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視野

 赤川の視点が私の脳裏に写される。


 他の『目』が見ている光景と並行して、今赤川が何を見ているのかが見える。授業が始まりそうなのでスマホをしまい、教科書を出す。先生の声は聞こえないけど、授業の光景は赤川の視点からわかる。


 そして時折机の中のスマホに視線を送り、送られてくるメッセージを見ていた。内容はどうと言うこともない。『先生うざい』『授業わかんない』『終わったらどこに行こうか』……そんな内容だ。送られることもあるし、赤川が何かを送る時もある。


 なんでわかるんだろうと疑問に思った瞬間に、脳裏に赤川と保健室に襲われた時の映像がフラッシュバックした。腕に映えた目と、赤川の目が合ったあの瞬間だ。


 なんだこれと驚く赤川の目と腕の目が合う。腕の目は赤川の目を捕らえ、そしてそこから何かを奪っていく。目に見えない何かを奪っているのが《《見えた》》。自分でも説明できないけど、そうだということは感覚的にわかった。


 私は、赤川・聡子の視界を奪ったのだ。今現在赤川が見ているものを、この目で見ることができる。なんでなのかはわからないけど、それを感覚的に理解する。理由なんてわからないけど、間違いないと断言できる。


 視点は現在の赤川に戻り、授業もそぞらに視線はスマホに向いている。授業2割スマホ8割。先生に気づかれないようにしながら、グループの会話を行っていた。


 …………。



 赤川『古文うざい。キムラうざい』


 緑谷『古文マジだるい』


 柴野『だりー』


 桃井『(同意、って感じのスタンプ)』


 赤川『古文なんか何の役にも立たないのに何で教えるんだろ? 死ねばいいのに』


 緑谷『ほんそれ』


 柴野『それ』


 桃井『(うんうん、って感じのスタンプ)』


 赤川『こんなんでもテストやんないといけないからメンディ。憂さ晴らししないとやってらんない』


 緑谷『終わったらオケる?』


 柴野『ごめん今日バイト』


 桃井『(残念、って感じのスタンプ)』


 赤川『センパイにかまってもらうわー』


 緑谷『りょ。春香と二人で行くわ』


 桃井『(うんうん、って感じのスタンプ)』



 …………。



 どうでもいいとりとめのない会話。赤川が話題を振って、他の三人がそれに相槌を打つ。緑谷が積極的に返し、柴野と桃井がそれに続ける。そんな会話パターンだ。自分をいじめてくる四人の動きと、同じだ。赤川が先行して緑谷が合わせる。一歩遅れて二人が乗ってくる。四人一緒の場合、主導は赤川だ。



 …………。



 緑谷『あ、憂さ晴らしなら白石やっちゃう?』



 …………。



 突然出てきた自分の名前に驚く私。やっちゃう、という抽象的な単語だけど私をどうしたいかは容易に想像できる。日常的な会話の流れから、いきなり私を攻撃する流れになるなんて。


 だけど彼女達からすれば、驚くことのない会話の流れなのだろう。彼女たちからすれば、私を攻撃することは日常的なのだ。その証拠に、会話の流れは止まらない。流れるメッセージのタイミングや内容に気まずい雰囲気などまるで感じられない。



 …………。



 柴野『いいんじゃね? バイト行く前に憂さばらすわ』


 桃井『(私も、って感じのスタンプ)』


 緑谷『そう言えばサトコ、さっきはどうだったの? 保健室に逃げた白石。パイセンに抱えられてたんでしょ? シメた?』


 赤川『逃げられた』


 緑谷『逃げられた?』


 赤川『ベッドに寝てるところ引きずり落したけど、気付いたらにげられてた。あいつマジ許せん。明日は倍返ししてやる』


 緑谷『今日はやらない?』


 赤川『パス。なんかそんな気分じゃない。センパイに慰めてもらう』



 …………。



 私をどうこうする話はそれで終わりになった。赤川の中では保健室での騒動は『取っ組み合った後、私が逃げた』と言うことになっている。確かに私はあの場から逃げたから、それは嘘ではない。


 でもその原因は、私の腕に生まれた目を見たからだ。非常識な光景を見て驚いたのか、そのまま昏倒したのである。パニックを起こした私はそのまま逃げたが、その後赤川は騒いだりしなかったのだろうか? もしかしたら、私の目を見たことを覚えていないのだろうか?


