表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

全てが代わる時

作者: リスト


皮膚に食い込むほどに縛られた腕。


声をあげることも許さないと、結ばれた轡の端からダラリと涎が垂れる。


自慢だった長い銀髪は切られざんばらとなり。


こちらを見る人々の憎憎しげな瞳、投げられる大小様々な石が体に当たる。


怒れる人々の奥、この場には不似合いな程豪奢な椅子に座るのは、この国の王太子であり数ヶ月後には王となる人とその伴侶。


私の元婚約者と元義妹の姿。



…体と心が軋む。


痛い、痛い、痛い、、、



どうしてこんなことになったの?


私が何をしたの?


私が義妹を虐げた?婚約者がいながら不貞を働いたと?

敵国との繋がりがバレたからと、激昂して国王陛下と王妃殿下を弑し奉ったと?

そのどれにも覚えなんて無い。


義妹とはほとんど会話したことなんてない。

母が亡くなってからは、父は後妻として連れて来た義母と私と歳の変わらない義妹の3人で本邸で暮らし、私は別邸で1人で暮らしていた。

体裁を気にして学園には通わせてもらったけど、義妹とはクラスも違えば接点もない。

なのに、いつの間にか周囲では私が義妹を虐げている事になっていた。



元婚約者とは幼い頃に婚約が決まった。

時折顔を合わせるものの、特に会話もなく、こちらから話題を振っても邪険にしてくるような方だった。

「必要な時以外話しかけるな」と言われたので、学園でも近づかず皆と一緒に遠巻きに見ているだけでした。


なのに、義妹を虐げているという噂と共に聞こえて来たのが私が不貞を働いているというもの。

なんでも、夜会に出る度に男性に声をかけて回っているとか、学園で婚約者でもない男性にしなだれかかっていたなどというもの。

まったく身に覚えのない事だし、夜会には義妹ばかりが出ており、私は出ていない。

父に我が家の令嬢は義妹一人だけだからお前は出る必要はない、と言われたのだ。

父にとって私は、もう居ないものとなっているのかもしれない…。

私にとって肉親と言えるのは亡くなった母だけになってしまったようだ。



敵国との繋がりも、お2人を弑逆した覚えもあるはずがない。

そもそも、私が陛下のおわす王宮に誰にも気付かれず侵入するなんて不可能だわ。

なのにどうして…



ぼやける視界には変わらず私を断罪する人々がうつる。


『国家の敵を殺せ!!』

『この売国奴が!』


私は、そんなものではないのに…。



石が当たった場所から血が流れていく。

どんどん足先から感覚が無くなっていく。

ああ、私はもう終わりなのでしょうか。

まだ、やりたいこと、一つもしてないのに…。


意識が暗闇に巻かれる瞬間、どこからか鈴のような音が聞こえた気がした…。






ミリアム・グランティーノ元公爵令嬢が痛みと出血により気を失ってすぐの事。

遥か天上よりリーンという鈴の音が聞こえ、民衆の注意は空へと逸れた。


光差す雲間から現れたのは光り輝く黄金の馬車と、それを引く赤き龍。


この国、アザランシア王国の起源に纏わる伝承のものと一致していた。


人々は貴賎なく、その光景に目を奪われ動きを止める。


龍はゆっくりと地上に向けて進み、やがてミリアムを囲むようにその身を横たえ馬車を降ろした。


皆が息を呑み様子を見守る中、馬車の扉が静かに開き、そこからは一人の女性が現れた。


床につきそうなほど長い銀髪をした、輝くばかりの美貌の持ち主。

その絶世の美女は、どこかミリアムに似た風貌をしていた。


見惚れる人々に彼女は言った。



「代替わりの時である。我が子孫と伴侶に会いに来た……だが、これはどういう事だ?」


言いながら彼女はミリアムを見つめ、手を振る。

