大里に到着
「荷物はそれだけですか? 収納魔法のかかった鞄があっても持てるだけ持つものなんですけどね」
出発の朝に待ち合わせたトレノは不機嫌そうに言った。
昨日の件で女の子たちにも嫌われたことを察したのか取り繕うような態度もない。
「馬車も通れない道を通ると聞いたので身軽にしたんですけど」
とおれが言うと。
「森に不慣れならそんなものでしょうか、わかりました。足手まといにならないでくださいよ」
トレノ自身も往復のたびに食料などを仕入れて運ぶようで魔法の収納鞄らしきものを身に着けていた。
お前も身軽じゃねえか!
町を出てしばらくは街道を歩きこれから森に入るいうところで早めの昼食をとることになった。
それぞれ昼食をとっているとまたトレノが絡んでくる。
「いいもの食べてますね。そういったものは大里に届けてもらいたいんですが」
トレノに収納魔法を見せたくなかったのでおれたちの昼食は収納鞄から取り出したパンと保存食にしたオーク肉のベーコンだ。
収納魔法で取り出した作り立ての食事よりは落ちるが干し肉や硬いパンに比べれば贅沢な食事だ。
と言っても特に珍しいものでもない。
さっきからトレノは荷物を運ぶ人を下に見ているところがあるな。
エルベの里で言うミルガのような立場なんだろうか、道案内のためにはトレントを従える能力があるわけだし、まあすでに一度反発していることもあるだろうし、あまり刺激しないように乗り切ればいいや。
幸いルカたちもおれを個人攻撃されない限りカチンとくることもないようで、冷静に受け流している。
反応のなさに白けたのかトレノも昼食を片付ける。
森の中はさすがにエルフで早い移動についていくのがやっとだった。
身軽にしていなければ置いていかれたかもしれない。
実際に置いていくことなんてしないだろうがそれができるということを見せつけているような雰囲気は感じた。
「ここからは目をつぶっていただきます。私が手を引きますので皆さん一繋ぎになってください」
トレノが指示をする。信用しきれない相手に身をゆだねるのは不安もあるが、仕方ないのでおれが先頭になりトレノが差し出したロープを左手でつかむ。トレノ自身もロープを握っているが手が自由に使えるように端は手首に結び付けられていた。
ロープを用意していなかったおれはハルと手をつなぐことで両手が塞がってしまう。
トレノに気付かれないように魔力の紐をハルの手とつなげる目配せをしてハルも後ろのミサに魔力の紐をつなげるように促す。
それぞれミサからルカ、ルカからジノに魔力の紐がつながっている様子を確認して、念のためトレノの持っているロープにも魔力の紐をつなげようとしたがロープがきれたら意味ないなと思い直し、長さの決まっている紐ではなく伸縮自在な魔力の糸をトレノに気付かれないようにトレノのベルトの後ろにつなげておいた。
目をつむりトレノに手を引かれて足を進める。
目を閉じた分他の感覚が研ぎ澄まされて足の下の草の一本一本の感触、森の動物の音を前より強く感じる。
特に匂いは強さだけでなく内容まで変わったと感じるほど多種多様な匂いを感じる。
森の匂い、腐りかけた葉っぱや枝。前からはトレノ、後ろからはハルたち全員の匂いをかぎ分けられる。
実は魔力循環しているときはみんなの匂いを感じるときがある。感情の高ぶりや体調の変化プライバシーを覗き見ているみたいなのでどの程度匂いを感じているかはまだ打ち明けていない。
ごめん、ほんとうにごめん。
だって女の子の気持ちや体調の起伏を知ってるぜ、なんて言えるわけないじゃんか。
忘れるから、本当に忘れるから。
知らない、何も知らないです。
トレノの気配、周りのモンスター、その二つに集中していると、やはりトレノがトレントを使役して無害化しているようだ。
道は覚えようとしても感覚を狂わされて今まで来た道と思っていた方向がハルと手をつないだ方向と違っていたりした。
違和感なしに間違うので目を開けていたら余計にわからなくなっていたか感覚が混乱していただろう。
目をつむっても混乱はあって道を意識すると乗り物酔いのような感覚に襲われる。
