【33】星降る夜と金色の朝(4)
本日二話目です。
「ちょっとだけ、ほんとにすぐ帰るからね!?」
「わかってるってー」
「いるだけで目立つんだから自分にも認識阻害をかけなさいっ」
「それだとお店で買い食いしにくいじゃん。ほら、温めた葡萄酒とかもあるよ」
「お酒は駄目っ!! 買い食いも……」
「骨付きソーセージだっ!!」
「あっ、コラ!!」
並んだ屋台の中から目ざとく好物を見つけたレッドが早足になる。
結局、二人分の骨付きソーセージと温かい林檎紅茶を買い、広場の隅にある水汲み場の淵に並んで腰かけた。
「冷えた身体にあったかい紅茶が沁みるぅ」
「僕は葡萄酒の方が良かったのに」
「お酒はさすがに却下です」
ぶぅぶぅ文句を言うレッドをピシャリと制し、メイベルは通りを行き交う人々の姿を眺めた。
食べ物や星を模った飾り物など、様々な店が通りの両端にずらりと立ち並ぶ。その店と店の間を通り、食べ歩きする者、足を止めて品物を見る者、仲間同士で連れだってそぞろ歩く者、楽しみ方はいろいろなようだった。
「外国だから当然だけど、村の建国祭とはまた違った感じだなぁ」
「村では、ご馳走いっぱい食べて踊ったりする?」
「建国祭は厳しい冬の直前にあるから、うちの村では基本、大盤振る舞いはしないわ。冬の蓄えを優先して、余剰分があればそれを分け合うの」
「北部の冬は厳しいもんな」
「そう。でもその代わり、春祭りは無事冬を乗り越えたお祝いも兼ねて盛大に祝うよ」
「それいいな、楽しそうだ」
「王都では建国祭に宴があるんでしょ? 舞踏会とか?」
「王城内ではね。城下町の方の祭りは城から下げ渡された食料や酒類が振舞われたりして賑やかで楽しいんだ」
そんなことを言いながら隣でソーセージにかぶりつく王弟殿下に、メイベルは思い当たったことがあって胡乱気な目を向ける。
「レッドくんさぁ、実はちょくちょくお城を抜け出したり、してたでしょ??」
「……バレた?」
屋台での注文も、お金の支払いも、なんなら値引き交渉まで、レッドは慣れた様子で自然とこなしていた。
それに、先ほどの王都城下の建国祭の話も、人から聞いたと言うよりは体験談に聞こえたのだ。
「街の人とのやり取り見てたらバレるよ、そりゃあ。世間知らず感ゼロだもん」
「たまにね、ほんとたまーにだよ?」
「どうだか……」
じとりとした視線を向けながら、メイベルも自分のソーセージを一口かじる。少し硬めだったが肉汁がじゅわっと口に拡がって大変美味しい。
「小さい頃はさ、今よりもっと抵抗力がなくて本当にすぐ倒れてて。君の浄化魔法の師匠の、黒髪のエルフに作ってもらった浄室の中から、一歩も出れなかったんだ。
少しずつだけど耐性がついて、魔素の循環も上手くできるようになって、ようやく浄室の外にも出られるようになった。
でも、城の中、どこへ行っても、僕は黒髪の殿下で。いろいろ裏で言われてるのも知ってたし、反抗心からよく城を抜け出したりした。髪や目の色を変える魔法が上手くなったのはそのおかげ。
で、城から出ては具合が悪くなって怒られてたな」
「そりゃ、心配する側からしたら怒るでしょうよ」
「まあ、しっかり叱ってくれるのは、ナザレや叔母上くらいだったけどね」
「え……?」
「僕が三歳になる前、母が亡くなったんだ」
前を向いたままのレッドが、何でもないことのように告げた言葉に、メイベルはきゅっと唇を噛む。
「ごめん、ちょっとだけ、聞いちゃった」
「だと思った。君は僕が叔母上って呼んだのが誰のことなのか、分かってたから」
「ごめん……」
「いいよ、君が聞き出したんじゃなく、叔母上が話したんでしょ?」
「そうだけど……」
申し訳なさそうに眉尻を下げるメイベルに、気にしなくてもいいよとレッドは笑む。
「幼く、身体の弱い僕を、父も、兄や姉も、たくさん構って育ててくれた。
今思えば兄や姉だってまだ子供だったんだから同じように寂しかったろうに、僕を寂しがらせないよう、いろいろ気を遣ってくれたと思う。
父も、悪いことしたら叱ってはくれたけど、兄や姉に対する接し方とは違って僕には甘いっていうか、どこか遠慮してるようにさえ感じた。僕が一番幼く、一番弱いから。まあその通りだけど」
「レッドくん……」
「城を抜け出したり、魔法を使いすぎたりして倒れた時も、父や兄姉は叱りながらもするっと許してくれちゃうんだ。
でも、サリシャ叔母上と、ナザレ他人外じじい数名は、澱みにやられて倒れてる僕が、泣いて反省するまでがっつり厳しく怒ってくれた。その分反抗もしこたましたけど、ちゃんと叱ってくれる彼らは僕を一人前として扱ってくれてるみたいで、嬉しかったんだ。
弱いから、幼いから、可哀そうだ我儘でも仕方ないと思われたって、嬉しくないでしょ?
