隠れんぼ
閲覧ありがとうございます。
ぜひ、涼しんでいってくたさい。
これはまだ娘が7歳の時の話です。お盆の時期に娘と僕はお寺にお墓参りに来ていました。妻は身体が元々弱く、娘を産んですぐに亡くなってしまいました。娘には妻が生前に考えていた「愛梨」という名前を付けました。僕は男手一つで愛梨をここまで育てました。愛梨には妻の記憶がありませんが、毎年「お母さんにご挨拶するの」と言ってお墓参りを自分から進んでするのでした。
この日はとても暑い日でした。木にとまるセミが五月蠅いくらいにジージーと鳴いていました。自分が幼い頃から何度もこのお寺には来たことがありましたが、どうも僕は雰囲気が苦手でした。石畳に一歩足を乗せるとさっきまでとは違った、暑さが僕の身体にまとわりついて来るような気がするのです。生暖かい手で腕や、脚を触られているかのような。
「パパはやくー!!」
僕は愛梨の声にハッとしました。愛梨は何も感じないのかいつも通り元気に歩いています。僕は愛梨を怖がらせないようにと、「この不思議な空気を気にしないようにしよう」と自分に言い聞かせました。
そして無事に墓石の前にたどり着きました。僕たちの前に誰かがお参りに来ていたのかすでに色鮮やかな花が上げられていました。墓石に水をまき、掃除をすると手を合わせます。この時にはもう先程の不思議な空気は忘れ、お参りに集中していました。愛梨も沢山、妻に伝えたい事があったのか長い時間手を合わせていました。
「おーい!久しぶりじゃん!」
誰かがこっちに向かって手を振っています。声を掛けて来たのは僕の小学校の時の同級生のみっくんでした。
「みっくん!?久しぶり!こんな所で会うなんてな!」
元同級生との思わぬ再会に僕はテンションが上がっていました。みっくんも娘さんと二人でお参りに来ていたようでした。みっくんの娘さんは愛梨と同い年くらいで名前は「里奈ちゃん」と言いました。僕はみっくんとの思い出話に花が咲き、いろんな事が懐かしくなってしまいました。娘たち同士もすっかり仲良くなり、楽し気におしゃべりしています。
「パパ!ちょっとあっち行って来る!」
「おう!あまり遠くへは行ってはいけないよ」
「分かった!行こう!里奈ちゃん!」
愛梨と里奈ちゃんは少し離れた場所で二人で遊んでいるようでした。僕はみっくんとすっかり話し込んでしまいました。
「いやー久しぶりに会えて本当よかったよ」
「僕も嬉しかったよ。今度娘たちも連れてどこかに出かけないか?」
「おっ!いいねー」
「じゃあ今日はこの辺で」
話が一段落すると、娘たちを迎えに行きました。姿はどこにも見えません。僕とみっくんは娘たちを大声で呼びました。
「愛梨―!!そろそろ帰るよ!」
「出ておいでー!」
すると娘たちはどこからともなく出てきました。
「もう帰るの?」
「そうだよ」
「そっか。里奈ちゃん、またね!」
娘たち同士、お別れの挨拶をして解散しました。
「愛梨?行くよ」
「う、うん」
僕の気のせいでしょうか?愛梨は里奈ちゃんに手を振っていたはずです。なのに誰もいない場所に、もう一人誰かいるかのようにまた、手を振っていたのです。
僕は嫌な予感がしました。
愛梨の手を引いて速足で駐車場に向かいます。あの、嫌な暑さが、空気が僕の脚にまとわりついて来るのを感じます。
もう少し……駐車場までもう少しだ……。
お寺の門をくぐるとその嫌な感じはスッとなくなりました。僕はホッとしました。この一瞬で何だかドッと疲れた感じがしました。どこか身体が重く感じます。
車に乗り込み、シートベルトを締めながら愛梨に僕は話しかけます。
「愛梨、里奈ちゃんと何をして遊んでいたの?」
「かくれんぼだよ」
「かくれんぼ?二人だけで?」
「もう一人、お姉ちゃんが居たんだよ」
