【24】ナーくん
今回少し短いです。
金色の目を細めて、水面に映し出された少年が笑う。
『元気そうで安心した。ローゼスも大丈夫か?』
「うん、なんとか」
『無事にレッド達と合流できたみたいでよかったよ』
微笑み合う二人の様子を見たレッドが文句を言った。
「ちょっと、ナザレ。なんか僕とメイベルで、扱いが違いすぎない?」
『雛の頃から見守ってんだ、俺にとっちゃ孫みたいなもんなの』
「え、孫……?」
「そういう理屈なら僕も見守られてきた雛なんじゃないの?」
『雛はある程度は意思疎通出来るもんだろ?
お前は割れやすくて危うい存在のくせに好き勝手転がり回って手に負えない卵だ』
「ナザレから見た僕の評価が酷すぎる……」
レッドがそう呼んで、メイベルは久しぶりに銀髪の少年の本当の名がナザレだというのを思い出した。メイベル自身は幼い頃からの習慣でずっとナーくん呼びで通していて、本名で呼んだことがなかったけれど。
『シャルティアの門が不安定になるにつれ魔獣の被害が出るだろうから、お前たちの安全のためにもレッド達の存在は助けになる。
同時に、メイベルが傍にいればレッドの方も澱みに当てられずに動けるだろうと思ったんだ。
お前たちはシャルティアに向かうと思うからもしも何かあれば助力を頼むって、アシュリーからも手紙で頼まれてたからな』
「母様が?」
『ああ』
「そうだったんだ……」
アシュリーからの頼みもあり、互いが互いの助けになるようにと、レッド一行がフェアノスティを発つ前にメイベル達のことを伝えておいてくれたらしい。
「今までのところ、我々がお役に立てているかといえば微妙ですよ、ナザレ様。
どちらかというとメイベル殿に一方的にお世話になっております」
コレが、とサリシャがぶすくれたレッドを指差しながら言うと、ナザレは「なるほどな」と笑った。
『まあ、ひとまず皆が無事ならそれが何よりだ。
本当は俺がそっちに向かえたら良かったんだが、今はフェアノスティの大門を離れられなくてな』
すまん、と少年らしからぬ仕草で詫びるナザレに、サリシャと、傍に控えたヴィーゴも恭しく一礼した。
少年に対してえらく畏まった様子の二人を見たメイベルは、あらためて尋ねてみる。
「ねぇ、ほんとに、ナーくんって何者なの?」
「えっ!?」
メイベルの言葉に即座に反応したのはヴィーゴだ。
「メイベル嬢、まさかナザレ様のこと、御存じない??」
「母の、古い知人だとしか……」
「魔法使いだという御母上か?」
「……はい」
サリシャも驚いたように目を瞠り、フェアノスティの二人の視線がレッドの方に向かう。
説明しろということだと解釈し、レッドがメイベルに尋ねた。
「あの人の名前がナザレだっていうのは、知ってたんでしょ?」
「うん……」
「さて問題です。ナザレっていう名前で一番最初に思い浮かべるのはなーんだ?」
「えっ、と……?」
急な質問に、メイベルは考える。
ナザレといえば、フェアノスティの子供なら絵本で一度は読んだことがある有名な存在がある。
この世の始まりの頃、混乱する世界を鎮めるために妖精王に付き従って舞い降りたという、銀色の鱗を持つ竜。
「竜王ナザレ?」
「はい、正解。」
「うん……………………うん?」
「だからそのナザレで正解だよ。
このじじいはほんとに人外のじじいなんだ。
原初の頃にこの世界に降り立ち、フェアノスティの大門の番人になった竜の中の竜」
「竜王、様……?」
レッドに大きく頷かれ、ちら、と目だけ動かして水鏡を覗き込めば、そこに映し出された少年も『おうよ』と胸を張って頷いている。
「…………嘘っ!」
『「ほんと。」』
水鏡のこちらとあちらにいるレッドとナザレの声がハモった。
二人から同時に肯定はされたが、すぐには理解が追い付かないメイベルは「えっ? は? ウソ?」としばしパニックに陥った。
「ナザレって名前知ってたのに、なんで結びつかなかったのさ?」
「竜王様にちなんでつけた名前だとばっかり思ってて……まさかご本人とは思わないでしょ!?
それに、鱗もないし、にょろっともしてないし」
『にょろっとて……お前ん中の竜のイメージおかしくないか?』
ナザレに苦笑いされるも、メイベルの混乱はまだ収まらない。
「本来の姿になったのは僕も見たことないな。わりと自由に姿は変えられるらしいから。
普段からこの姿でフェアノスティの王城内をうろうろしてるし、鱗を変化させた分身体を作り出して王国中に出没させてるらしいけどそれだって同じコドモの姿だ。
とにかく、間違いなく竜王サマご本人だよ」
レッドから重ねて説明されて。
水鏡のナザレと、サリシャとヴィーゴの二人にも、うんうんと肯定されて。
さらには助けを求めるように見たローゼスも笑顔で頷いていて。
ようやく、メイベルも“ナーくん=竜王”という事実をなんとか呑み込めた。
「ナーくんが、竜王様……」
『別に隠してたわけじゃないけどな。
俺様が竜王だー、とか宣言するようなもんでもないだろう?
少し長く生きて、この世界を見てるだけだよ』
メイベルが幼い頃に同じ質問をした時も、そんな答えが返ってきた気がした。
その時、いずれわかる、と言われたようにも思う。
『アシュリーは、長く長く生きた俺にとって、数少ない大事な友人の一人だ。
その娘であるメイベルも、大事な存在なんだ。今まで通り、母親の友人として扱ってくれたら嬉しい』
礼を言おうと口を開きかけたメイベルは、何と呼びかけたものかと躊躇した。
銀髪金眼のこの少年は、ふらりと訪れる母の友人知人の中でも、特にメイベルを気にかけてくれていた。
それに長年ずっと呼んできた呼び方は、もとは竜王様本人がそう呼んでいいとメイベルだけに許してくれた愛称だ。今更改めてしまうのは、やっぱり違う気がした。
「ありがとう…………ナーくん」
いつもの愛称で呼ばれた竜王様は、水鏡の向こうで嬉しそうに目を細めて『どういたしまして』と微笑んだのだった。




