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運命なんてお断り ~薔薇の瞳の魔道具師、虚弱体質の魔法使いを拾う  作者: 錫乃


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【25】彼女と彼の秘密(1)


「感動の再会、終わった?」


照れ笑いする二人に割り込む形で、レッドがメイベルの隣にぴったりくっついて水鏡を覗き込んできた。


『…………相変わらず空気を読まねーな、お前は』

「それはごめん。でも用があったから連絡してきたんでしょ?

こっちも報告があるし」

『……そうだな。

ならまず、そちらの状況から聞こうか』


レッドは今現在までのシャルティアの状況をざっと説明した。


『思った以上に狂化が早いな。急いでなんとかしないと……』

「何日か前に次の皇王を選ぶ儀式が行われて、しかもそれが失敗したって話だし、そのせいかも」

『こちらでもその情報は掴んでいる。

シャルティアの選定の儀は、次の王に相応しい者を指名する神託が下るまで何度でも繰り返し行われる。

それは別に珍しいことじゃないが、失敗したとなると話が違うな。

あと、まだ未確認な情報だが、儀式の際に本来なら余人には姿を見せないはずの妖精が皆の前に現れて、本物の後継者を連れて来いと言ったらしい』

「本物の、ね……それって、裏を返せば、今の皇王の子供は皆ニセモノだって言われたも同然じゃない?」

『だから大問題になってるようだ。

それで、あの“お伺い”が来たんだろうし』

「“お伺い”?」

『王立学院宛にシャルティアから非公式の問い合わせがあったんだよ。

正確に言うと、シャルティア在住の元留学生から表敬訪問の申し入れがきたんだ。

かつての恩師である黒髪の魔法使い、オブシディアン教授とお会いしたいっていう』

「黒髪の魔法使いって……」

『メイベルの母アシュリーのことで間違いない。

黒髪の魔法使いってだけでもうだいぶ限定されるし』

「黒髪って、珍しいの?」


メイベルの問いかけに、ナザレがこくりと頷く。


『一般的に黒に近い髪の者は、魔力量が多い。中でも真っ黒な髪はフェアノスティでもすごく珍しくて、王家でも数名しか生まれてないんだ』

「そう、なんだ……」


自分の瞳の色同様、母の髪の色も、村の中では唯一だった。

ただそれは村の中だからであって、それらの特徴が村の外でもそんなにも珍しいものだとは思っていなかった。

メイベルはあらためて自分の世界の狭さと常識の偏りを実感した。


『それに、アシュリーは学院教授時代はアシュリエン・オブシディアンと名乗っていたからな』


小首をかしげて「そうなの?」とレッドに尋ねられたが、メイベルは目を丸くしてふるふると首を横に振った。

初めて聞く家名だし、アシュリエンという名前も初耳だ。

ローゼスの方を見れば、メイベルの視線に黙って頷いていた。どうやら間違いないらしい。

ふむ、と小さく唸ってから、レッドはナザレに問いかける。


「問い合わせてきた元留学生って、誰?」

『バステル・マルタラと名乗っている。

王立学院に問い合わせたら確かに卒業した留学生に同じ名はあった。

シャルティアから公費留学が切られる前の最後の一人で、現在の地位はシャルト大神殿の中級神官らしい。

だが、彼が学院に入学してきた前年、アシュリーは学院を去っていて接点はないはずだ。

恩師云々は嘘だな』

「非公式な上に偽りの表敬訪問か、我が国もずいぶんと舐められたものだ」


うっすらと笑んだサリシャが、元々低めの声を怒気でさらに低くして呟く。目は全く笑っていないのがちょっと怖い。


「嘘までついて行方を探しているのは“本物の後継者”とやらに辿り着くため。

あくまで個人的な表敬訪問ということにして、大事になるのを避けているということか」

『儀式の失敗と中断。そして妖精の顕現。

シャルティアの上層部は混乱していることだろう。

それと、あともう一点。

その魔法使いの子供で、薔薇色の瞳を持つ者はいないか、ってのも、問い合わせてきている』


ナザレが付け加えた情報に、ローゼスは驚きに目を瞠り、メイベルの眉間には盛大に皺が寄った。

そしてそんなメイベルに、皆の視線が集中した。

この場にいる者は皆、本来の彼女の瞳が薔薇色であることを知っている。


『薔薇色の瞳は、シャルティア直系王族の、もっと言うと皇王の子供にのみ現れる特徴だ』


水鏡の向こうで竜王の冷静な声が告げる。


『メイベル、お前は、正統なるシャルティア皇王の血を引く娘だ。

神皇国の上層部と大神殿は、選定の儀をやり直すために、アシュリーと、その子供であるお前を探している』


薔薇色の瞳を持つのは皇王の子供だけ。

そして今このタイミングで、母と自分が探されていること。