すると、ミリアムを拘束していた全てが外れ、ミリアムの体は美女の腕の中におさまった。

あきらかに人為的に作られたであろう傷跡が生々しい。


「…この国は、妾の子孫を殺そうとしたと。そういう事か?」


美女の瞳が怒りに歪み、その体から漏れ出る魔力が恐怖を与える。


ミリアムを抱えたまま辺りを見回すと、一際豪奢な装いをした男女を見つけた。


「…お前が、現国王か」

「っ!?ひっ…!」


ミリアムの元婚約者、元王太子のライハルトは一瞬で間を詰めて来た美女を前に、みっともなく尻餅をついて震えていた。

圧縮された膨大な魔力を当てられて軽く恐慌状態に陥りそうになっている。

ライハルトの横でミリアムの義妹のエレナも、取り巻きの護衛騎士の後ろに隠れて震えている。

(一行削除)


怯えて言葉も発せない状態のライハルトを睨みつけて、美女は鼻で笑った。


「腰抜けの癖に、よくもこのような大それた事をしでかしてくれたものじゃな。

…相応の覚悟は出来ておるのだろうな、国民に盛大な虚言を吐いた偽王よ」


魔力圧が更にライハルトを押さえつける。

ライハルトはガタガタとその身を震わせ、豪華な服の股に大きな染みを作っていく。

今にも殺してしまいそうなくらいの魔力を放つ美女の肩に、男の手がそっと乗せられた。


「…宗龍様。もう、その辺りで。いつまで経っても状況も何もわかりませんから」


何処からともなく現れた、赤い髪をした美青年は、美女の放つ魔力圧を受けてもサラリと流している。

一見人間のように見えるが、彼の金の瞳の瞳孔の形が人間ではなく爬虫類やそういったものを想像させる。

加えて先ほどまであった巨大な龍の体が消えていることから、自ずと青年がどのような存在なのか見えてくるというものだ。


青年に窘められた美女は、怒りによって昂った気を抑えつけるように深呼吸すると、少しずつ魔力を問題がないくらいまで抑え、ライハルトを睨みつけた。

ライハルトはビクリと体を震わせながらも、かかっていた魔力圧が無くなったことにより近衛に体を支えられながら立ち上がると、疲れたように椅子に座る…

「誰が座ってよいと!「まあまあ、話を進めましょうよ」…ぐぬ……わかった」


渋々といった風に美女が頷くと、腰が抜けていたライハルトは目に見えてホッとした顔をした。

だが、その顔を気にくわないとばかりに舌打ちをされ震え上がることになった。


「それで、これはどういう事だ。

何故妾の子孫であるミリアムが死にかけておるのだ?返答によっては容赦はせぬ」


この強大な存在が、ミリアムの先祖。

それはライハルトにかなりの衝撃を与えた。

そしてそれは、護衛騎士の後ろに隠れて様子見をしていたエレナにも…。


「あのっ、ご先祖様!初めまして!

私も貴女の子孫のグランティーノ公爵家のエレナと言います!」


薄桃色の髪の小柄なエレナが、人懐こさを感じさせる笑みでぴょこりと美女の前に姿を見せた。

美女と青年が怪訝な表情を見せているにも関わらず、エレナはそのまま話し始めた。


「ミリアムお姉様ったら酷いんですよ。

私がお父様の愛人の子だから目障りだってことある毎に言ってきて!

屋敷ですれ違う度に嫌味を言われたり叩かれたりして、階段から落として殺そうとまでしてきたんですよー!

もう今じゃお母様はお父様の妻になっているのに、愛人の子なんて。酷いと思いませんか?」


美女も青年も一瞬呆気に取られたが、内容を理解する内に段々怒りを感じてきていた。

その内容が嘘なのはわかっている。

それもかなりの大嘘だ。

それに…


エレナの隣のライハルトが何故か得意げな顔をしている。


「あんたらは…バカなのか?」


青年が思わずそう言ってしまったのも無理はない。


「ミリアム様が宗龍様の子孫なのであって、あんたは違う。不敬な勘違いしてんじゃねえよ」


「っ!?そっちこそ不敬なっ!

