第九話 悪夢
月明かりがちょうど降りてきて窓から淡い色が照らす時間帯に私は目を覚ました。
まだ外は真っ暗で明かりもなく、ただただ真っ暗な部屋で呆然と天井を見つめて、ぽつりと呟く。
「あんなに疲れてたのに、早起きできるなんて……もしかして私早起きの才能があるのかな」
月明かりがあるとは言え、ほぼ暗くて他から見られることがないため、自慢げな顔をする。
ただ早起きは喜ばしいことなのだけど、一つ問題があった。
やることが無く、とても暇なのだ。
なので、取り敢えずリテシアを起こそうと決めた。
こっそり近付いて、ほっぺたを突っついて可愛い反応を楽しもうと、暗闇の中で密かに考えて実行するためにベットをするりと降りる。ここで変な違和感に気付く。精霊がちょっとざわついている気がする。
「……ん……ダメで……す」
静かに寝ていたリテシアが寝言を言った。
私は起きたのかと思い、ビクリと肩を揺らし自身のベットで耳をそばだててリテシアを凝視する。
「黒いもや?」
遠目でチラッと見えただけなのでもしかしたら勘違いかもしれない、そんな憶測はもはや私の頭の中にはなかった。
「ん〜、もう起きたのか……早いな小雪」
隣から男の声が聞こえた気がするが私は目もくれずベットにそそくさと向かう。
あのもや、記憶が正しければナイトメアという魔物だった気がする。
ベットの横に立ち、スウスウと寝息を立てて眠るリテシアの様子を見る。
「やっぱり、ナイトメアだ……」
「それ、マジか!ちょっと待て、俺も行く」
「ちょっと、駄目だよ!女の子だよ、こんな姿見せる訳いかないよ」
そう、今のリテシアの姿は少し男の人に見せる訳にはいかないくらい、服装が乱れていた。
ジェフを制した私は早速ナイトメアの処理に掛かる。
私はこの状態を知っているし、落ち着いていけば対処できるはず。
震える手を押さえ、リテシアの額の上に手のひらをかざして魔術を唱える。
「光よ、あらゆる状態を癒せ、ひーるりかばり」
自分式に適当に作った文章を唱え、回復するイメージをする。
結局の所、魔術の長ったらしい文章は別に要らないのだ。
必要なのはイメージ、しかし大体の人はそのイメージが出来ず魔術の質が下がってしまう。
「そ、それでどうだ?」
ジェフは沈黙に耐えきれず、聞いてくる。
「ん〜、微妙かな?うなされなくなったけど、私の魔術でどこまで出来てるのか分からないし」
独学でやった魔術だ。効いてる保証などあるわけない。
まぁ、失敗しても大丈夫なのだけど。
ジェフは知らないから不安なのかも知れないが、これに人を殺すだけの力は無い。(私が治そうとする時は)
この元凶ナイトメアに出来るのはせいぜい悪夢を見せ、絶望させるだけ。
恐らくだが、今夢の中でリテシアは一人っきりで何かをやってるのだろう。
その夢を覗くことも助ける事も出来ないけど、回復を唱えてあげたり手を握ってあげたりはできる。
ちなみにナイトメアとは精霊みたいなものである。
学者によって見解は違うが最近は声を揃えて、魔物だと言っている。
しかし、あれは魔物ではない、精霊と同じ部類の何かである。
大抵は森に生息し、人に取り憑き、一日だけ悪夢を見せる。
それがナイトメア。
ナイトメアには様々な名が与えられており、地方によって様々だ。
まぁ、魔物だと言い張る学者の意見も少しは正しいと私も少しは思う。
魔物とは、世界を恐怖に陥れた奴ら。8人の魔女が作った怪物である。
今でこそ普通の生活が出来ているが、昔は魔女達の力がすごく、どこの街に行っても、魔物がいた。
それほどに強力な魔女なのだが、今の時代に魔女の話をしても、ジョークだと捉えられてしまう。
魔女は昔の産物、魔女などくだらない冗談だ。全ては神が作った迷信である。
などと豪語しており、もはや魔女は居ないに等しい存在だ。
しかし、なら何故、魔物は消えないのか、その疑問だが学者達にも分からない
らしい、日々研究と権老会を開き、討論しあっている最中だ。
そんな魔物、ナイトメアだが実際のところ自己治癒以外対処法はないに等しい。取り憑かれたら最後、死に至ると言われているらしいが、私は何故か魔術を掛けてあげると大抵1日で治ってしまう。これが不思議で、奇跡の聖女とか家に居たときに言われていた。
そんな奇跡の聖女と言われるのが嫌で逃げ出したのだけど、まさかここでも回復魔術を使う事になるなんて思わなかった。
「ん……ここは?……」
私の癒しでナイトメアから開放されたリテシアは静かに目を開け、辺りの様子を伺い、心配そうにしている私を不思議そうな顔で見つめる。
「おっ!起きたか、良かったぞ、マジで一時はどうなるかと思ったな」
軽快に笑い、そういう雰囲気ではない事を悟ったのか、ジェフが萎縮する。
「小雪……うぅ……こゆきちゃん……」
ナイトメアの見せた夢が相当怖かったらしく、泣きながら私に抱き着いて1時間以上拘束されたが泣きじゃくったリテシアがとても可愛くてこのままでも良いのではないかとそう思い、小雪はリテシアの頭を撫でた。