 指の動きから、嘘やごまかしをした様子はない。迷いなく『ベッドに寝てるところ引きずり落したけど、気付いたらにげられてた』とフリックしていた。恐怖に怯える様子はなく、逃げた私に対する怒りを感じる。


「あの時の事を、覚えていない……?」


 なんで覚えてないのだろうと考えたけど、冷静になれば私の腕に目が生えたなんて光景を信じられるはずがない。それを見たショックで気を失い、それを夢だと思い込んだのだろう。私だっていまだに現状をまともに受け入れられない。


 上に生えた無数の目。そしてなぜか見える赤川の視界。だけどこれは現実なのだ。それを示すように、赤川の視界が移り変わる。正確には赤川が見るスマホの画面が切り替わった。


 赤川が見るスマホの画面がグループチャットからホーム画面に変わる。『センパイ』と名付けられたフォルダーをタップする。その中には『紺野センパイ』『蘇芳センパイ』『桜坂センパイ』の三つの人物があった。


 センパイ。その単語に私は息をのむ。赤川が私をいじめるようになった原因。三人の名前を見ても、誰の事だか分らない。この中の誰かなんだろうけど……。


 赤川の指は三つの人物のどれを選ぶか迷い、『紺野センパイ』をタップする。



 …………。



 赤川『紺野センパイ! 今日遊びません?』


 紺野『あ、ごめん。今日は生徒会があって』


 赤川『ぶーぶー。でもしょうがないですよね。また今度よろしくお願いします♡』


 赤川『(投げキッスのスタンプ)』



 …………。



  続いて『蘇芳センパイ』をタップした。



 …………。



 赤川『蘇芳センパイ! 今日どうです? この前の続き、シません♡』


 蘇芳『マ? 部活終わってからになるから6時ぐらいでいい?』


 赤川『(花丸、って感じのスタンプ)』


 赤川『(投げキッスのスタンプ)』



 …………。



 そして『桜坂センパイ』をタップする。



 …………。



 赤川『桜坂センパイ! 授業終わって5時半まで暇なんです。アソビませんか♡』


 桜坂『(イイネ、って感じのスタンプ)』


 桜坂『授業サボろうぜ。今日は茶道部誰も来ないし』


 赤川『きゃー。センパイ積極的。ワルい所も憧れる♡』


 桜坂『五限目終わったら待ってるぜ。和室でたっぷり楽しもう』


 赤川『(赤面しているスタンプ)』



 …………。



「三股……」


 呆れたように私は乾いた笑いを浮かべる。三人のうちの誰かだと思っていたら、まさか三人共とは。これから何をするのか、どういう仲なのか。それが会話内で赤裸々に描かれている。


 軽いカルチャーショックだ。私からすれば赤川は突発的に私をいじめる怖い人間でしかない。虐めの時やグループ会話でもそれは垣間見える。私をいじめて憂さを晴らす、そんな女。


 そして『センパイ』の前ではカワイイ女になる。可愛らしく誘い、そして体を許しているような感じさえある。二面性。表と裏。センパイからすれば、可愛い彼女なのだろう。三股かけられているということを知っているかはわからないけど。


「三股とか……センパイにバレたらどうするんだろう? 多分センパイ達は知らないんだろうなぁ」


 そこまで考えて、どうでもいいとばかりに力を抜く。脳の処理が限界に達したのか、眩暈がしてきた。


 複数の目が生まれ、そして他人の視点が見えるようになった。こんなわけのわからない状況になったのだ。もう、どうしていいのかわからない。いっそ死んじゃおうか、なんて軽い気持ちで命を捨てそうになる。それぐらいどうでもよくなってきた。


 倦怠感に身をゆだねて、力を抜く。もしかしたら、目が覚めたら全部夢で腕は普通に戻っているんだと信じて。そうだったらいいのにな。きっとそうだ。そう思うと、少しだけ気が楽になる。


 そんなわけはない。私は耐えるしかない人生しかないんだ。なんてことはわかっているけど――


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