01
「リリア、今日からこの家屋敷はあたしたちのものだよ!これがその証拠だ。ほら、ちゃんと見るんだよ!」
グリンダ叔母はそう言って、書類の束を机に叩きつける。
書類を見ると、一枚目に確かにこう書いてあった。
“私クレメール準男爵・ブランドンは、私亡き後、爵位領地その他全ての権利を、実妹グリンダ・ゴメルに譲渡する”
嘘・・・これは確かに、先月事故で亡くなった、お父さまの筆跡だわ。クレメール家の印章も押してある。だけど!
「そ、お父さまがこんなことするはずないないわ!私がいなくなったら、封印の魔法が解けて、魔の森から魔物が殺到してしまいます!」
けれど叔母は、私の言葉を鼻で笑う。
「ふん!それこそデタラメに決まってるだろう。あの辛気臭い森に、いつ魔物が出たって言うんだい?神話の中の話じゃないか。もっともらしく祭りなんぞしてるけど、それもお前たちがまわりを騙すための真似事さ!」
「ち、違います!私がこの屋敷を離れたら、たちまち封印石の魔力が切れて、」
「うるせえ、小娘!こっちは正当な書類が揃ってんだ。ごちゃごちゃぬかさずとっとと出ていきやがれ!」
「ひっ?!」
叔母のうしろに控えていた叔父が、大声で威嚇してきたので、私は縮み上がった。柄物の品の悪いシャツを着て、頬には傷があり、目つきが悪い中年のチンピラだ。怖い・・・!
「うちの人は気が荒いからねえ。いつまでもうだうだ言ってると、何するかわからないよ?」
叔母はニヤリと笑って言った。
「だからさっさと、ダニーと結婚してりゃあよかったんだよ。人のお情けを無下にするから、生まれ育った屋敷を追ん出されるハメになるのさ」
だっ、誰がダニーなんかと!
ダニーは叔母夫婦の息子で、叔父叔母を足して3をかけたほど品が悪く、ヒキガエルとゴミムシを足して5で割ったくらい頭の悪い男だ。
「まっ、妾くらいにはしてやってもいいぜ?お前は見かけだけはいいしな。ただし、飽きるまでな」
ニヤニヤ気持ち悪い薄笑いを浮かべて、ダニーが私を舐め回すように見たので、全身が総毛だった。
「ダニー!馬鹿なこと言ってんじゃないよ、こんな無一文の小娘。あんたにはもっといい家のお嬢様を嫁がせてやるさ、何せ今日からお貴族様なんだからね」
そういうわけで私は、なんの準備もないまま、生まれ育った屋敷を追い出された。
おまけに叔母たちは、屋敷の使用人や領民に、私を匿ったり手助けしたりしたら厳罰、というお触れまで出していたので、領地の街に潜んで機会を待つこともできない。
お母さまはとうの昔に亡くなっているし、お父さまは先月事故で他界。兄弟もなく、身寄りといえばこの叔母一家だけ。
屋敷に安置されている封印石には、昨日魔力を込めたばかりだから、1ヶ月は持つはず。
それまでに救援を連れて戻らないと、封印が解けて屋敷と領地に魔物が殺到してくるわ!
それに、叔母たちが封印石の存在に気づいたら、売り飛ばしてしまうかもしれない。
私は頼れるあてもなく、フラフラと領地を後にしたのだった。