私たちはこの国の国王と王妃だぞ!

ミリアムがそちらの方の子孫ならばエレナもそうであろう!

なにせグランティーノの血を継いでいるのだからな」


「だからそれが勘違いだっつってんだろ」


青年が言わんとする事が分からず、ライハルトとエレナは顔を見合わせる。

本当にわかっていないのだな、と美女と青年が溜息をついた。


「…妾の血を継いでおったのはミリアムの母親じゃ。

グランティーノ家の正統なる後継者はミリアムの方じゃ。

…つまりお主の父と母はグランティーノ家を簒奪したのじゃよ。乗っ取りじゃ」


ライハルトとエレナは美女の言葉の意味を理解し切れず呆然とした。

ゆっくり時間をかけてその言葉を噛み砕いて考えていくと、とんでも無いことを言われた事がわかる。

エレナは特に信じられない、信じられるわけがない。

それが本当なら自分は…


「…嘘よ。そんなの嘘に決まってるわ!

お父様がグランティーノ家の当主なのよ!

そんな会ったこともないミリアムお姉様のお母様の事なんて知らないわ!

ねえ、そうでしょお父様!早く!早く嘘だって言って!私を安心させてよ!お父様!」


エレナが辺りをキョロキョロ見回して、父のグランティーノ公爵の姿を探す。

貴族のお偉方が揃った貴賓席に、グランティーノ家に引き取られる前まで自身がいた平民の集団の中に。


「お父様、お母様、どこ?どこにいらっしゃるの?…ここに来て嘘だって言ってよ!」


エレナの声はあたりに響いている、にも関わらず、グランティーノ夫妻が姿を見せることはなかった。


両親がミリアムの処刑を見るためにこの場に来ている事は、誰よりもエレナが知っている。

二人は恋人同士であった自分達を引き裂いたミリアムの母親を憎み、その娘のミリアムを無関心を装いつつも憎んでいた。

ミリアムの母親と婚約を結んだ時、既にエレナの両親は愛し合っていた。

いくら政略結婚だといえ、結果自分達を引き裂く原因となったミリアムの母親を、本人の意思ではないというのに逆恨みしていたのだ。


焦り慌てるエレナとは対照的に、美女は優雅に微笑んだ。


「レアン、あれを」

「はい」


レアンと呼ばれた赤髪の青年が指を鳴らすと、その背後の影が伸び、やがて一つの形を成した。

どこまでも暗く真っ黒なその龍は、レアンの龍体を小さくしたものであった。


「行け」


レアンの短い一言で、龍は一瞬にして姿を消す。

美女とレアン以外誰も、何が行われているかわからない状況の中、エレナの父母を呼ぶ声がこだまする。


「お父様!お母様‼︎早く!早く来て!」


旗色が悪いと思っているのか、先程の美女の言葉に思うところがあるのか、エレナ以外誰も何も言葉を発することができない。

ただただ、状況が動くのを待っている。

それは、偽王と呼ばれたライハルトもエレナの取り巻き達も同じだった。

自分達を窮地に陥れた美女を恐れ、その責任を押し付けようと自分達よりも弱い存在を睨み付ける事で鬱憤を晴らそうとする。


だが、そんな彼らに気付かない2人ではなかったのだ。


美女が抑え込んでいた魔力圧を睨みと共に解放させると、叫んでいたエレナを含め彼らは総じて地面に尻をつけた。

皆が股を濡らす様を見やると、レアンは顔を顰めながら美女に声をかける。


「宗龍様、見つかりました。今よりこちらに転送いたします」


レアンが空中に素早く陣を描き、魔力を通して漆黒のゲートを開く。

そこから出て来たのは、影の龍に巻きつかれたエレナの両親であった。


「っ、お父様!お母様‼︎良かった…。

ご先祖さまったら酷いのよ!お父様がグランティーノ家を乗っ取ったっておっしゃるの!

ちゃんと説明してあげて下さい!

