【31】星降る夜と金色の朝(2)
今日は二話目の投稿になります。
宿泊している部屋の掃き出し窓を開けて、メイベルは厚手の上着を羽織りながらベランダに出た。
「寒っ……」
夜気の冷たさにふるっと身を震わせる。それでも、シャルティア国外の雪原のあの寒さに比べたら雲泥の差だ。位置的にはそれほど離れていないにも関わらず、シャルティア神皇国の内と外ではこれほど明確な差がある。加護を与えてくれる存在を神様と呼びたくなるのも頷けるというものだ。
夜が明けたら天馬馬車に乗ってケッタの街を出発する。明日中にはベーゼに到着するとのことだった。
貴族向けの宿は街の中心部にあって、中でも一番の高層建築物だ。泊まっている部屋も三階なので、ベランダからはケッタの街が良く見えた。夜は深まった時間帯のわりには街中にはまだまだ人出があるようだ。
「お祭りやってるんだって、言ってたっけ……」
首都ベーゼの大神殿で次期皇王選定の儀が行われていることを祝う祭りなのだそうだ。ただ、その儀式が失敗に終わったという事実まではこの辺境の街には届いていないようだった。
見上げればよく晴れた冬空には満天の星が広がっていて、故郷で見た星空を思い出した。
秋の終わり、建国祭の時期にローゼルムを出て、もう4カ月ほどが経過していた。今頃、薬師の村は真冬の大雪に閉じ込められて、静かに春を待っているだろう。
「どうかした?」
突然横から声がしてそちらを見れば、隣の部屋のベランダにレッドが立っていた。
彼にしては珍しく、魔法使いのローブではなく黒いトラウザーズと白いシャツ、それに上着を重ねた姿だ。
「いたって普通の服装のはずなのにやたら眩しい気がするのがなんか腹立つ……」
「何て?」
「なんでもないです」
「そのカッコだと、寒くない?」
「え? わっ」
レッドが小さく何か唱えると、メイベルの周りにふわりと温かい風が吹いた。寒気を遮る、何がしかの魔法を使ってくれたらしい。おそらく早朝雪原に行った時にも使っていたに違いないが、その効果を凌駕するほど寒さが厳しかったからあの寒がり様だったのだろう。北部の冬恐るべしである。
メイベルが礼を言うと、魔法使いはニッコリ笑って頷いた。先ほどメイベルが謝罪を受け入れて仲直り(?)できたので、彼の表情から夕食時までの不機嫌さはなくなっている。
「君も眠れないの?」
「なんだかまだ、眠くならなくて。街も賑やかだし」
「そうだね、キラキラしてる。
もともとこの時期に開かれる予定の、妖精が星を降らせたって言い伝えにちなんだ祭りなんだって。
ほんとはもうちょっと後に開く予定だったのが、首都から選定の儀が開かれたって情報が伝わって、前倒しかつ盛大にしたらしいよ」
「よく知ってるね」
「宿に着いた時、受付してくれた従業員の人が教えてくれた」
「……ナルホド」
それ絶対女性の従業員だったでしょ、と、メイベルは思った。入国審査の際にカメちゃん外套の認識阻害魔法を切ってフードを下ろしたままにしていたので、街中を通り宿に入るまでレッドの整ったお顔が丸見えになっていたからだ。
シャルティアの中でも辺境に当たるこの町は、地理的にだいぶフェアノスティに近い分さほど偏見は強くないようだ。神殿兵の皆さんはさすがにフェアノスティ王家の紋章のついた馬車に乗ったメイベル達を警戒していたが、宿の従業員他、街の人たちの反応は首都ベーゼほど辛辣ではなかった。そのせいか、明らかにフェアノスティから来たのが分かった上でも、彼を見かけた女性達の多くが見惚れたり声をかけたそうにソワソワしたりしていた。
なんとなく面白くない気分になって、メイベルはレッドからふいっと視線を外し街の方を見た。
祭りのため、街のいたるところにランタンを灯しているのか、眼下の景色には明かりが多い。魔道具の照明とは違って火を焚いているからか仄かに明滅していて、雪景色と相まってとても美しかった。
「外国のお祭りかぁ。
そういえば今年は村の建国祭にも参加できなかったな」
ベランダの手摺に頬杖を突いたメイベルが零した独り言に、レッドがニッと笑顔になった。
「行ってみたい?」
「ん?」
「祭り」
「こんな時じゃなかったらね……」
明日には首都ベーゼに乗り込むのだ。祭りの喧騒に浮かれている場合ではない。
そろそろ横になった方がいいと言おうとメイベルが隣のベランダの方に視線を向けると、二ッと笑った魔法使いの青い目がこっちを見ていた。
「ね、今、叔母上は何してる?」
叔母上、と言われてメイベルは一瞬誰のことかと考えたが、サリシャのことだと思い至った。
「サリシャさんなら今、奥でお湯を使ってる」
「なるほど、じゃあ今がチャンスだ」
「チャンス? あ、ちょっ……!」
首を傾げるメイベルの眼前で、レッドがよっと言ってベランダの手摺の上に立ちあがり、そのままトンっとそこを蹴ってこちら側の手摺へと飛び移ってきた。
驚いてあがーっと限界まで口を開けた彼女に「しぃーっ」と静かにするようジェスチャーで伝えると、レッドは笑ってもう一方の手を差し伸べる。
「眠れないなら、少し散歩に行こうか」
「散歩?」
驚いて気が動転したまま、メイベルは無意識に伸ばされた手に掴まった。するとすぐさま掴んだ手をぐっと引っ張り上げられ、そのままレッドが自分の外套の中にメイベルを一緒に包みこむ。
え、と思った時には、両手で必死に口を覆った状態のメイベルを抱えたまま、魔法使いは再びベランダの手すりを蹴って宙に身を躍らせていた。
いつかのように風魔法を使って軟着陸し、地面を踏む感覚が足に戻ったのをじわじわと確認出来てから数秒。メイベルはまだ自分を抱えている魔法使いの胸倉をがっしりと掴んだ。
「……三階だよ?」
「え?」
「三階なんだよ?? あの部屋は」
「うん、そうだね」
「ベランダ飛び越えるのもいきなり飛び降りるのもやめてくれる!?
