【32】星降る夜と金色の朝(3)
自分たち以外白一色に塗りつぶされた視界の中、見慣れていた、誰より近しいと思っていた彼が、ゆっくり振り返った。
その顔に浮かぶ、酷く冷たい表情の理由が理解できない。
「 ?」
名前を呼んでも返ってくる声はなく、無言のまま近づいてくる彼に、自分の中に居る何者かが警鐘を鳴らす。
理由の分からない恐怖に身を翻した肩を背後から食い込むほど強く掴まれ、そして──────
暗い部屋の中、背中から胸にかけ走った衝撃の記憶に目を開けた。痛みはないのに、手の震えが止まらない。
本来なら眠りなど必要がないはずのこの身体が、近ごろは酷く重い。
なにより、目を閉じるたびに、あの日の光景が頻繁にフラッシュバックするようになった。
胸元に手をやっても鼓動を感じないこの身体を動かしているのは、世界の理を歪めてでも繋ぎ止めたかった私の願い。
だがその歪みが、今度は私を内側から崩そうとしている。
これは私への罰。
正さなければ、離れなければと分かっているのに、今の今までしがみ付いてきてしまった。
こんな私を家族と呼び慕ってくれるあの子を、こんなにも歪な姿になってでも見守っていたかった、私への。
胸苦しさに目を閉じれば、また別の夢に落ちる。
──ココハ危険ダ、戻ッテハイケナイヨ
──デモ会イタイ、会イタイ、愛シイ子
矛盾する言葉を吐く懐かしい声。これもまた、頻繁に繰り返されるようになった幻影だ。
いつも延々同じ言葉が並ぶのに、今日は違っていた。
──愛シイ子、アノ子ガ危ナイ
告げられた言葉に、カッと目を見開いて飛び起きた。
気配を辿ってベランダに出て街を睨む。
「どーしたんすか、師匠ぉ」
寝ぼけ声で訊いてくる騎士の声には答えず、気配にだけ集中した。
隣室に居るはずの娘の気配は、前方、街中の方向にあった。
愕然となった時、こちら同様に開け放たれた隣室の窓から「はぁあぁああ!?」という貴婦人らしさ皆無の女性の声が聞こえてきた。
間髪入れずバンッと大きな音がして、立て続けにこちらの部屋の入口の扉がドンドンドンと激しく叩かれた。ヴィーゴ様が慌てて開けると、サリシャ様が手に長剣を引っ掴んだ状態で立っていた。普段きっちり結い上げている髪は洗いざらし状態で雑に一つに束ねられ、着崩したメイド服にはリボンもつけていない。
「メイベル殿が、いない!」
「!」
やはり、と先程気配を辿ったときの感触が正しかったのを知る。
半分寝ぼけていた騎士も、これは只事ではないと急いで身支度し始めた。
「申し訳ないローゼス殿、レッドのアホたれが連れ出したらしい!! あのクソガキ、ただでは済まさんっ!」
憤怒の形相になったサリシャ様が、置いてあったという紙切れを見せてくれた。
長閑な田舎町の祭りの雰囲気を味わうだけなら、さほど問題ないのかもしれないが……
「嫌な予感がするのです……我々も向かいましょう」




