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家族の目

 停学処分を受けた赤川は家に……は戻ることはなかった。



 ……………。



ママ『先生から貴方が停学処分と聞いたけどどういうことなの?』


ママ『学校内で不健全性的行為を行ったって聞いたけど?』


ママ『ねえ、どういうことなの? 本当なの?』


ママ『イジメがどうとかも先生から聞いたけど』


ママ『貴方、学校で何してたの?』


ママ『詳しいことを話してちょうだい』


ママ『お母さんと話し合いましょう』


ママ『今どこにいるの?』



 …………。



 赤川のスマホに届く母親からのメッセージ。赤川の停学を知り、話し合おうというメッセージ。


 赤川はそのメッセージが来た通知だけを見て、見ることはない。断続的に届くメッセージに嫌気がさして、最終的に母親をブロックする。


「うるさいうるさいうるさいうるさい」


 スマホを握り締めて、ぶつぶつとつぶやく赤川。家に帰れば母親と顔を合わせることになる。そうなれば何がどうなったかを問いただされるだろう。優秀な人間であれと毎日言ってくる母親が真実を知れば、なんというか。


「アタシは何も悪くない。アタシは何も悪くない」


 家には帰れない。帰れば叱られる。できの悪い姉。頭の悪い娘。そう常日頃から行っている母親。父を無能と罵り、有名校に入学できた妹と自分を比較する母親。顔を見るだけでもイラついてくるのに。


「ふざけるな。なんでこうなったのよ。アタシ悪いこと何もしてないのに」


 言いながら夜の街を彷徨う赤川。


 友人は頼れない。今朝大喧嘩したからだ。こっちから頭下げるなんてできるはずがない。


 センパイには見捨てられた。泊めて、ってメッセージを送っても冷たく断られた。『ふざけるな』『誰のせいでこうなったと思ってる?』『お前のせいでめちゃくちゃだ』……その後ブロックされたのか、反応がない。


「アタシがなにしたっていうのよ! フツーにやってただけじゃん!」


 そうだ。アタシは何も悪くない。むしろ一生懸命頑張った。トモダチがお金が足りない時には出してあげて、そのお礼にいろいろしてもらった。センパイに近づくムカつくやつを一緒に叩こうと言った時は、嬉々としてたくせに。


 センパイだってそうだ。いい思いをさせてあげたのに。いい夢見せてあげたのに。なんでそんな簡単に手の平を返すのよ。アタシみたいないい女を好きにできたんだから。他の男に気移りするぐらい許せ。


 アタシは悪くない。悪いのはアタシを悪いという周りだ。アタシが一番なんだから、皆アタシに合わせろ。それが赤川という人間だ。自己中心的な部分が突出し、それを当然だと思っている。


 それを諫める人間がいれば、やりすぎなのだと反省することができた。例えば親。例えば友人。例えば付き合っている彼。だけど赤川にはそう言ってくれる人がいなかった。父親は家庭の事情で逢えず、母親とはコミュニケーションが取れず、苦言を呈する友人や彼は斬って捨てた。自分の都合のいい相手以外は要らなかった。


「もう。パパ早く返事ちょうだいよ」


 イライラしながらスマホを見る赤川。数時間前に父親に送ったメッセージ。『ごめん、今日泊めて』というメッセージに返信はない。既読すらついていない。だけど父親はこれを見て、反応してくれるはずだ。


 パパは優しい。家の都合で一か月に一回しか会えなくなったけど、自分に優しくしてくれる。お金だってくれるし、勉強しろなんて言ってこない。自由に生きろって言ってくれる優しいパパ。だから受け入れてくれる。


 パパのところには玲子がいる。妹。もう何年も顔は見ていないけど、きっとあの時みたいに慕ってくれる。そうよ、私は尊敬される存在。まだ幼い妹の相談に乗ってあげないと。頼られる姉なんだから。


 スマホの通知音が鳴る。妹の玲子からだ。



 …………。



玲子『お姉ちゃん、学校でイジメしてたってママから聞いた』


玲子『もう話しかけないで』



 …………。



「……は?」


 送られてきた文章に頭の中が真っ白になる赤川。イジメ? 何のこと? 確か玲子が学校でイジメられてたって話は聞いたけど。



 …………。



聡子『待って、玲子。イジメなんてしてないから』



 …………。



 この時赤川は、心の底から自分はイジメをしていないと思っていた。白石にしたことなど、赤川からすれば当然の報いでむしろ教育のつもりだ。イジメなんてしていない。加害者はその行為をイジメなんて思わないだけだ。



