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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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大好きな君に捧げた悪意

作者: 縹色 蕣

 その人間のファンであるのなら、その作品のファンであるのなら、彼をまたは彼女を、推しが推しであるのなら全肯定しなければならない。そんな風潮や空気感が大嫌いだった。実際に口にするオタクは居ない、けれどそういう嫌な空気感が漂っているのは現実だけじゃない。画面の中にだって蔓延している。アンチにすぐ噛みつくファン、推しの同業者に厄介しにいくファン。

 少しの批判も許さない、そんな空気感の中で息をするのは恐ろしさすら感じる。そういう奴らはもしも推しが殺人を犯したらどうするのだろうか、仕方ないよね、なんて同情心丸出しの言葉を吐き出すだろうか。それすらも全面的に肯定するのだろうか。なんて、頭がイカれている奴らなのだろう。


「来てくれた皆ありがとうございます! 帰り道も気をつけてね! 今日のライブの感想は蒼い鳥SNSで呟いてくれると嬉しいです」


 俺の目の前にはアイドルが立っている。そして今この瞬間に彼女のライブが終わった。彼女は蒼い鳥SNSでフォロワーが五百にも満たない名前の売れてない地下ドル。ライブに来るファンともなると更に人数は減り、ここに居るファンと彼女で形成された極小規模の人間関係は身内みたいな状態だった。そういう極小規模の世界に存在する俺も彼女のフォロワーで、また彼女にフォローされている人間の一人。ライブにまで来てくれる熱心なファンに彼女がフォローを返す事はさして珍しいことでもないが日常の呟きにコメントを貰えるのはある種の特権の様に思える。


 ただ、俺はこの空間に少しばかり馴染めていなかった。いや事実馴染んではいるのだが私の方が少しばかり距離を置いている。極小規模の世界、言わば熱狂的なファンかファンの二者とアイドルしか存在しえない世界、やはりというべきなのか。全肯定の空気感を肌で感じているからだ。それでも推しは推しだし好きだったから言葉を選んで批判的な言葉として捉えられるないように気をつけて会話を重ねていた。推しを応援できると思えば心労も報われるというもの。握手とかチェキの時にファンの日常的な呟きに一々言及して長話に発展したりファンを傷つけるような失言を多々やらかしたり、売れない原因みたいな所もいくつか見え隠れしていても直せとも批判的な事も言えない。もっと輝く存在にしてあげたいが俺一人の意見でどうなるとも思えなかったし、それにこの空気の中で伝える自信は無かった。対個人の部屋で話しかけるのも憚られる。加えて直接伝えて何になるというのか分からなかった。


 そして、ある日。


 ファン仲間のアカウントに彼女の写真が上がった。彼女の横には俺たちとは顔面偏差値の桁が違う男性が居て俺は、あぁ。まぁそうだよな。とどこか納得していた。地下ドルだし裏側でどうなっているかはよく知らない、経営者側でもないし。ただ、燃えた。単純にファンを辞める宣言をわざわざする奴に噛み付くファンと裏切られたとアンチに転身するファンとそれに噛み付くファンと、エンドレスに醜い地獄が極小規模な空間には満ちていて。雑誌に載るような話題でも無かったがファン同士が騒げば他のネットの人間が食いつく。まとめサイトに取り上げられて、そこに付いたコメントやまとめサイトの元になったスレッドのレスポンスもまた燃え盛る火に油を注ぐ結果となった。この事態に終息をつけられるとしたらアイドルの彼女本人であったが盗撮写真がネットに上がってからというものダンマリだ。というか、写真を上げたファン仲間はどういう想いで掲載したのか。そいつもまた彼女にフォローされているというのに。

 そしてこんな事態になっていてなお、全肯定派は強かった。アンチやファンを辞めた奴らから批判暴言から守ろう、彼女を支えようと、一致団結してしまった。より強固な環境が出来上がった。そして俺はそのグループに誘われた。招待されたメンバー限定の小さな小さな部屋。俺を合わせて二十と数人。酒の類であれば悪酔いしそうな程に濃い空気を感じた。そこに彼女の名前もあって、ファン仲間は彼女に宛てて口々にコメントを打っていく。それは健気に盲目的に狂信的なほどに。

 彼女もまた一人一人にメンションをつけて個別に返信していく。その数も膨大で、数をこなしている内に文面に変化も見えてくる。謝罪するような文面、気弱さを感じる文章、そういう物が調子付いて見えた。俺の錯覚であれば良かったが明らかに彼女は自身を肯定されて浮かれていた。返信の合間には彼女の写真を晒した人間への不平、アンチに対する不満が挟まるようになった。


 まさに気持ちが悪かったとしか言いようがない。


 俺は励ましの文章を打つことはなかった。誰も俺が彼女宛てに何も言っていないことになど気がついて居なかったし都合の良いことだった。彼女が推しであるからこそ、彼女に嘘はつきたくない。俺は初めて彼女個人の部屋に文章を書きつらねた。ファンのくせに改善点を書くのはおかしいと思い止まり幾つか文章を削除して、今回の騒動で感じた事を忌憚なく語った。批判、罵倒に近かったかもしれない。ただ、それでも俺は推しだからこそもっと良くあって欲しかっただけ。そういう想いも書き加えた、批判的な文よりも多く書いたかもしれない。楽しかった思い出や印象的なライブ、ファン仲間と語った彼女の話、日常的なことや、それに反応があって嬉しかったこと。そういう物をかき集めて送りつけた。


 俺はそういう物を送りつけてしまった。

 百の肯定よりも千の賛辞よりも一の批判が心に刺さる、いつかその言葉が人の心を壊すと誰かが言っていた。著名な人間の言葉ではないかもしれない、ネットのユーザーがイラストレーターの誰かが言っていた様な気もするし、俳優の個人アカウントが言っていた様な気もする。そんなありふれていた言葉の意味を俺は失念していた。


 彼女はまた数日間の間、沈黙した。メンバー限定の部屋にすら何も書き込んでいなかった。そして心配の声が上がり始めた頃。


 彼女は三枚の写真を蒼い鳥SNSに載せた。その内の二枚はスクリーンショット、俺の送りつけた文章を一番大きくはめ込んだ批判暴言の言葉を編集した画像、自殺する意思を示す文面の遺書、その二枚。そして、首にくくるのであろう粗縄の画像の三枚目。それは星が爆発するかの様に急速に拡散された。いくつか警察や救急車を呼ぶために情報を集めている者、不適切だと通報を促す者、ただ心配の声をあげる者、様々な人種が入り混じりファン仲間のコメントすら飲み込んで。


 俺宛てにコメントがあった。彼女の最後の呟きに返信する形で巻き込みをされた。だが、俺はまだその呟きには何も反応していなかった。

 

『二枚目のこの大きい画像、文面からしてこの人じゃないですか?』


 それは確かに俺が送りつけた文章のスクリーンショット。俺が、送りつけた物だ。


 俺が、殺したのか? 俺が推しを殺したのか。

 俺が? 推し、いや、人を? 殺したのか。言葉で。彼女を追い込んでしまったのか。違う、違うはずだ。そうだ、そう言ってくれ。


 通知が波のようにやってくる。ファン仲間から怨嗟の声がやってくる。ネットの人間がおもしろおかしく煽りたてるようにやってくる。特定してやると脅し文句がやってくる。殺してやるとやってくる。


 違う、違うんだ。俺は……そんなつもりじゃなかった。だから、誰か……。


「俺は悪くなかったと肯定してくれ」

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