まあ、こんな風に考える僕も大概ひねくれてるって自覚あるけど。
大きくなって、僕にしかできない役目が見つかって、それ以降お役目のために自分の身体を使わなきゃって思いの方が強くなってからは、理由もなく無茶したり城下に出て当てられるなんてことはあんまりしなくなった。だからこれが久々の脱走」
「……もう脱走って言っちゃってるじゃん」
はははと明るく笑う魔法使いの横顔を、メイベルはじっと見る。
「その大事なお役目のために、澱みの蔓延するシャルティアに来たんだ?」
口元の脂を指先でぐっと拭い、レッドはニッと笑った。無言は肯定ということだろう。
身体が弱くて国政には関わっていないと、レッド自身が言っていた。政でないなら、王弟である彼は一体どんな役目を担っているのだろう。
そのお役目とやらも、サリシャから聞いたレッドの生い立ちも、今本人が語ってくれた幼少時の想い出も、レッドを形作るもののほんの一部なんだろう。
(あたりまえだけど、私はレッドくんのこと、ほとんど知らないんだな)
こうして並んでソーセージを食べていると本当に友人になれたような気がして、何も知らないことが少し寂しい。だが、隣の青年は、この旅の目的が果たせたらもう会うこともなくなるだろうフェアノスティの王弟殿下だ。知る必要はないだろうと言われれば、それ以上は言えないし、聞けない。
そんなことを考えながら紅茶をすすっていたら、広場で踊りの輪が出来はじめた。
「食べて飲んで踊って。雰囲気とかは違っても、お祭りの楽しみ方自体はだいたい同じね。
私も毎年ウィルと踊ったなぁ」
「ウィル……?」
踊る人々を見ながら零したメイベルの呟きに、レッドの顔から表情がスンと抜け落ちた。
「ウィル、って、誰?」
先ほどまでとまるで違う、いつもより少し低めの声で尋ねられ隣を見れば、青い目がじぃっとメイベルを見ていた。
無意識の呟きだったので、メイベルは自分が今何を言ったかを反芻してから、ああ、と返事をした。
「ウィルは薬師の村の村長さんの一人息子」
「……メイベルの、恋人?」
「へっ!?」
どこか真剣な顔で目を逸らさずにそう尋ねられ、メイベルは柄にもなくドキリとしながら説明する。
「いやいや違う違う、ウィルは幼馴染の一人よ。年が近かったから、よく一緒に遊んだの」
「建国祭では毎年彼と、踊ったんでしょ?」
「ウィルと、っていうか皆でだよ。
子供も大人もまぜまぜで皆で手を繋いで、輪になってぐるぐる回りながら踊るの」
「ワルツとかじゃないんだ? パートナーと二人で踊るやつ」
「ワルツぅ!?」
踊ると聞いて王弟殿下が想像したのが、メイベルは恋愛小説の中でしか知らない、舞踏会のような場所で男女がペアになって踊るアレだというのが分かって、思わずぷはっと噴き出した。そんなのお前に踊れるのかよとでも思ったのだろうかと、彼の妙に真剣な顔の意味もちょっとだけ理解した。
「そんなの、村の祭りで踊るわけないでしょ、急に変なこと言いださないでよもう」
さもおかしそうにメイベルが笑うのを見て、強張っていたように見えたレッドの表情が少し緩んだ。
セドリックに会ったあと彼が見せた反応について、サリシャは「拗ねていた」と言っていたのを思い出す。メイベルの口から急に自分が知らない人の名前が出たので確認したかったのかもしれない。
