エリの用事
エリが食事の後に相談があると言っていた。
食事も終わり眠くなってきたがエリの用事を済ませるために立ち上がる。
「こっちです」
エリの寝室、リビングに隣接した部屋に向かう。
近づくまで気づかなかったがそのドアは魔力に覆われていた。
エリがドアを開けると中に封じられていた冷気が漏れ出してくる。
「うわー涼しい」
ハルが声をあげる。ドアの魔力はこの冷気を封じ込めるもの。
ドアだけでなく壁の内側にも冷気を遮断する魔力が張られているようだ。
「冷蔵庫?」
部屋の中は人が通れる幅の通路を残してすべて棚になっていた。
棚の中の肉らしきものは部屋の中の温度がちょっと涼しい程度にもかかわらず、カッチカチに凍っている。
冷凍庫?
「アルみたいに『収納』は出来なかったんですが『冷凍』して保存できるようになりました。かさばりますがこの家にいる分には不便はありませんね」
棚の上をよく見ると『収納』の魔法のように魔方陣が描かれたものがある。
これがエリの言う『冷凍』の魔法だろう。
「うん、すごいね。『収納』しないから発動したままで出し入れできるんだ」
出し入れが自由ということは魔法を発動した術者がいなくても使用できるってことだ。
つまりこれは「売れる!」
おれの『収納』なんかは『収納』時と『取り出し』時に術者が必要で、『収納』したシートをそのまま売ることもできない。
魔法として覚えてもらわないといけないことになっている。
「これなら独立した商品「冷蔵庫」として売り出せる。いってみれば魔法の収納鞄を自由に作り出せるってことだ。・・・だよね?」
「『収納』のようには持ち運べませんよ。大きさはそのままです」
「それでもだよ。エリも便利だって言ってたじゃん。身軽に移動したい冒険者はともかく店や一般家庭。馬車で商隊を組める商人もみんな欲しがるよ」
冷蔵庫と言ったがそれよりはるかに優れている、電源もいらないのだ。
「売り出したいけど魔術士協会がうるさいんだろうな」
指名手配こそされていないものの、妖精のリルに出会った時に魔術士協会がリルの独占を主張して危うく拘束されるところだった。
関わることになればその時に顔を見られた相手と会うことがあるかもしれない。
「リルも無事かしら。会った時は自由にしているようだったけど」
おれたちに関わったことで監視が強まったかもしれない。
拘束まではされていないだろうが軟禁状態になっているとしても不思議ではない。
「リルって弱いのかな?」
ハルがぼそっと言った、そういえばリルの強さって考えたことなかったがどうなんだろう。
「弱くはないだろ、体は小さいけど魔力と技術は相当なものだろうし年齢だって見た目からはわからないぜ」
ジノが途中からミサを見ながら言うとミサは「なんでこっち見るんですか」と睨み返していた。
「あの空間。複数の場所に接続している魔法もリルが作り出しているとしたら締め出すのは簡単でしょうね」
続けてミサが言う、魔術士協会は軟禁しているつもりでも立場はリルの方が上のようだ。
「あの場所面白かったよね。外側がいくつかあって入って来た場所にしか戻れないから、アルを追いかけようとした人がしばらくうろうろして不思議な顔してた」
ハルは面白そうに思い出しているがあの時は結構危なかった。
反撃してたら指名手配になっただろうし逃げきれたのはあの空間のおかげだな。
「リルの心配をしてもおれたちにできることがあまりないんだよな。でも時間もたってるし一度様子を見に行くのもいいかもね」
警戒が緩んでいるのであれば魔法習得のスクロールもいくつか作ってもらいたい。
『冷凍』の魔法は試行錯誤の末に出来上がったようで試作品のいくつかは冷気が漏れてしまったりするものもあるようだ。
そんな『冷凍』の魔方陣が描かれたシートの4隅を載せた物を包むように結び、風呂敷包みのようにしておれたちの用意した『収納』用のシートの上に山積みする。
「魔方陣ごと『収納』していいんですか?」
エリは不安げに言う。
「前にやったことあるんだよ『収納』の中に『収納』を入れたこと」
扱いを間違えると爆発するし魔力の消費も馬鹿にならないが。
「『冷凍』は大きさが変わらないからそのまま行けるよ」
多分大丈夫。発動中の魔法といっても情報の集合ということには変わりないわけだしこれがダメなら魔法のかかった装備やポーションなんかも駄目になってしまう。
この魔法をかけた人がどう思っているかが結構重要な気もするな。
