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運命なんてお断り ~薔薇の瞳の魔道具師、虚弱体質の魔法使いを拾う  作者: 錫乃


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【28】無色透明な魔力



「アルフレッド王弟殿下、王立騎士団第一師団所属セドリック・ルーバー、ご用命の物資をお届けに上がりました」


鎧をまとった男性が跪く様はまさに騎士といった感じだ。

ヴィーゴも長剣使いの騎士らしいが、目の前の男性に比べるとかなり軽装なので、メイベルはここまで騎士らしい騎士を見るのは初めてだ。


「ご苦労様。しばらくぶりだね、セドリック。

こちら、僕の世界一可愛いくて愛してやまない婚約者のメイベル嬢……いてっ!」


どう見ても揶揄っている表情でそんな紹介をするレッドの脇にドスッと強めにチョップを入れてから、メイベルはセドリックににっこりと微笑んでお辞儀する。


「初めましてルーバー卿、婚約者“()”の、メイベルと申します」


レッドの性格も、今回の作戦の概要も知っているらしいセドリックは、苦笑しながら片手を鎧の胸当てに置き丁寧な礼を返してくれた。


「どうだった? 天馬の引く馬車の乗り心地は」

「風のように、とはまさにこのことかと。貴重な体験をさせていただきました」


顔見知りであるらしい騎士と会話するレッドの方へと天馬たちが鼻先を寄せ、彼の外套を食んで引っ張ったりしている。

懐かれてるなとメイベルは微笑ましく思っていたのだが、その時、急になにかに気付いたようにレッドの顔色が変わった。


「あっ……ヤバい……魔力食われてる」

「えぇっ、ちょっ……!?」


みるみる顔面蒼白になるレッドをメイベルが、天馬たちをセドリックが、それぞれ急いで引っ張って離した。


「大丈夫!?」

「あー……うん、結構食べられた……かも」


はは、とレッドは乾いた笑いを漏らした。

メイベルは状態を確かめようと額に冷や汗を浮かべた魔法使いの顔を覗き込んだ。妖精の道を開いたり先ほど地面の雪を解かしたりしたのもあり、魔力がだいぶ減っている。


「魔力を直接吸い取ったりできるものなの?」

「幻獣だとか呼ばれてる獣の中には、魔素そのものを糧にして生きている種もいるんだ。そういった獣は、他者の魔力を吸い取ることがあるんだよ。

彼らの性質は普通の獣よりも妖精たちに近い。人間よりもずっと魔力の何たるかを知っているのかもしれないね」


フェアノスティ王都から一気にここまで来たらしい天馬たちは身の内の魔力が減っていたために、目の前の高魔力保持者(レッド)から魔力を貰おうとしたらしい。

レッドが説明する横で、セドリックが急いで積み荷の中から彼らに与えるために用意した魔晶石を取り出すと、天馬たちは嬉しそうにそれを口にした。

魔晶石の一つを手に取り、レッドがメイベルに見せる。


「ほら、魔晶石はこんな風に無色なものでしょ?

魔法使いが作り出す魔晶石が透明なのは、作り手が自身の魔力紋を込めないよう純粋な魔力だけを分離してるからだ。そうやって作らないと、結晶化する前に魔力が霧散してしまうっていうのも魔力紋を込めない理由なんだけど。

魔力紋を取り除いた状態だから、魔晶石は作った本人以外にでも扱える。

結晶化した後の魔晶石が吸収するのも純粋な魔力だけだから、魔力を込める作業も誰にでも可能。

ってこの辺のことは、魔晶石を扱う魔道具師である君の方がよく知ってるか」

「魔晶石作る時に純粋な魔力だけ分離する、っていうのは知らなかったな」

「そうなの?」


レッドは小指の爪ほどの大きさの結晶を摘み、朝日にかざした。


「本来純粋な魔力はこうして無色透明なもの。

身の内に取り込まれた魔力は、取り込んだ者の固有の波動を持ち始める。それが魔力紋。魔力は生命力のようなものと言われることもあるけど、だとしたら魔力紋はその人が生きようとする意志そのものの現れなのかもしれないね」