お父様は正統なるグランティーノ家の血筋だって!」


父親から肯定の言葉が出るのを、瞳を輝かせながら待つエレナ。


だが、その期待を裏切るようにグランティーノ公爵はエレナから視線を逸らし、無言で返した。


「…お父様…?…ねぇ、お母様」


母を見るとこちらも俯いたまま何も発さない。


「…だんまりでは皆がわからんではないか」


美女が優雅に笑う。


「…違う…儂は…儂は…そんなつもりでは…」


ブツブツと呟く父親を見て、エレナの不安は増していく。

母親は俯いたまま肩を震わせ、涙を流していた。

ライハルトはいつもと様子の違うグランティーノ家の3人を見て戸惑うばかりで何も行動できない。


いや、怖いのだ。純粋に、目の前の美女が。


あはははと呵呵と笑う声が響く。


「ほんに、この場には偽物ばかりじゃ。

王も、貴族も、民も、妾の気まぐれでこの国で生きる事を許されておるのに…。

何よりも尊ばなければならなかった者を虐げ、

その命を奪おうとした。

じゃからこの国は代替わりするのじゃよ。

この国に住まう者全てがな」


言い終わると同時に、美女から眩い光が溢れ出す。

目も開けられない程の光が、国全体を包んでいく。



「次は、矛を向ける先を間違えるでないぞ」



そんな言葉が直接頭の中に響くように聞こえ、光がおさまった時には、何故か皆王都近くの森の中にいた。


戸惑いながらも彼らは王都へ入ろうと近寄った。

瞬間、バチィッ!と激しい音が鳴り弾き飛ばされた。

弾かれた者は何が起こったのかわからず、呆然としている。


すると、天上から鈴の音が鳴り響き、空から何体もの龍が王都に降り立つ姿が見えた。


元王国の民達の頭に、美女の言葉が思い出される。


“国に住まう者全ての代替わり”



呆然と空を見上げる元王国民の前に淡い光が現れる。

その中から出てきたのは、元国王夫妻に、簒奪したという元グランティーノ家の当主夫妻。



“次は、矛を向ける先を間違えるでないぞ”



皆から降り注ぐ嫌悪の眼差し。

憎悪の眼差し。


数分前まで高貴であった彼らは震え上がる。


「…ゆるして」


その言葉は集団から降り注ぐ暴力の中、か細く消えていった。





無残な肉塊となった4人を門前に捧げながら、必死に許しを乞う人々の姿が見える。


誰かを犠牲にして自身が助かろうとする。

その本質が変わっていない事を、あそこにいる人々はわかっていないのだろう。


赦しを乞われている本人は、城の一室で、ご機嫌な様子で目覚めたミリアムの世話をしている。


何が起こったのかわからず困惑していたミリアムは、レアンの説明と状況を見て自分の置かれている現状を素早く理解していた。

本当に賢いお方だ、とレアンは思う。


「のう、ミリアムや」


「は、はい。宗龍様」


「…ん〜?何か違う呼び名が聞こえたような」


「あ…その…お、おばあさま…」


「うむうむ!」


ミリアムから見たら何代も前の先祖になるのだろうが、おばあさまと呼んでほしいと宗龍自らが願ったのだ。


まぁ…宗龍は呼ばれて嬉しそうだし、ミリアムも照れはしているがまんざらでもなさそうなので、このまま薮は突かないようにしよう、とレアンはそう決めた。



「それでな、お主が落ち着いたらで良いんじゃが…」


チラチラとこちらを伺う宗龍に、ミリアムに何を伝えるつもりなのか理解したレアンは焦りを見せた。


「宗龍様っ!」


「レアンは幼い頃からお主のことが…」


「ああああっ!!」



雪が溶け春が来るように、虐げられたミリアムの心に優しい力が灯っていく。


ふふっと優しく笑うミリアムを見て、顔を真っ赤にしたレアンを宗龍が揶揄う。


この温かな世界に浸っていたいと、ミリアムは願うのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