それらの理由に見当がつく気はしたが、一方でそれが思い違いであってほしいとも思っていたのに。

なにより、メイベルにとっての家族は母とローゼスの二人だけであり、それ以外の者は他人だった。

生物学的に父親であるだけの人物は、メイベルの思う家族の枠組みからは一番遠い存在だ。


剣呑な色を含んだメイベルの視線が、魔法人形を捉えた。


「ローゼス、説明して」

「メイベル……」


以前、メイベルの父親のことも知っているとローゼスは言っていた。

なら、メイベルの瞳の色が薔薇色である経緯も、シャルティア側の意図も、知っているのではなかろうか。


「説明してよ、ローゼス」


簡潔な言葉で繰り返し問い詰めてくるメイベルに、ローゼスは目を伏せ俯いてしまう。


「貴方は私の父のことも知ってるって言ったでしょう?」

「それは……」

「ここまできて、どうして隠すの?」

「メイベル、私は……」

「知ってることがあるなら全部話してっ……」

「はいそこまで。」

「っ!?」


震える声でローゼスを問い詰めるメイベルの口を、後ろからレッドの手がやんわりと塞いだ。

メイベルが抗議の意を込めて後ろを仰ぎ見れば、魔法使いの凪いだ湖のような青が見下ろしていた。


「そんな怖い顔しないの。

彼が君の絶対的な味方であるのは疑いようがない。

今まで君に話さなかったのは、どうしても話せない事情があるからだろう。

気持ちはわかるけど、そんな風に責めるものじゃないよ。

大事な家族なんでしょ?」


もの言いたげに睨んでいたメイベルだったが、やがてふいっと視線を逸らした。

少し間を置いて腕の中の少女がこくりと頷いたの見て、レッドは緩い拘束を解いて彼女の両肩にそっと手を乗せた。

肩に乗せられた手の重みと、背中に感じる体温に、メイベルは不思議と昂った気持ちが落ち着いていくのを感じた。


「ごめん、ローゼス。でも私、本当のことが知りたい」

「メイベル……」


レッドの言う通り、別にローゼスを責めたかったわけではない。それに、メイベルが知らない真実を知っている者は、たぶんローゼス以外にもこの場にいる。それでも。


「どうして私の目は薔薇色なのか。

どうして母様は一人でローゼルムンドで私を育ててくれてたのか。

どうして、貴方がその理由を私に話せないのかも、他の誰かじゃなく、ローゼスから聞きたい」


いつも穏やかな表情を浮かべる魔法人形の顔が、悲しそうに歪む。


「申し訳、ありません」

「ローゼス……」

「必ず、必ず全部話しますから、今は……」


膝をつき苦しげな声で必死に詫びるローゼスに、メイベルの方が折れた。


「……わかった。今は、狂化しそうな妖精を浄化して澱みを何とかすることに集中しよう」

「……はい」


先ほどまでメイベルの口元を押さえていた魔法使いの青年の手が、今度はヨシヨシと頭を撫でてきた。


「…………何のつもり?」

「君は素直ないい子だねと思って」

「子ども扱いしないでよ、優男」

「ふふ」


その時、悪態をつきながらもある考えを思いついたメイベルは、自分の髪を撫でる手を跳ねのけることなく黙って受け入れていた。

撫でながら一旦言葉を切ったレッドの顔から、ふっと笑みが消える。


「それにしても、シャルティア側の反応は正直、面白くはないね。

国宛じゃなく王立学院宛に問い合わせて来るなんてさ。しかも非公式に」

『国交が完全に断えたってわけじゃないが、当代の皇王になってからそれに近い状況ではあるからな。

フェアノスティの魔法使いの産んだ子供が皇王の血を引いてるなんて、公にはしづらいんだろう』

「シャルティア国民があれだけフェアノスティを毛嫌いするように扇動しておいた挙句に、か」


レッドとナザレ、そしてサリシャの会話を聞き流しつつ黙って撫でられるままになっていたメイベルが、「あの」と小さく挙手する。


「思ったんだけど」

『どうした、メイベル』

「全く嬉しくはないし、なんならムカつくけど。

大神殿か、皇王周辺が黒髪の魔法使いの娘で、薔薇色の瞳をした子供を探してるんだよね?」

「そうみたいだね」

「だったら、この際それに乗じてしまえば、大手を振って神域の中に入れるんじゃない?」

「メイベル!? いけません!」


少女の提案にローゼスが彼女を護りたい一心で反対の声を上げ、水鏡に映ったナザレの顔も渋面になる。

彼らの反対があるのは見越していた。だが、自分の案を口にしているうちに、メイベルの中ではこれしかないという思いがますます強くなっていった。

メイベルは、この場にいる者の中では味方になってくれる可能性がありそうな魔法使いの顔をじっと見つめた。


「自分から名乗り出て神域内に乗り込んでく、ってこと?」

「そう。

失敗した儀式をもう一度行うために私が必要だから探されてるんでしょう?