誰かに見られたらどーすんのっ、私だけじゃなくその人の心臓も止まるよ!?」
「メイベルはもう一回見てるんだし、慣れ……」
「慣れるかぁっ! 危うく大声出すとこだったわ!」
叫ばなかった自分をメイベルは目いっぱい褒めたいと思う。なるべく声を抑えつつ早口でまくしたてると、あんまり反省の色が見えないレッドがへらりと笑いながら「ごめんごめん」と謝った。
「だいたい散歩に行くって、護衛もなしにふらついたら駄目なんじゃない?」
「護衛は、僕」
「いや、レッドくんは護衛される側でしょ」
「僕、強いよ。ここはベーゼじゃないから魔法使用の制限もないらしいしさ」
「そんなこと言って、魔法使ったら倒れるんじゃ?」
「このくらいの澱みなら倒れるまでいかないよ。もしものときは君の浄化魔法もあるし」
「またそんな勝手なことを……」
「この旅が終わったら国外の街歩きなんて、次いつできるかわかんないから、僕。
少し散歩に付き合ってよ」
誰が見ても好感を持たれそうな整った顔に明るい笑みを浮かべてレッドが言う。
彼は体質のため幼少期に同年代の子と自由に交友関係を結ぶことができなかったと、叔母であるサリシャから聞いたばかりだ。
そもそも彼は王族だから平民達が集う祭りそのものが珍しいだろうし、今後も目にする機会はないのかもしれない。
お願い、と子供のような仕草で手を合わせられ、メイベルはぐぅ、と唸った。
「ほんのちょっとの間だけだよ、すぐ帰るからね??」
「やった!」
喜んだレッドがすぐさま小さな紙に走り書きしたものを軽くたたんで風魔法でメイベルが元居た部屋の方へと飛ばした。一応サリシャに書置きをしておくことで完全なる無断外出ではない態を装ったつもりらしい。
それから、メイベルの周りにささっと認識阻害魔法を展開した。
「こうしておけば、あの時みたいに王女サマってバレないよ」
「あぁ~~……」
レッドの言うあの時とは、ケッタの街に入った際の出来事だ。
メイベル達が乗っていたのは目にするのも初めての翼のある馬に曳かせた馬車、しかもフェアノスティ王国の紋章を掲げた馬車である。
セドリックが持ち帰った皇王御璽の押された入国許可証を見せてもなお、検問担当の神殿兵の顔には怪しいという表情がありありと浮かんでいた。ケッタから首都ベーゼまでは通常なら二十日は優にかかる。その距離をセドリックは魔法で作られた馬で朝から夕方までの僅かな時間で往復してしまったのだから信じられないのも無理はない。入国許可証とともに一緒に持ち帰った大神殿の神官長のみが発行できる魔法署名入りの証明書があったからなんとか信じてもらえたようなものだった。
それでもなお訝しむ視線に、レッドと並んで馭者台に座っていたメイベルが居心地の悪さに身じろぎしていたその時、認識阻害魔法を切った状態の外套のフードが突風で外れてメイベルの顔が露わになってしまった。
先ほどまで胡乱気な視線を寄越していた神殿兵が、慌てる彼女の顔、その美しい薔薇色の瞳を見て目を瞠った。
「王女、殿下……?」
代々シャルティア皇王には多く妻がおり、それ故に王子王女も大勢いて、彼らすべての名前が公開されているわけではない。国民は、次期皇王と目される王子やいろいろ派手に社交を繰り広げる王女などの名は知っていても、そうではない王族は名前も顔も知らずにいる。ただ、その瞳が薔薇色であるのは、現皇王とその子供のみであることは知れ渡っていたので、その神殿兵は薔薇色の瞳をした年若い女性は即ち王女であると判断したのだ。
神殿兵の顔つきが変わったのを見たレッドは、好機とばかりに馭者台で天馬の手綱を引きながら口元に人差し指を持ってきて神殿兵に小声で話した。
「見ての通り、殿下はフェアノスティから、急ぎ首都ベーゼに戻る途中だ。
騒がず、通してくれるかな?」
事情を全部は話していないが嘘も言っていない。そんなレッドの言葉に、神殿兵は訳知り顔になって頷いた。
「はっ……どうぞ、お通りください!」
あれほど怪しんで通行を渋っていた神殿兵たちがあっさりと検問所を通過させてくれるのに、メイベルはほっとするよりも何とも言えない微妙な気分になったのだった。
その時は周囲にいた街の住人にはバレなかったものの、もし見られたりしていたら、それこそレッドのご尊顔に女性たちが色めき立つどころの騒ぎでは済まなかっただろう。
「やっぱ、散歩はやめといたほうが……」
「もう魔法かけてるから平気だよー、さぁ出発出発~」
そんなメイベルの躊躇をものともせず、レッドは彼女の手を引っ張って足取り軽く街中へと向かい歩き出した。