人によっては魔法のアイテムはよくて発動中の魔法はダメとか。
おれの場合その境界線は意識のある生物かどうかって所かな。
特に人はダメだ。中から開けられないうえに時間の流れが10分の1なんて悪用されるにきまっている。生きた動物やモンスターも中で暴れられたらと考えたらあまり『収納』したい相手じゃない。
なら生物全部がダメかというとそうでもなくて、素材としての肉体は生きている細胞も残っているだろうし細菌なども大量にいるだろう。荷物に紛れた小さい虫も平気な顔で『収納』から出てきそうだ。
「もし殺菌してるなら腐ること自体なくなるかな」
便利そうだがどうだろう。そこまで意識したらコストとしても魔力がえらいかかりそうだが。
「え? なに? 殺菌って?」
エリはそういうことは考えずに魔法を作ったようだ。おれも考えてはいなかったけど無意識の中で、概念として持っているといないとでは違ってくるのだろうか。
デフォルトで設定されている項目があって、現実に即さない事や事象の改変に使われる魔力が多すぎることでエラーが出て、魔法が止まってしまうのかもしれない。
「菌って目に見えない生き物のかけらを『収納』の中にいれるかどうかってことだよ。全部殺そうとすると魔力の消費がすごい増えるだろうなって思ったんだよ」
おれが話していると横から肩をつかまれてグイっと向き合わされた。
ミサだった。
「それよ! それかしら?」
ミサも収納の魔法を習得しようとして苦戦していた。成功したのだが今のところはコインが数枚入る程度のお財布のようなサイズらしい。
もしコストの問題でサイズに制限がかかっていたとしたらこのことが壁を超える手段になるかもしれない。
「ミサの『収納』は出し入れするときの処理が多すぎるってこと?」
「そう、なんでしょうね。整理してすべて把握してと意識していたら手のひらに収まるくらいの物しか『収納』出来なくて・・・」
あらためて考えると生きたまま『収納』する方が情報量は多いはず。・・情報量えぐいな。そこを処理しない、意識しないことで容量を拡大することができたのか?
意識に上らないにしてもコストそのものは変わらないはずだが、もしかしたら『収納』される生物が自身で情報を保管していたりするのだろうか?
ミサは行き詰まっていた壁を越えられそうなことに興奮しているようだ。思いがけない所から突破口が見つかってよかった
「それとアル。確定はしていないのですけど」
エリが言いづらそうに切り出した。
「リザードマンが集まって食料確保のためにオークが狩られているようです。元々オークも少ないですし、あの規模のリザードマンが狩りを続けるとオークが絶滅してしまうかもしれません」
絶滅といっても、種の断絶というわけではもちろんなく、この近くのオークの生息地で狩りつくされるということだが、それは問題だ。
「えっ。それってこの街大丈夫か?」
ジノが心配するように食料としても重要だがオークの役割はほかにもある。ゴブリンを捕食するので、放っておけば増えすぎてしまうゴブリンの数の抑制にもなっているのだ。
ゴブリンは街中には入ってこれないが、街道の危険性が増し物の行き来が滞ることもあり得る。
「街も大変だろうけどボクら冒険者たちはいきなり仕事がなくなるよね」
街の心配している場合じゃなかった。今回の襲撃を乗り切ったら拠点を移動することも考えないといけないだろう。
「おれたちはいいとしてエリはどうする? 拠点を移動したらついてきてくれるか?」
なんかプロポーズみたいないい方になってしまったが、今のおれたちにとってエリは欠かせない存在になっている。できればこれからもおれたちのおふくろさんでいてほしい。
「エリわたくしからもお願いするわ」
「一緒に行こうよ。エリママー」
エリを紹介してくれたのはもともとミサだから知り合いだったのだろう。それにしてもハルのママ呼びはエリは嫌がらないのだろうか、年齢それほど変わらないのに・・・ 変わらないよね?
「それはわたしにとってもありがたいですよ? この家に少し愛着がわいてきていましたが仕事がなくなるのであれば仕方がありませんね、わたしも連れて行ってください」
エリはウインクする。
「今回の留守は長かったので少し寂しかったですしね」
危険と隣り合わせで仕事をしているのでそのまま帰ってこないことも当然あり得る。エリも今までに辛い別れの経験もあるのだろう。
「エリー」
ミサがエリを抱きしめて肩をポンポンする。
心配かけたことを申し訳なく思っているようだ。