 …………。



聡子『ねえ、誤解してる? ママからへんなこと教えられたの?』


聡子『ママがウソ言ってるだけだから。ママとお姉ちゃんとどっちを信じるの?』


聡子『ねえ返事して。お姉ちゃんの言うこと聞いて』


聡子『ねえ。玲子返事して』


聡子『玲子、返事して』


聡子『返事しなさい。話を聞け』


聡子『妹なんだから私の言うこと聞け』


聡子『聞けよ。お姉ちゃんの言うこと聞け』


聡子『おい』



 …………。



 何度も何度もメッセージを送るけど、返信はない。ブロックされているのか、既読すらつかない。赤川が送るメッセージも、焦りと苛立ちで乱暴なものになっていく。


「あのババア! イジメとか、なんでそんなウソ教えたのよ!」


 玲子のメッセージは、ママから教えてもらったと書いてある。そう言えばそんなメッセージもあった気がする。気にも留めなかったけど。


「センパイとの関係で先生から言われた流れで、センセイがそんなウソ流したってこと!? サイテー!」


 赤川の立場からすれば、今問題になっているのはセンパイとの関係がばれて停学になったことだ。身に覚えのない(と赤川は思っている)イジメはそのついでで流されたウソでしかない。先生なのにウソつくなんて最低だ。


 憤る赤川。イジメに関しては自業自得だが、この流れでイジメ問題が表に出たことを疑問視するのは正しい。何故このタイミングで? まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()家族に伝わったのだ。


 学校でイジメられていた玲子はそれを聞いてショックを受けた。自分の家族がだれかをイジメている。人をイジメる姉。そんな姉と話したくない。そう思って当然だ。


「アタシ、悪くない! なんでこうなるのよ!」


 自分は何も悪くない。なのにどうしてみんなから見捨てられるの? なんでアタシを崇めないの? なんでアタシを愛さないの? なんでアタシを尊敬しないの? アタシはそうあるべき人間でそうあるように努力したのに。


「パパ……! パパはアタシを見捨てないよね? 返事ちょうだい……!」


 父親からの返事はない。送ったメッセージは未だ未読だ。気付いてパパ、アタシからのSOSに。パパは絶対にアタシを見捨てない。パパはアタシを愛してくれる。パパは――


 スマホの通知音が鳴る。父親からだ。


 …………。



パパ『話は全部聞いたよ。ママからも、玲子からも』


聡子『全部ウソだから』


聡子『ママが言うことも、先生が言うことも、玲子が言うことも全部ウソ』


聡子『アタシはそんなことしていないの。緑谷も柴野も桃井もウソつき。先生もウソつき。センパイ達もウソつき』


聡子『ママも玲子もウソつきに騙されてるの。全部全部ウソで、アタシは愛されないといけないのに誰かが邪魔するの』



 …………。



 赤川は謝らない。全部ウソだって心の底から思っている。自分は悪くない。全部ウソツキが悪いから。パパはアタシの事を信じてくれるよね。パパはアタシを愛してくれるよね。そう思いながら、メッセージを打ち込んでいく。


 そんな勢いを遮るように、父親から新たなメッセージが送られてきた。



 …………。



パパ『先ずみんなに謝ろう、聡子。パパも一緒に頭を下げるから』



 …………。



 白石(わたし)はパパのアカウントには何もしていない。これは赤川の父親の、心の底からの言葉だ。


 ママや聡子から話を聞き、先生からも話を聞いた。謝罪することなく停学となった自分の娘。話を聞いても反省している様子はない。どうあれ先ず非を認めないと前には進めないと判断したのだろう。


 赤川はそのメッセージを見て……無言で父親のアカウントをブロックした。


「謝る? なんでそんなことしないといけないのよ」


 アタシの言うとおりにならないパパなんていらない。アタシに頭を下げさせるパパなんていらない。アタシを癒してくれないなら、パパなんていらない。


「ムカツクムカツクムカツク……そうよ、センパイの事がばれたのもあいつが喋ったからだ。イジメのことを誰かに行ったのもあいつね。アタシは間違ったことを教えたつもりだったのに、イジメって解釈して先生にウソ(チク)ったんだ」


 白石瞳あいつ。アタシと三人のセンパイとの関係を知ってるのは白石しかいない。あいつがばらしたんだ。イジメってウソ言ったのもあいつに違いない。


 自分勝手な推理。根拠も何もないただの八つ当たり。むしろムカつくから怒りの矛先をイジメていた相手に向ける粗暴な考え。


 皮肉なことに、それは間違ってなかった。ここまでの流れは、全部白石瞳が誘導したこと。周りの人間のスマホアカウントを少し操作し、人間関係を崩壊させたのは白石だ。


「あいつ、ぶっ殺す。絶対許さないんだから」


 カバンの中にカッターナイフがあることを確認し、赤川は白石をスマホで呼び出した。いまだに白石が自分の掌の上にいると信じて。


 ――自分こそが私の手のひらの上なのだと、未だに理解できずに。


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