【29】不機嫌の理由
「…………と、いうことがありました」
「なるほどな……」
宿場街ケッタの貴族用宿の一室で、メイベルは今日の出来事をサリシャに報告していた。
受け取り地点を出発後、本当にすぐ、天馬馬車は三人が待つ宿場街の国境まで戻ってきた。
国境検問所に並ぶ他の旅人や、検問官を務める神殿兵にじろじろ見られながら待っていると、夕刻近くになって入国許可が出て無事ケッタの街の中へ入ることが出来た。魔法の馬でベーゼを目指したセドリックが最速で往復して、王の親書と引き換えに特使の入国と天馬馬車のシャルティア内での使用許可の書状を持ち帰ってくれたからだ。
レッドへの復命を終えると、セドリックはそのまま魔法で作られた馬に乗ってフェアノスティの王都エリサールへと帰還していった。
街中に潜んでいた三人と合流しあらためて五名の特使一行となったメイベル達は、その日は街で一軒だけの貴族用の宿に部屋を取って休むことにしたのだが、合流してからも、宿に入って食事をしている席でも、レッドは黙ったままどこか難しい顔をしていた。その様子を訝しんだサリシャが、女性組の部屋でメイベルと二人になってから、出かけている間に何かあったのかと聞いてくれたのだ。
「なんか、怒らせるようなことしちゃったんでしょうか」
これといって身に覚えがないメイベルは首を捻るが、顛末を聞いたサリシャは何かわかったようで眉尻を下げて笑った。
「何とも幼稚な反応で申し訳ない。
あれはまだ、そういった機微がわからない子供なのだ」
「コドモ?」
あー、と言いながら眉間を揉むと、サリシャは困り顔で笑いながら手招いた。
引いた椅子にメイベルを座らせ、自分は櫛を手に彼女の背後に回ると、サリシャはメイベルの濃い茶の髪を梳かしながらぽつぽつと話し始めた。
「レッドは、私の姉の子供でね」
メイベルは、サリシャの第一声を脳内で徐々に変換させていく。
(レッドくんの、王弟の母の、妹……つまり王母様の、妹!?)
「サリシャさんも王族なんですか!?」
「あぁいや、違うぞ? 姉が王家に嫁いだだけで、私は平凡な侯爵家の娘だ」
ド平民感覚で見れば侯爵の娘は平凡ではないです、という意見はとりあえず飲み込んで、メイベルはサリシャに大人しく梳られながら彼女の次の言葉を待った。
「王子と王女が続けて誕生した後、数年おいて産まれたのがアルフレッドだ。
でも、産後の肥立ちが良くなくて……姉はレッドが三歳になる少し前に儚くなった。
姉が亡くなった後は、父である先王陛下と、あの子の兄と姉、他にも世話好きな縁者たちにこぞって構われてアルフレッドは大きくなったのだ。
身体が弱かったのもあり、自由に交友関係を結ばせてやることができなくて、家族以外で歳が近い子供は兄姉の乳兄弟であるヴィーゴくらいだったよ」
「それであんなに仲が良いんですね……」
敬語を使ったり正体をバラしてからは殿下と呼んだりしているが、ヴィーゴはレッドに対してわりと遠慮がないように見えた。その理由は王子王女の乳兄弟で幼い頃から接していたかららしい。
「メイベル殿は、魔法使いの運命の相手というのを聞いたことはあるか?」
「魔力の強い者は、魔力の相性がいい人同士じゃないと子供ができないっていう?」
「そうだ。
フェアノスティの王侯貴族はこぞって高魔力保持者だからな。
毎年、建国祭の宴で子供同士の魔力の相性を見る催しが開かれるんだ。
運命の、だなんていうとロマンチックに聞こえるのか、恋愛小説の題材にもされるが、子を残さねばならない王侯貴族には大事な問題だ。どの家も子を連れて王城の宴に参加する。
成長して少しずつだが体調が落ち着いてきたレッドも、七歳の時初めて参加することになった。
だが、我々は知らなかったのだ。その当時、密やかに流布していた、不敬な噂を……」
「噂……?」
サリシャは手を止め、持っていた櫛を脇の机にそっと置いた。
「魔力の相性というのは、要は魔力の受け渡しができるかどうかなんだ」
「…………え?」
魔力の受け渡しと聞いて、メイベルがサリシャを振り返る。昼間にレッドと交わした会話と、街道沿いで彼に初めて浄化魔法を使った時のあの感覚を思い出し、思わず膝の上に置いていた手をぎゅっと握りしめた。
「人の魔力はそれぞれ固有の魔力紋があるから、通常そのまま魔力移譲はできない。それは、血を分けた親兄弟であっても、だ。それは魔力持ちが多い王侯貴族なら皆知っていることだ。