ミルガに案内してもらった時より厳重でさすが大里ということか。
「ついたぞ、目を開けて良い」
トレノの声に恐る恐る目を開く。トレノは迎えに来たエルフと会話しておりおれたちのことを説明しているようだ。
「わたしは帰るぞ。君らが帰るときは里の者に案内してもらうといい」
そういうとトレノは来た道を戻っていく。
「ああ、ありがとう」
行き違いはあったが実害もなかったし、トレノなりに大里のことを心配して男を近づけたくなかったのかもな。
・・・女好きなのは間違いないとしても。
トレノから案内を引き継いだエルフに向き合う。
「よろしくお願いします。アルさんの案内を申し付かりましたピルファと申します」
若いエルフの女の子だ、15歳くらいに見えるから見た目の成長が止まる前で実年齢も15前後なのだろう。
「はい。輸送の依頼の納品と大ババ様への面会をお願いします」
おれの名前は今知ったのかな? フラウが話を通してくれていると面会がスムースに実現しそうだがゼロから面会を申し込んでも手間がかかるだろうな。
ピルファはにっこり笑い道案内をする。
ひときわでかい木の前で何かを唱えると木のうろが広がって地下へ続く穴が現れる。
ゴゴゴという音もなく気付いたら穴がにゅるんと広がっていた。
「地下に大ババ様がいるんですね?」
「はい、あの・・年齢は確かに大ババ様なんですけど本人はあまり気に行ってないようなのでお話しするときは姫巫女様と呼んでいただけますか?」
「わかりました。そういうことなら周りにも周知した方がいいんじゃないですか」
今までのエルフはみんな大ババ様と呼んでいた。
「ええっとそこは私から言えないこともありますので本人から聞いていただけますか」
対外的には秘密にしておきたいのかな。
あいまいに頷くとおれたちはピルファについていった。
下り坂は階段状になっており滑り落ちるようなこともない。
坂道の途中で横の壁に向かってピルファが何かを唱えると入り口の時のように穴が開く。
「この先です、わたしはここで失礼しますね」
おれたちだけにされたが穴の先は一本道でぼんやりとした明かりもついている。
「行こうか」
霧がかかったようなしっとりとした空気の中を進むと緩やかに下った先に木の扉があった。
ノックをすると返事がありおれたちは中に入る。
「よく来たね。長だよ。外では大ババと呼ばれているがここでは姫巫女と呼んでくれ」
出迎えたのは中学生ぐらいの見た目をしたエルフ。14歳前後か? 20前後のエルフは実際の歳がわからないのだがその手前であれば見たままの年齢のはずだ。
しかし大ババと呼ばれていることからしても見た目通りの年齢のはずがない。
首をかしげると姫巫女はわかっているよと言わんばかりにうなずいた。
「見た目のことかな。推察の通り年齢は見た目より上だねぇ、成長が止まるのが普通のエルフより早いと思ってもらえばいいよ」
上というのはちょっと上かだいぶ上か気になるけど、大ババ様と呼ばれているくらいだからだいぶ上だろう。
「輸送の依頼で伺いました。それとエルベの里からの紹介で病気というか体の不調の原因を見ていただけると聞いたのですが」
「うんうん、聞いてるよ。遠隔でも見せてもらったから面白い対象だとは思っていたんだ」
「わかるんですか?」
すでに診られていた? それで呼ばれたのは解決法があるからだろうか?
「わかると言っても表面的なことだよ。まずこの世界で生まれていないこと、きみ転移者だね」
転移者?転生者とは違うのか?
「転移というのは元の体のままということですか? でも顔も体も持ち物も全然覚えがないんですけど」
前世? は日本生まれの14歳。今世もそのくらいの年齢だが体が違う。
気付いた時にはこの年齢だったので、生まれるところからやり直す転生とは違うかもしれないが、日本にいたころの体でこちらに移動したわけでもない。
「うん? うーん存在の履歴を追っても数か月前に突然現れているんだよね。
体の構造も自然発生するものじゃなくて・・・ そうだ! そのことで来たんだよね。君の体、履歴だけじゃなくて構造もおかしいんだよ」
お、何だ。喧嘩売ってんのか?