「もしもレッドくんが村に来ることがあったら、ウィルや他の幼馴染にも紹介するね。なんとなく、ウィルとレッドくんは気が合いそうな予感がする」
メイベルは笑ってそう口にしながらも、そんな未来はないだろうなと思う。
あるとしても、以前のようにまたナザレが彼のためにローゼルムを貰いに来るくらいの繋がりしか残らないだろう。
そう思って隣を見れば、レッドはさっきよりもっと真剣な顔で、メイベルを見つめていた。
「……うん、行く。だから紹介してよ、幼馴染連合」
「連合……?」
「ウィルくんとやらとは、しっかり話をしなきゃいけなさそうだ」
「え……? なに? どういう……」
「よーし、散歩は終わり。そろそろ帰ろうか」
明るい声を出したレッドが立ち上がって、メイベルに手を差し伸べた。
ウィルと一体何を話すつもりなのかと訝しみながら、メイベルが彼の手に掴まり立ち上がった時だった。
「よう、あんたかい? 今日エライ豪勢な馬車で街に来た、やたら顔がいい兄ちゃんってのは」
見るからに酒に酔っている数人の男が、メイベル達の方へと歩み寄ってきていた。
びくりと肩を揺らしたメイベルを庇うように、レッドが前に出て男たちから彼女を隠した。
「隣にいるのは一緒に街にきた連れか?」
「せっかくの祭りだ、俺達とも遊ぼうぜぇ」
距離はあるはずなのに酒の匂いが漂ってくる気がして、レッドの背に庇われながらメイベルは顔を顰めた。レッドは無言のまま答えないように見える。が、すぐ傍にいるメイベルは、彼が呪文を紡いでいるのを聞き取っていた。
「なんとか言えよ、色男さんよぉ!」
一番近くに迫っていた男が、レッドに掴みかかろうと手を伸ばしてきた時────
『眠れ』
────完成した魔法が放たれ、男たちは全員くにゃりと膝をつき、次々にその場に倒れ込んでいった。
何事が起ったのか分からなくて震えるメイベルの手を取り、レッドは大丈夫だよと微笑んだ。
「眠りの魔法。呪いの一種だよ」
「呪い!? すごく大丈夫じゃない響きなんだけど?」
「死んだりはしてないよ、眠っただけ。拘束魔法より緩いけど、わりと有効でしょ。
それとも細切れか消し炭のが良かった?」
「駄目駄目駄目駄目……!」
物騒な提案にメイベルは全力で首を振った。
「でしょ?
攻撃魔法ぶっ放すだけが魔法使いの戦い方じゃないからね。
相手、非武装の一般民だし」
「確かにそうか……」
いかに酔っぱらいに悪意を向けられたとはいえ、先ほどのようにただ絡まれただけで攻撃魔法で撃退するのはさすがに過剰防衛だろう。
「でも、このまま冬の路上に放置したら凍えない??」
「そこまで強力なのはかけてないからすぐ目覚めるよ。
さ、彼らが目覚める前に帰ろうか」
ほんとかなと不安げなメイベルもレッドに手を引かれて歩き出した。だが、逗留先の貴族向け宿に帰るにしては方向が逆だ。
「宿、こっちじゃないよ?」
「いいからいいから」
人気のない路地を抜け、郊外へと続く道を歩いて角を一つ曲がったところで二人の足が止まった。
前方に、またもや複数の人影が、彼らの行く手を阻むように立ち塞がっていた。