そして儀式が開かれるのは、神域内の大神殿。

シャルティアの門がある場所も、もしかしなくてもそこなのよね?

だったら、私が名乗り出て、あわよくば儀式にも参加できたなら、それこそ最大限、白い妖精に近づける」

「んー。確かに」

『名案だ、と言いたいところだが……』

「正直、大変危険だと思うぞ、メイベル殿」


追加で反対意見を投じたのはサリシャだ。ヴィーゴは何も言わないままだが、彼女の意見に同調するように頷いている。


「権力への妄執に憑りつかれた者共は、考えられないほど残忍なことをする場合がある。

大神殿は儀式完遂のために貴女を探しているようだが、他の王族達は突然現れた貴女が次の皇王に選ばれるのは是が非でも阻止したいだろう。

それこそ、どんな手を使ってでも、排除にかかってくるはずだ」

「私だって、できれば関わり合いになんてなりたくないし、彼らに存在を知られるのも嫌です。

でも、今の状況では私が名乗り出ていくことが、最速で、一番確実に、シャルティアの門と白い妖精に近づける方法だと思います」

「そうかもしれないが……」


自分の味方はいなさそうだと感じながらも、引き下がるわけにはいかない。

神域の方から迫ってくる、溢れ出そうとする魔素の澱みと、変貌しつつある妖精の気配。

限界は、たぶんすぐそこまで来ている。


「お願い。

一刻も早く、白い妖精の所に行って魔素の澱みを消し去りたいの」


メイベルはローゼスと水鏡の向こうの銀髪の少年、そして自分の背後に寄り添うように立つ魔法使いとその仲間達を順に見つめる。

沈黙が続き、メイベルが駄目かもと思い始めた時────


「じゃあみんなで行こうか」


場違いなほど明るい声で、レッドが答えた。


「皆……で?」

「そ、皆で。

その方がいいと思わない? ナザレ」


満面の笑みを浮かべた魔法使いに、竜王様が渋面で唸る。


『ものすごく気は進まんが、やっぱりそれが一番確実で手っ取り早いか……』

「だよね」


メイベルの後ろに立つレッドが、彼女の顔を横から覗き込んでニッと笑う。


「案外大胆な手を思いつくね、君」

「無謀……かな?」

「いーや、君が言わなかったら、僕から提案するつもりだったよ」

「そう、なの?」

「うん。

僕が瞳の色を変えて乗り込むってのも考えたけど……」


レッドが自分の目元を指先でとんとんと叩くと、途端に彼の青い双眸が鮮やかな薔薇色に変わる。


「僕が行ったとしても、澱みの浄化はできないからね」

「そうだよね……」


最終目標はあくまで、白い妖精を見つけることではなく、浄化することなのだ。

浄化の魔法が使えるメイベルが行かなければ、それは叶わない。


『ただ、当然だが、単に名乗り出るだけじゃ危険だ。

突然出てきた皇王の庶子を、王族として遇してくれるか、疑問だしな。

下手したら、儀式に参加する前に消される』

「うわ……」

「そうさせないためにも、皆で行くんだよ。

忌み嫌うフェアノスティ宛に、非公式とはいえ問い合わせをしてくるくらい、シャルティア側は切羽詰まってる。

でも、それでもまだ内々に“お伺い”を立ててくるくらい、大事(おおごと)にしたくはないようだから……」

『だったら、こっちから大事(おおごと)にしてやればいい』

「え?」

「そういうこと。」

「どういうこと……??」


交わされる会話に意図が掴めないメイベルは、疑問符まみれだ。


「じゃあその前に、()を元に戻しておこうか。いい?」


どこまでもマイペースな魔法使いが、いつもの口調でメイベルに問うてくる。

少し困惑しながらもひとまず今彼が言わんとしているところだけは理解して頷くと、レッドは悪戯を思いついたようなとびきりの笑みを浮かべた。

そして、彼女の身体をくるんと回して向かい合わせになると、そのまま腕を回して抱き寄せた。


「ちょ、レッドくん!?」

「君の秘密だけ暴いちゃったら、不公平だからね」

「えっ?」


すぐさま耳元で小さく呪文の旋律が聞こえ、足元に二人の周りを囲う光る環が出現した。


「“解除”」


解除魔法の詠唱が完成し、光の環が二人の周囲を下から上へと昇りながら抜けて行った。

思わず目を瞑っていたメイベルが、魔法使いに促されてゆっくりと瞼を押し上げる。

色変えの魔法薬の効果が消えて菫色だったメイベルの瞳が本来の薔薇色に戻り、そして──────


「レッドくん……髪が……」


間近で見上げた魔法使いの真っ赤な髪色が、本来の色、鋼の光沢を持つ黒髪へと変わっていた。


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