「レッドくんもそれ食べれば魔力が回復する?」

「石を食べるのはちょーっと無理かなぁ。これから一応魔力は吸収できるけど、それじゃ全然足りないから、結局周囲に漂う魔素を循環させて回復した方が効率的なんだよ」


レッドは魔晶石を掌に載せ、天馬の一頭の鼻先に近づける。先ほど彼らに魔力を食われたばかりでふらついてる状態だというのに、魔晶石を食べる天馬を撫でる魔法使いの青い瞳は優しい。

ふと、自分と彼の間で起きた例の魔力移譲現象を思い出したメイベルは、浮かんだ疑問を口にする。


「人同士でも、魔力を吸い上げられたりできる場合って、あるの?」


一瞬、レッドの表情が強張った。


「普通は、出来ないよ」

「だよね……」

「出来ないし、出来たとしても、他人の魔力をそのまま受け取ったら、自分の中の魔力紋と干渉してしまうだろう。

だから、僕達人間よりも魔力の扱いに優れてる天馬たちも、他者の色に染まった魔力の中から純粋な魔力だけを吸い上げてるんだと思うよ。

魔力の受け渡しができて、かつ互いの魔力紋が干渉しない、そんな人に巡り合えることが出来たなら、それこそ運命ってやつだろうね」


魔晶石を食べる天馬をしばらく無言で撫でていたレッドが、いつもの笑顔になってメイベルの方を振り返る。


「ねえ知ってる? 無色でない魔晶石も存在するんだよ」

「え?」

「ほら、僕の耳についてるこれ、金色だろう?」


レッドが自分の耳に光る金色のピアスを指差す。ナザレとの連絡用に使っている、通信用魔道具だ。


「これ、金じゃなくて、金色の魔晶石なんだよ」

「ええっ?」


メイベルがレッドに近づき耳元のピアスをじっと見る。確かに、金属ではなく、金の台座に金色の小さな魔晶石が嵌っていた。


「ほんとだ……! 色のついた魔晶石なんて、初めて見た」

「さっきも言ったけど、普通は純粋な魔力だけにしないと結晶化できないから無色になるんだ。

これはナザレが作った魔晶石。

彼ら上位竜や、ごくごく稀に妖精達が作り出す魔晶石は、こんな風に固有の色を持ってるんだって。

ただ、有色の魔晶石は、守護契約を結んでいる相手とか、石を作り出した者が許した相手にしか扱えない。

これはナザレが僕用に作り出してくれたものだから、僕以外の者にはこのピアスは扱えないってわけ」

「なるほどねぇ……」


あんな風に少々乱暴な言葉で叱っていても、ナザレはなんのかんのと世話を焼いてレッドのことを心配して気にかけている。それこそ、山奥のローゼルムンドを訪ねては、体調を崩しやすいレッドのために薬草を持ち帰ってやるくらいに。


「さてと、天馬に食べられた魔力を回復しとかないと。

メイベル、魔素の浄化を頼めるかな?」

「わかった、ちょっと待っててね」


魔素を循環させて魔力の回復を行おうにも、シャルティアからそう離れていないこの場所だとどうしても澱みにも当たってしまうだろう。

念のために持ってきたローゼルムの精油を手に、メイベルはふぅっと魔力を乗せた息を吐く。


──巡れ、巡れ、大いなる流れを(しるべ)として

──目を覚ませ、光と風でその身を洗え


緑の歌の効果が、それによって顕現した魔力の粒が、冬の朝日にキラキラと輝きながらレッドが雪を解かした一帯に拡がっていく。やがて、街道の石畳の隙間や雪の薄くなった冬枯れの土にぽつぽつと草が芽吹き始めた。

周囲に舞う魔力の粒を天馬たちが食んで嬉しそうに嘶く。澄み渡っていく魔素にレッドは深くゆっくりと呼吸を繰り返しながら魔力を回復させ、セドリックは目の前に広がる幻想的な光景に目を瞠った。