「お姉ちゃん?そんな……」
そんな訳ありません。。確かにあの場所には僕達以外誰もいなかったのです。
「あ、もしかして天国のママが愛梨に会いに来てくれたのかな。あはは……」
僕は必死で怖さを紛らわしました。
「でもあのお姉ちゃん優しかったけど顔が見えなかったよ」
「え?」
「うん。髪が長くてね、白くて少しボロボロのワンピースで……」
「……愛梨!お家に帰って愛梨の好きなケーキ食べよう。ね?」
僕は愛梨の話をさえぎってしまいました。愛梨が見えてはいけないものをと遊んでいたのだと確信したからです。「きっと愛梨も数日経てば今日の事は忘れるだろう」と願って。
「あ!パパ!お姉ちゃん!!」
愛梨は運転席の窓の方に向かって嬉しそうに指をさしていました。
「え?」
僕は反射的に窓の方を見てしまったのです。
「わっ?!」
愛梨が話していたような白い服の女が窓にひたっと手をあてて張り付いていました。
僕は固まってしまいました。確かに髪で顔が見えません。そして女はぶつぶつ何かを言っています。その声はだんだんと大きくなり僕の耳に聞こえて来ました。
「……みーつけた……」
ゾッとしました。
僕は思い切りアクセルを踏んでその場を立ち去りました。愛梨はうつむいてずっと「かくれんぼうの……かくれんぼが……」と言っています。僕は余裕がありませんでした。恐怖で溢れる冷汗をぬぐいながら必死で自宅を目指しました。
無事に自宅に着くとホッとしました。あの女は何だったのでしょうか。愛梨は眠っていました。僕は愛梨を軽く揺さぶりながら起こします。
「愛梨!愛梨!大丈夫か?」
「……パパ?おうち?」
「……よかった」
愛梨は何が起きたのか分からないというような顔をしていました。とりあえずは無事で本当によかったです。
「おうちでゆっくりしよう」愛梨とそんな話をしながら車を降りました。
するとまた、ゾッとしました。
車に血のような赤い手形が無数についていたのです。
僕はみっくんの事も心配になり後日電話しました。
「もしもし、みっくん!?」
「おーどうした?飲みの誘いか?」
「あ、いや、この前お寺で何か変な事なかった?」
「変な事?」
「何もなかったら良いんだけど……里奈ちゃんの様子とか……」
「え?里奈ちゃん……?」
「そう。里奈ちゃん。みっくんの娘さんの……」
「え?お前の方が大丈夫かよ……娘なんか俺にはいないぞ?」
「え……」
僕は言葉を失いました。娘はいない……?
何度もみっくんに里奈ちゃんの話をしましたが「何もわからない」と言うのです。
思い返して見ればあの日、みっくんは娘がいるとは言っていませんでした。みっくんと里奈ちゃんが2人で会話している所も全く見かけませんでした。なぜ僕は、あの時疑問に思わなかったのでしょうか。
みっくんの隣にいた女の子を僕と愛梨だけが見えていて、勝手に娘だと思い込んでいたのです。
みっくんの目には愛梨が一人で元気に遊んでいるように見えていたそうです。
僕が見たものは何だったのでしょうか。そして愛梨は何と遊んでいたのでしょうか。あのままかくれんぼを続けていれば愛梨はどうなっていたのでしょうか。
みっくんの勧めで僕と愛梨はお払いに行ってきました。後から聞いた話ですがあのお寺では母親と娘の親子の霊がよく目撃されると言う事でした。
その後は何も変な事は起きていません。
毎年お盆にあのお寺に行くたび、僕は思い出してしまいます。あの不思議な生暖かい暑さを。そして、白い服の女と里奈ちゃんと言う少女が今でもかくれんぼをしているのではないかと。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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