だが……希少な黒髪の高魔力を持つ王子。そして、それまで健康だったのに彼を産んで数年も経たずに亡くなった王妃。
もしや、黒髪の王子は、自分を産んだ母の魔力を吸い取ったのでは? 母子なら、魔力の移譲が可能なこともあるのでは? そんな根も葉もない噂が囁かれていたらしい。
特に、魔力についての知識が乏しい子供たちの間ではまことしやかに伝わってしまっていたようでな。
初めて参加した建国祭の宴で、アルフレッドの前に連れてこられた一人の令嬢が、怯えて泣き出してしまったんだ」
「それは…………」
「涙の理由を聞き出したその子の親である貴族は青褪めて、言葉通り平身低頭に王家に謝罪した。
だが、噂はその子が流したわけではないからな。
王家としては彼女と彼女の家には厳しく訓告するにとどめ、噂は真実ではないこと、母子であっても魔力移譲が可能な確率はほぼ0に等しいという魔導師団長と王立学院魔法学科長からの連名の報告書を、広く王国内に知らしめた。
噂の出所も探してはみたが、まあ、はっきりとは分からなかったよ」
「すみません、私、さっき人同士の間で魔力の受け渡しができる可能性についても質問しちゃったから……レッドくん、それで怒ったのかもしれないです」
しゅんと項垂れてしまったメイベルに、サリシャはふふふと笑って、止めていた手を動かしメイベルの髪を編み始めた。
「気にしなくていいよ。私が見た限り、あの子は怒ってたってわけじゃなくて、拗ねてたんだと思うぞ」
「拗ねて……?」
「その一件以降、アルフレッドは同年代の子供たちとの交流はそれまで以上に興味を示さなくなった。十二になったときに王立学院にも入学したが、上手く馴染めなかったようだ。最初の一度きり以降、何度言っても、建国祭の宴にも参加していないし。
まあ本人的には無理に同年代の子供と付き合う必要はないとでも思ったのかもしれないがな。
だから、シャルティアに来てメイベル殿と知り合ってからのあの子を見ていて、とても驚いたんだ。歳が近い人とあれほど楽し気に喋るアルフレッドを、私は初めて見たよ」
「え……そこまで?」
「そこまで、なのだよ。
たぶんアルフレッドは、友人との付き合い方というものをうまく学べていないのだ。
親しくなった相手に軽い執着心を覚えることとか、それを出しすぎると逆に嫌われることとか。
幼い頃に小さな子同士で押したり引いたりして学ぶような、そんな人付き合いについての他愛もないことを、あの子は経験できていない。
セドリックがメイベル殿に近づこうとしたとき、せっかくできた友達を、彼に取られるような気がしたのだろうな。
今頃、ヴィーゴに事情を聴かれた上で、説教でもされてるんじゃないか?」
くつくつと笑うサリシャの指先が彼女の私物だと言う髪飾りを拾い上げるのを、メイベルは視線だけ動かして追っていた。
「メイベル殿は、アルフレッドが貴女を友人か、親しい人だと思ったら、嫌だろうか?」
「嫌も何も、実際そういう感じだと、思ってましたし。
……はっ、これって、レッドくんからはいいけど私から思うと不敬になります!?」
「はは、まさか。
今まで通り接してほしいと、あの子の口から言っていただろう?
アルフレッドは社交辞令はほぼ言わない。全部、本心だと思うぞ。
面倒臭いところも大いにあるだろうが、これからも、あの子と気兼ねなく話す、よき間柄でいてやってくれ」
はいできた、と背後から両肩を叩かれ、手鏡を渡された。
小さな鏡の中には、いつも洗いざらしで適当に流すだけの濃茶の髪を綺麗に編み込まれた上に、髪飾りまで付けられた自分が映っていた。
「わ、綺麗。ありがとうございます」
「このくらい、お安い御用だ。
うちの娘と違って動かずにじっとしていてくれるからやりやすい」
「娘さんがいらっしゃるんですね」
「ああ、もうすぐ四歳になる。
何か食べさせてないと、じっとしていてくれないんだ、これが」
「あははっ」
二人で笑った時、部屋の扉がノックされる音が聞こえた。
メイベルが扉を開けてみると、苦笑いのヴィーゴと彼と似たような表情のローゼス、それとヴィーゴに首根っこを掴まれたレッドが立っていた。
「ほら、レッド様」とヴィーゴに促され、レッドが黒い頭をぺこりと下げる。
「態度悪くて、ごめんなさいでした」
その姿に、メイベルとサリシャは顔を見合わせてぷっと噴き出すようにして笑ったのだった。