「構造がおかしいから体調がおかしいってこと?」
「そうだねこの世のものではないと言ってもいい」
「え?」
「今も見てるけど法則が違うよね。これまで生きてきたのが不思議なくらいだ。これは・・ううん鏡面対称になっているのかな」
「どういうことですか?」
「推測だけどね。君は他の世界で生まれて育った。そこからこの世界に飛ばされてその時記憶が吹っ飛んだ。おそらくね、その吹っ飛んだ記憶の代わりに前世の記憶がよみがえったというのが僕の予想だよ」
「記憶が前世?体が転移?おれは2回飛ばされてるの?」
「そうだね。転移と言っても召喚されたわけでもなく次元の穴に落っこちたってとこかな。普通死ぬよね。ブラックホールを通過するようなものだから」
「普通死ぬよねって何で死ななかったんですか?」
「それはわからない・・・んだけどヒントがあったんだよね」
「ヒント?」
「きみの剣不通の剣ね、見た目安物なのに決して壊れない。
耐久度の強化を最大にして永続化。最大でも足りないね、そんな高高度なエンチャントを安物に付けると思うかい?」
「それは思いませんが」
「何千分の何兆分の一秒の間、光が一ミリも進めないようなごくわずかな時間に君の体は砕かれ魂がむき出しになった。君は魂の奥底に潜り込んだが魂が砕かれるのも時間の問題だった、なんだけど。どうやら圧縮が急激で均質だったため反発する力と釣り合ってしまったようなんだ」
「釣り合ったというのは?」
ちょっと何を言っているのかわからないけど質問するとっかかりもないので最後まで聞いておこう。
「わかりやすく言うと風船だね。風船を押しつぶすと変形して割れるだろう、その時全方向から押されていたらどうなる?」
「圧縮される?」
逃げ場がなければ空気が圧縮されて限界超えるとどうなるんだ? 液化する? でも圧縮されると高温になりそうだけど。
「中性子星って知ってるかな? 高圧力下で電子が原子核に押し込められて原子核の陽子が中性子になってしまった星だけど」
思っていたより全然高圧力だった!
「もちろん中性子その物じゃないけど、その時の一瞬に概念や魔力やらがまぜこぜされてきみの剣が作られた。死を覚悟した君とその体の持ち主が手近にあった硬くてすがれるものにわらをもつかむ気持ちで祈ったんだろうね」
姫巫女は「もちろん推測だよ」と付け加えて話を終えた。
理論で言えば、がばがばだろうけど魔法が存在する世界なだけに『思い』が現実に影響を与える力が強いのだろう。
「あれ? 今の説明だと剣が残っただけだけど体の方はどうなったんだ?」
「破壊されたよ。当然じゃないか」
「じゃあなんで」
今のおれの体は?
「再生されたんだろうな。剣の中に残った意識が元の体を作り直したのかな。副作用で君の鎧が再生能力を持ってしまったようだし。ただ君の体はこちらの世界になじめていないようだけど」
ようだけどじゃないが。
「えぇ? 一回死んでるの? 今のおれはクローンみたいなゾンビみたいな存在ってこと?」
しかも出来損なってる?
「蘇生も部位再生もこちらでは不可能ではないんだがゼロからの再生はさすがに珍しいね。でも大丈夫だよ蘇生経験があるからって差別されたりしないから」
えぇー。ショックではあるが記憶とは違う転生後の体なだけに少し他人事のような自分がいる。生死に実感がない、実感がないと言えばこちらの世界に来てから全般的にないのだと今気づいた。
他人の体で知らない世界で剣と魔法を使った冒険者なんて夢やゲームの中としか考えられない。
映像や本で感動が得られるように、今の感情が嘘だとは思わないが、痛みを伴う経験は現実としか思えない。
死んでしまえばやり直しは効かないし、魔法で再生するとしても怪我を自分からしようなどとも思わない。
それなのに一度消滅したって?
はは、混乱してるな。現実味がないんだか、実は気にしてんだかわからなくなってる。
「体に関しては、生成された時の固定と再生のバランスが取れていないとか、イメージが固定してないとか体の仕組みの知識が足りないとか、いろいろあるだろうけど今日の所は混乱しているだろうから、ゆっくり眠って落ち着いた方がいいよ」
寝れるかぁ!