──緑の季節(とき)来たれり


緑の歌の魔法が完成する頃には、青褪めていたレッドの顔色は普段に近い状態に戻っていた。


「ありがと、助かった」

「うん」

「春の女神だ……」


初めて見る浄化魔法に感動して放心状態のセドリックの口からそんな単語が零れ出て、「女神て……」とメイベルが小さくツッコミを入れた。

さきほどの天馬の馬車の感想もだが、なかなか詩的な言い回しをする騎士殿のようだ。


「感動しました、今のが浄化の魔法なのですね!」

「ええ、植物の成長も促しちゃうので、ここだけ一足先に春の草が芽吹いちゃいましたけど……」


感動冷めやらない様子のセドリックが、頬を染めてメイベルに近寄ってきた。


「騎士団で攻撃魔法は見慣れていますが、エルフの魔法は初めて見ました。

幻想的で、素晴らしい光景でした!」

「えっと、あの……」


そのままメイベルの手を取ろうとするセドリックだったが、横から割って入るように差し出された手に阻まれた。メイベルが見上げると、心なしか強張った表情の黒髪の魔法使いの横顔が見えた。


「レディに軽率に触れるものではないよ、セドリック。

それに、曲がりなりにも彼女は僕の婚約者だ」


近づいてきたセドリックの圧に引き気味だったメイベルだが、いつも飄々とマイペースな魔法使いの、いつになく固い声の方にもっと驚いた。

窘められたセドリックは、すぐさま片膝をついて謝罪してくれた。


「わたくしとしたことが、感動で我を忘れてしまい……

騎士にあるまじき軽率な振る舞い、大変失礼をいたしました!」

「あ、いえ、大丈夫ですよ。婚約者も嘘っこですし……」

「……セドリック」

「っ、はい、殿下」


謝罪を受け入れるメイベルを横目で見たレッドが、低い声で呼びかけると、セドリックがレッドの前に進んであらためて跪いて命令を待つ。

レッドはふいと横を向き魔法で半透明の馬を創り出した。


「こいつで予定通り首都ベーゼに先行して兄上からの親書を届けて。

天馬ほどじゃないけど、かなり速度が出るから振り落とされないようにね。

僕たちはシャルティアの国境の街ケッタで待機してるから、シャルティア皇王からの返書を持ち帰ってくれ」

「拝命いたしました」


魔法の馬でセドリックが雪の街道を北へ向けて駆け去っていくのを見送り、メイベルはレッドと並んで馭者台に登る。


「中に乗っていいよ」

「ううん、なんか豪華すぎて居心地悪そうだから、こっちでいいや」

「そう。じゃ、念のため中に人がいるように見せる幻影魔法をかけるね」

「うん……」


レッドが手綱を握って、天馬を走らせ始めた。少しづつ速度を上げて空中へと駆け上がると、蹄の音も車輪から伝わる振動もなくなる。飛ぶように景色が流れていくが、魔法で護られているのか風も感じない。


「すごい、早いね!」

「これはまだ常歩(なみあし)。急がせたらもっと早い」

「これならほんとに、一瞬で国境にも、その先の首都にも着いちゃいそう」

「そうだね」

「…………」

「…………」


それきりまた、会話が途切れてしまう。

メイベルはちらりと横を見る。レッドは前を向いたまま手綱を握って、メイベルの方は見ない。

彼はどちらかというとよくしゃべる方なのに言葉が少ない気がするし、なんとなくだがいつもより表情も乏しく感じる。


「レッドくん」

「なに?」

「なんか、不機嫌?」

「…………」


メイベルが窺うように尋ねてみると、怪訝そうに眉を寄せたレッドが彼女の方を向いた。


「僕、今、不機嫌なのかな?」

「いや、聞いてるのはこっちだよ?」

「…………んー」


唸って、また黙り込んでしまう。


「なに?」

「ん、なんかもやっとして……ごめん、なんだろう?」

「だから聞いてるのはこっちだってば」

「うーん、僕にもよくわかんない」


だからわからないのはこっちだとメイベルは言いたかったが、また何やら自分の考えの中に入り込んでしまった様子のレッドに、それ以上は聞けなかった。



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