で繰り広げられた過剰演技の大盤振る舞いに絶句しているベルク兵士長以下神殿兵の皆さまに向かい、胡散臭く見えるほど美麗な王弟スマイルでレッドが言う。
「僕の愛しい婚約者のことは、僕の手できっちり護りつつベーゼに向かうよ。
神殿兵の皆さんは、どうぞ小神殿に戻って、首都の神官長様にその旨伝えて…………」
笑顔を張り付けながらベルク兵士長にそう述べている途中、突如レッドの台詞が止まった。不審に思ったメイベルが彼の顔を仰ぎ見ると、王弟スマイルを引っ込め魔法使いの顔になった青年が、夜空をじっと見据えていた。
「レッドくん……?」
「────来た」




